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月曜に読む日曜版に想ふ

 新聞は斜め読みが常のわたしも、日曜版だけはしっかり読む。無職になって久しい今はともかく、会社勤めをしていた頃は平日といえば朝は出勤時間ぎりぎりまで寝ていたし、夜は夜で遅くに帰宅後ベッドに直行するという毎日。まるで古新聞の山を築くために購読料を払っているようなものだった。あの頃のわたしは日曜版を読むためだけに新聞を購読していた、といってもいいすぎではないだろう。いっそのこと日曜版だけ購読できたらいいのになぁなどと思っていたところ、なんとスイスに移住してそれが実現した。

 NZZというその新聞は、Rが子供のころ家でとっていたスイスドイツ語圏の日刊紙で、今は仕事がらアメリカの日刊新聞をアプリで定期購読しているため、こちらは日曜版だけを読んでいる。この日曜版は、社会、政治経済、文化、スポーツなどのパートごとに分冊になっていて、内容もボリュームもかなり読みでがある。これを午前中いっぱいかけて読むのがRの日曜の朝の習慣なのだが、その傍らからわたしが拝借するのは「文化」の冊子である。

 アートや映画、食、旅、ファッション、インテリアなどを網羅するこの冊子は、紙面デザインがとても美しい。眺めるだけでも楽しい上に記事の視点や切り口がわたしの好みで、この日曜版を読むことがスイスに移住してきてまもなくわたしの日曜の朝の習慣になったのだった。

 ところがこの日曜版にはひとつ問題があって、それはこの新聞がドイツ語新聞であるということに起因している。というのもわたしたちが今住んでいるのは、スイスはスイスでもフランス語圏であり、ドイツ語新聞を読みたい人はかなりの少数派のため、買える場所がけっこう限られてしまうのだ。

 さいわいわが家の場合、近所のキヨスクであつかいがある。そのため以前はRが日曜の朝起きてすぐに歩いて買いに行っていたのだが、ある時を境に急に売り切れで読みっぱぐれることがつづくようになった。どうやら近所にRのほかにもドイツ語新聞を読みたい人が引っ越してきたらしい。あつかいがあるとはいっても、所詮ドイツ語新聞の仕入れはかなりの少部数なのだろう。

 かくしてご近所さんとのドイツ語新聞を巡る早起き競争が勃発したわけなのだけれど、ゆっくりしたい日曜の朝にこれはつらい。これを機に日曜版だけを購読契約することにしたのである。以来、日曜版は確実に郵便受けに配達されるようになり、わたしたちは目覚まし時計をかけることなく穏やかに目覚める日曜の朝をとりもどすことができたのだ。

 がしかし、一難さってまた一難。

 それとはまた別の問題が持ち上がった。この契約での日曜版は日曜日の朝には配達してもらえない。それならいつ配達されるのかというと、月曜の朝に配達されるのだ。ドイツ語圏ではNZZ紙の新聞配達網があり日曜の朝でも日曜版を配達してくれる。しかしフランス語圏にはそれがないため通常の郵便で送られてくるからである。こうして早起き競争はなくなったけれども、日曜の朝の日曜版とともに過ごす穏やかなひとときも失われることとなったのだった。

 それにしても月曜の朝にとどく日曜版ほどマヌケなものはない。日曜版は日曜に読むから意味があるのに、と(生真面目な)日本人のわたしは思う。日曜の郵便配達は休みだから仕方がない、と(規則は絶対な)スイス人のRは言う。しかしそれの何が問題なの?と首を傾げたのは、たまたま郵便受けでいっしょになった(我々とは異なる時間軸に生きる)インド人の隣人Sさんである。

 そういえば、ちょっと前に彼は同じくインド人のおともだちと食事の約束をしていたのにすっかり忘れていて、しかも、そのことに気づいたのが二人とも翌日だったと話していたのだった。それで翌日「昨日、約束してなかった?」とSさんが電話したところ「そういえばそうだった」ということで「じゃ、今日にする?」となったらしい。一日ぐらいの違いはインド時間ではないにも等しいのだろう。インド時間でいったら日曜版が月曜に届くなんて「早い」ほうなのかもしれない。

 さて。そんなインド時間で生きられるほどの境地にはいまだ至っていないものの、月曜の朝に日曜版を読む暮らしにもそろそろ慣れてきたかな、と思えるようになった先週のこと。月曜日の朝になっても日曜版が届かない。休刊なのかと調べてみたけれど、休刊ではないようだ。日曜に届かないのなら月曜でも火曜でも同じだと、わたしたちは気長に待つことにしたのだが、火曜になっても水曜になっても木曜になっても届かなかった。

 これには気長なRの堪忍袋の尾も切れた。

「ここはインドか!(インドの皆さん、ごめんなさい)」

 と、勢いこんでNZZ紙お客様係りに電話をした。ただでさえ日曜版を月曜に読むことに渋々甘んじているというのに、木曜になっても届かないとはなにごとか。この際、文句のひとつぐらい言ってもバチは当たらないだろう。とはいえ、Rもいい大人である。同じような意味合いのことを、オブラートに包んで遠回しにくどくどと愚痴ったらしい。

 すると……。

「相手は何ていったと思う?」

 Rが言う。

「文句なら郵便局にいってくれ、とか?」

 ではないらしい。

 もってまわったまどろっこしいRの愚痴を遮ることもなく最後まで聞き届けたお客様係り氏は、なるほど、とお客様番号をシステムに入力し状況を確認すると、こういったそうである。

「お支払いが滞っておりますようです」

 ここはインドか、などと暴言を吐いたことをわたしたちは深く恥じた。契約が切れたのはまだ先週のことなのに、きっちり今週分から配達が止まるだなんて、さすが(規則は絶対な)スイスなのである。これがインドならあと一ヶ月分ぐらいはゆるゆると配達してくれていたのではなかろうか。

 と同時に、理不尽なことには理不尽だと主張しなければ生きていけない世の中ではあるけれど、事実確認と主張の仕方には気をつけなくてはなぁと肝に銘じたのだった。若かりしころは苦情を申し立てた場合、十中八九はこちらが正しかったものだけれど、最近はこちらの考え違いだったということがめっきり増えている。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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