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いくつもの店で焼いてきただし巻き卵から考える、料理人のやさしさ

だし巻き卵は、料理人のやさしさが出る料理

だし巻き卵は、和食の中でもとても親しみのある料理です。

お弁当に入っている卵焼き。
朝ごはんに添えられる一切れ。
居酒屋で湯気を立てて出てくる熱々のだし巻き。
会席料理の中で、静かに品よく盛られている一品。

見た目はとても身近です。
けれど料理人として向き合うと、だし巻き卵ほど、その人の考え方ややさしさが出る料理も少ないのではないかと思います。

私は料理人として、これまでいくつもの店で働いてきました。
そして不思議なことに、だし巻き卵は店ごとにまったく違いました。

出汁の量。
卵の溶き方。
甘みのつけ方。
火の強さ。
巻き方。
焼き上がりのやわらかさ。
切ったときの断面。
お客様に出したい温度。

同じ「だし巻き卵」という名前でも、その中には店ごとの思いがありました。

店ごとに違う、だし巻き卵の色

上品な店では、出汁をたっぷり含ませた、口に入れた瞬間にじわっとほどけるようなだし巻き卵を焼いていました。

箸で持つのも少し緊張するくらいやわらかく、噛むというより、口の中で出汁がほどけていく。
卵の甘みよりも、出汁の香りや余韻を大切にするような一品でした。

一方で、家庭的な雰囲気の店では、少し甘みを感じる、ほっとするような卵焼きに近いだし巻きもありました。
子どもから大人まで食べやすく、食卓に出てくると自然と笑顔が増えるような味です。

また、酒肴として出す店では、熱々で、出汁の香りが立ち、少ししっかりめの味に仕上げることもありました。
お酒の横に置いたとき、卵のやわらかさと出汁の塩梅がちょうどよく感じられるようにする。

だし巻き卵は、ただ卵を巻いた料理ではありません。
その店が、お客様にどんな時間を過ごしてほしいのか。
どんな温度で、どんな余韻を残したいのか。
そういう考えが、静かに表れる料理なのだと思います。

卵と出汁をまとめるという難しさ

だし巻き卵の難しさは、卵と出汁という、性格の違うものをひとつにまとめるところにあります。

卵は火が入ると固まります。
けれど出汁を多く入れるほど、卵はやわらかくなり、巻くのが難しくなります。

出汁を控えれば巻きやすい。
でも、だし巻きらしい含みや余韻は弱くなる。
出汁を増やせばおいしい。
でも、火加減と手の動きが少しでも乱れると、形が崩れたり、口当たりが荒くなったりします。

だから、だし巻き卵は火入れの料理です。

強すぎる火では、表面だけが早く固まり、中のやわらかさがなくなります。
弱すぎる火では、卵がだらりとして、巻きにくくなります。
鍋の温度、卵液を流す量、箸の入れ方、返す角度。
その一つひとつを見ながら、手を止めずに焼いていく。

だし巻き卵を焼いているとき、料理人はとても静かです。
派手な動きはありません。
ただ、鍋の中の卵の表情を見て、音を聞き、香りを感じながら、次の一手を決めています。

やさしさは、やわらかさだけではない

だし巻き卵のやさしさは、単にやわらかいことだけではありません。

出汁が多いからやさしい。
甘いからやさしい。
薄味だからやさしい。

そういう単純なものではないと思います。

食べる人にとって、どの加減が心地よいのか。
その料理が出る場面に合っているのか。
熱々で出した方が喜ばれるのか。
少し冷めてもおいしいように仕立てるのか。
子どもも食べるのか。
お酒と一緒なのか。
会席の流れの中で、どんな役割を持つのか。

そうしたことを考えて焼くことが、料理人のやさしさなのだと思います。

だし巻き卵は、卵という身近な素材を使います。
だからこそ、食べる人の記憶に近い料理でもあります。

家庭で食べた卵焼き。
お弁当に入っていた少し甘い卵。
旅館の朝食で出てきただし巻き。
居酒屋で頼んだ熱々の一皿。

人それぞれに、卵焼きやだし巻き卵の記憶があります。

その記憶に寄り添いながら、料理人としての一皿に仕立てる。
そこに難しさと面白さがあります。

和食らしい引き算の美しさ

だし巻き卵は、材料だけを見るととてもシンプルです。

卵。
出汁。
少しの調味料。

基本はそれだけです。

けれど、そこに和食らしい引き算の美しさがあります。

何かを足しすぎるのではなく、卵と出汁の関係を整える。
甘みを立たせるのか、出汁を立たせるのか。
焼き目をつけるのか、淡く仕上げるのか。
しっかり巻くのか、ふわりと含ませるのか。

同じ料理でも、考え方によってまったく違う表情になります。

私は、だし巻き卵を焼くたびに、料理は技術だけではないと感じます。

もちろん技術は必要です。
火加減も、巻く手も、卵液の配合も大切です。

でも、その技術を何のために使うのか。
そこに料理人の姿勢が出ます。

食べる人を驚かせたいのか。
安心させたいのか。
季節の献立の中で、少しやわらかい場所を作りたいのか。

だし巻き卵は、それを静かに問いかけてくる料理です。

家庭でも楽しめる、だし巻き卵のやさしさ

家庭でだし巻き卵を作るとき、完璧に巻こうとしなくてもいいと思います。

少し形が崩れても、出汁がじゅわっと出てきたら、それはそれでおいしい。
焼き色が少しついても、香ばしさになる。
甘めでも、出汁を効かせても、その家の味になります。

大切なのは、卵に火を入れすぎないこと。
そして、食べる人のことを少し思いながら焼くことです。

子どもが食べるなら少し甘く。
お酒に合わせるなら出汁を効かせて。
朝ごはんなら、やわらかく軽く。
お弁当なら、少ししっかりめに。

その小さな調整が、家庭のだし巻き卵を特別にします。

【まとめ】一切れに込めるもの

だし巻き卵を切ると、断面にその料理人の考え方が出ます。

出汁を含んでしっとりしているか。
巻き目がやさしく重なっているか。
箸を入れたときに、ふわっとほどけるか。
口に含んだときに、出汁の余韻が残るか。

私は、だし巻き卵には料理人のやさしさが出ると思っています。

それは、甘い言葉のようなやさしさではありません。
火を見つめる集中。
食べる人を思う加減。
余白を残す味つけ。
出汁を含ませる手の感覚。

そういうものが、一切れの中に静かに入ります。

いくつもの店でだし巻き卵を焼いてきたからこそ、私はこの料理の奥深さを感じます。

だし巻き卵は、派手な主役ではないかもしれません。
けれど、食卓にあると少しうれしくなる。
ひと口食べると、気持ちがやわらぐ。
その場の空気を少しやさしくする。

そんな料理です。

これからも私は、だし巻き卵を焼くたびに思うのだと思います。

料理人のやさしさは、こういう一品にこそ静かに出るのだと。

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