見出し画像

悲劇オペラの傑作《ランメルモールのルチア》をアメリカで観る

オペラシーズン真っただ中。春休みで大学から帰省中の息子と、夫の3人で劇場へ向かった。

私と夫は『カルメン』が観たかったのだけれど、ここ数ヶ月ドニゼッティに傾倒しているという息子の希望を優先した。日頃から「自分の好きを最優先に」と伝えているけれど、愛の波動から相手を優先し、その喜びを分かち合えるのなら何の問題もない。大切なのは、自己犠牲ではない心の余裕だ。

夫が奮発してくれた大好きなレストランでのディナー、オペラ、そして深夜のデザート。私の息子を自分の子ども以上に大切にしてくれる再婚相手の夫には、いつも感謝でいっぱいになる。

演目は、ドニゼッティの『ランメルモールのルチア』。 あらすじを読まずに観て、本当に良かった。
我を失ったルチアの切なすぎる歌声に、胸が締め付けられる。スクリーンに映るその姿を眺めながら、私の脳裏にはシェイクスピアの『ハムレット』に登場する、狂気のオフィーリアが重なっていた。

19歳のとき、ロンドンの美術館ではじめてミレーの『オフィーリア』の絵画に出会ったときの、気が遠くなるほどの衝撃。無垢な人間の報われなさを目にしたとき、人はそれを自分のものとして激しく揺さぶられる。

幸せと苦しみは、いつも紙一重だ。ほんの一瞬でどちらの深淵にも引きずり込まれる可能性があることを、私自身、これまでの人生の体験から嫌というほど知っている。だからこそ、舞台の上の狂気は決して他人事には思えなかった。

後で調べて知ったのだが、オペラにおけるルチアの「白い衣装、乱れた髪」という狂気の定型表現は、やはり18世紀以降のオフィーリアの舞台衣装が原型になっているらしい。時を超えて、二つの哀しい魂は確かに繋がっていたのだ。

「現代人のほうが、昔の人よりメンタルが強いのかもね」 終演後、ぽつりと言った私に、周囲は「絶対にそんなことはない」と笑った。人生、楽しいことばかりじゃない。激しい悲しみやストレスに、頭がおかしくなりそうな夜は誰にでもある。辛いときは誰もが孤独になりがちだからこそ、私たちは優しい世界を求めずにはいられない。

夫と息子と3人でオペラを愉しむという夢が、この数年間、ずっと叶い続けている。 息子は今年から社会人。これからどんな道を歩むかは分からないけれど、この愛おしい時間に、ただ猛烈に感謝したい。

いいなと思ったら応援しよう!

セレナ|アメリカ生活 応援ありがとうございます♡