都内のカフェにて。『ナイトホークス』の絵にピンときたこと
ふらりと入った可愛らしいカフェ。その壁に、『ナイトホークス』のパロディ版が飾ってあった。 エドワード・ホッパーが1942年に描いた、都会の孤独を切り取った一枚。あまりに有名で、いたずらされることも多い。たとえば、人物が何かのキャラになっている。見るたびにくすっと笑ってしまう。
かつて元夫が、この絵の「暗さ」を妙に気に入ってオフィスに飾ってい。 「芸術といえばヨーロッパ」と決め込んでいた私に、アメリカ絵画の放つ独特の情緒を教えてくれたのは、この絵だったのかもしれない。
この絵を背後にカプチーノを飲みながら、「もしかしたら、元夫から何か良いお知らせが来るのかも」と感じた。すると翌朝、かなり早い時間に電話の着信。爆睡していて気づかなかったけれど、起きて見たら案の定、彼からだった。私が日本にいることを知らないから、時差もお構いなしのタイミング。

(今の)夫が朝食を作ってくれている間に、こんどはシカゴにいる息子から、メッセージがいくつか届いた。今話せる??と前のめり。これは絶対に、いい知らせに違いない。
あとでゆっくり電話をしてみると、案の定、やりたかった仕事を手に入れたという報告だった。 今の仕事はフルリモートで続けつつ、新しい仕事もリモート。ひとまず生活の基盤を整えたいから、シカゴを引き払って、1ヶ月ほどフロリダの我が家に滞在することになった。 車ももう売り払ってしまったらしい。相変わらず動きが早い。 これには誰も異論なし。元夫からも「いい知らせだよね!」と追いメッセージが届いて、思わず笑ってしまった。息子がまた近くに住めるのが、彼も純粋に嬉しいみたい。
息子の転職に関しては、チクリと批判する人もいれば、応援してくれる人もいる。でも、そうした周囲の声は、私たちにとって全然、大きな意味を持たない。どんどん移り行く世の中で、誰かの意見が絶対的に正しいなんてことは、まずあり得ないのだから。
それに、かつては私の母も同じことを言われ続けてきた。 「どうして女の子なのに一人で留学させたの?」「一人っ子なのに、なぜ国際結婚なんて?」 今でこそ珍しくないけれど、あの頃の母が受けた風当たりは相当なものだったはず。それでも母は、ずっと私を信じて守ってくれた。
たとえ世間から少しズレていたとしても、自分の内側の声を聞いた方が、確実に幸せになれると思う。 他人の声に従いすぎると、自分との間に隙間ができて、分離が始まってしまうから。 なんだか最近、ときめきや喜びを感じられないとしたら、それは自分がダメだからではなくて、世界に一人しかいない「自分」という存在の希望を、自分自身が聴いてあげていないからかもしれない。
「世間の風当たりは強かったけど、お母さんだけが心の底から信じて応援してくれた。ありがとう」 一瞬、向こう側の息子の声が震えた。「ちょっと感情的になっちゃった」って照れていた。
ここ数ヶ月、彼なりに挫折も味わってきたからこそ、この喜びはひとしおなのだろう。 時には回り道もコントラストも必要。……なんて、親の私は思うけれど、渦中の息子は今はそうは思っていないはず。そこを突き詰めて話し合う必要はないし、白黒つける必要もない。
そんなわけで、予想外に早く再会できることになったので、慌てて日本でお土産を買い込んだ。
つい先日も、世界トップクラスのキャリアを持つ夫の娘さんが東京に遊びに来て、一緒に楽しい時間を過ごしたばかり。 そんな彼女と比べれば、夫の目から見て、私の息子には「大丈夫?」と突っ込みたくなる部分もあるかもしれない。 けれど、それも全部ひっくるめての「家族」。 批判せず、また会えることを一緒に楽しみにしてくれる夫にも、こっそり感謝している。
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