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価値をお金に換えない、という贅沢

私の夫の弟の奥さんは、私より少し年上で、最近は体調もすぐれないと聞いていた。 なのに、彼女の旅行の仕方は「えげつない」の一言に尽きる。

二週間前まで夫婦でカリブの島にいたと思えば、今はイタリアで一週間のひとりクルーズ参加中(弟さんは私の夫とここアメリカでイベントに参加中)。そして二週間後には夫婦&私の夫の3人でアフリカへ飛び、小型機で1カ月間ほどサファリを巡る。夫はそこから直帰するが、彼らはカタールかどこかに寄って観光する。もちろん、帰宅後にまたどこかに行くはず。

彼女は、すでに100か国を回っている。夫婦でリタイア生活に入ってからは、1年のほとんどを旅している。

私ならストレスで倒れてしまいそうなそのライフスタイルを前に、「私も旅行好きなんです」だなんて、もう二度と言えないなと思ってる。
私は100か国なんて行かなくていい。好きな国にだけ何度も行き、今の自分の居場所を愛でる。彼女に比べればあまりに地味な自分の日常。けれど、その居心地の良さが私にはちょうどいい。

私の周りには、そんなふうに、仕事をせずに(あるいは退職して)常に旅をしている女性が多い。 彼女たちは周遊チケットの取り方がすごくうまいし、膨大な情報を持っている。 いろんな情報を教えてもらうこともあるし、旅の話も面白い。だから、「そのノウハウをシェアすればマネタイズできるのに」「Vlogにすれば収益が出るのに」 ついそんな下世話な発想が頭をよぎるけれど、彼女たちはそれを鼻で笑う。

「そんなことに時間を使うのは、無駄よ」

彼女たちにとって、旅は体験であってコンテンツではない。知識はシェアするものであっても、売るものではない。時間は使うもので、切り売りするものではない。SNSで写真をシェアすることはあっても、 価値をお金に換えるという発想そのものが、そこにはないのだ。

彼女たちがお金よりも大切にしているのは、いかに残された人生を楽しむか。誰と、どんな時間を過ごすかという「人間関係」の純度そのもの。 一緒に過ごしたい相手の都合がつかなければ、一人でどこへでも飛んでいき、そこでまた新しい出会いを愉しむ。その抜群の社交性と自立心は、決して自分の行動を邪魔させない。

稼ぐ側のマインドと、すでにある側のマインド。 その決定的な違いを突きつけられると、巷に溢れる「お金持ちの思考を学べ」という言葉がいかに空虚で、定義の曖昧なものかが見えてくる。

「だってお金はあるんだから、マネタイズする必要がない」 その残酷なほどにシンプルな真理は、残念ながら私の参考には全くならない。でも、数字そのものに関係なく『十分にある』という意識で生きているところは心から素敵だと思う。喜びや満足感がともなわなければ、豊かである意味もない。

上を見ればきりがない。でも、その潔い境界線の向こう側を眺めるのは、嫌いではないのだ。

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