シガーの香りと、カプチーノの泡の向こうに
イースターが静かに幕を閉じた。 夫と海に沈む夕日を眺めたり、時差ボケと向き合いながら穏やかに過ごす春の日。
ある午後、私と息子はちょっとしたお喋りをするためにカフェを探して街を歩いていた。春休みの賑わいでどこも満席の中、ふと通りかかったシガーバーの外席にぽっかりと空きを見つけた。
タバコの匂いは苦手な私だけれど、葉巻の香りだけは特別だ。 昔、キューバの工場で職人たちが乾いた葉を丁寧に手巻きしている姿を見てから、ただの嗜好品ではなく、人の手で重ねられた「時間と物語」が宿っているように感じるようになった。
吸わない私のために、カプチーノとペリエを息子がスマートに注文してくれる。風向きを確認し、煙が流れてこないベストな席を選んでくれた。
ガラスドアの向こうに飾られた美しいシガーボックスを眺めながら、表面にふわふわの泡がのった濃厚なカプチーノを味わう。
話し合いの議題は、彼が年内にこの街を離れるという計画について。 息子の意思はもう固い。だからこそ、こうして二人で過ごせる「今この瞬間」を全力で楽しもうと、心がキュッと引き締まる。
「いつか海外に行って、もう戻ってこないかもしれないよ」
そんな風に言われたときは、さすがに胸の奥がチクリとした。 けれど、私自身がまさにそうやって世界を渡り歩いてきたのだからお互い様だ。
イタリアの古く小さな町へ夫婦で移住した、私と同い年の女友達の姿が頭に浮かぶ。 かつては子供たちへの愛情と執着が人一倍強かった彼女が、見事に子離れを果たし、新しい国で自分の人生を軽やかに楽しんでいる。その背中は、私に大きな勇気をくれた。
もしも息子がこれからさらに遠くの国へ羽ばたいたとしても、それはそれで、私自身にもまた新しい面白く自由な未来が待っているのだと思う。
そういえば先日、イタリアの厳かなお祭りで男性たちが被るフードを「カプッチョ」と呼び、それが毎日愛飲している「カプチーノ」の語源だと知った。
カプチーノのふわふわとした泡を飲み干しながら、過ぎ去る時間とこれからの未来に思いを馳せる。
誰かにとっての「当たり前な日常」は、離れて暮らす私たちにとっては、いつだってタイムリミットのある貴重なひととき。
だからこそ、今ここにある愛おしい時間を、指の間からこぼさないように大切に味わいたいと思う。

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