【こんな映画でした】1383.[ふきげんな過去]
2016年 6月28日 (火曜) [ふきげんな過去](2015年 120分)
前田司郎監督作品。シネ・リーブル神戸で。小泉今日子と二階堂ふみの共演ということで、興味を持ち、観ることに。こじんまりした映画館で昼下がりの時間帯。30人余りは入っていたと思う。しかし途中で男性が二人、バラバラの時間帯にだが、出て行ってしまった。おそらく期待外れということで。それと。おそらく分かりにくいということで。
私も何の下調べもせずに観たものだから、分かりづらいセリフ・固有名詞があって、ややイライラさせられた。今、ネットで調べてみると何と小泉今日子の役名は「未来子」(みきこ)であり、二階堂ふみは「かこ」と呼ばれていたが、それは「果子」なのであった。
これを先に知っていたら、もっと分かりよかったかもしれない。ともかく見終わってようやく分かったのは、題名の「過去」はもちろん「果子」と掛けてあるわけだし、「不機嫌」とは今に続く彼女の過去の人生そのものが、不機嫌なものだということだろう。
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母と娘の葛藤を描いたものともいえる。父親と息子の場合、息子が自立していくためには「父親殺し」が必要だが(もちろん精神的な意味での)、母と娘の場合もそうなのだろうか、と考えた。
未来子を傘で刺してしまうという行動、それは母親殺しなのだろうか。生まれて18年ほど放ったかされていた(実の母親ではない人を母として家族関係を維持してきたという無理、等々)彼女の「ふきげんな過去」は、彼女の精神を蝕んでいたことだろう。
だから今も、そしてこの先もつまらないのだ。どこか別の世界へ行きたいと思うわけだ。もちろん行けるわけはない。爆弾の爆発とワニの出現は、ある種、意味不明なのだが、それらが彼女に何かインスピレーションのようなものを与えることになるのだろう。
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ラストシーンはそのワニが川に逃げ出すところを、橋の上から見る彼女の表情のアップで終わる。ほんのちょっぴり何かしら笑顔を浮かべた表情で。そして彼女の18歳の夏は終わり、「たかが夏の冒険」(広告の惹句)ということで決着をつけるわけだ。
それにしても母親の名前を「未来」とし、娘の名前を「過去」とするとは!
しかし私自身のことを思い返せば、青春期というのはまさに「ふきげんな過去」だ。どれだけの人が「ごきげんな過去」を送ってきたことだろう。
