早く現実を認めればいいのに (木が教えてくれることを聞いてみる 2026.7.4)
今日のお相手は、木ではないのですが。
早速いってみましょう。
人「うわ!」

植物「へへっ!」



よくこういう人工的な場所にまで
進出してくるものですよね
今日も一往復です。
会話は必要ないパターン。
なぜって、以心伝心だから。
あるときから、今の状態を
もっとよく変えたかったら、
これは違うんだな、
と早く認めた方がよい、
と思うようになりました。
先週の講義の後、
話に来てくれた学生とも
そんな話をしました。
よかれと思ってやったことが、
そうではなかった、というのは
よくあることだと思います。
そのとき、どうするか?
ひとつには、うまくいかなかったことを
認めるというのか、受け入れて、
じゃあ、ここから、どうする?
という作戦を立て直して、
すぐにやり直す。
植物の生き方は、こちらのように見えます。
もう一つ、人間の場合、
大切なことは、
課題と人を分離すること。
あ、ちがったな、とすぐに気づけた。
だけど、やり方を変えにくいのは、
人と、うまくいかなかったこと、課題
をくっつけてしまうから、
だと思っています。
ほとんどの人は
カンペキではないのだから、
一度で、簡単に、
うまくいかなくても仕方ない、
と思います。
だったら、やり直せばいいね、
と思うのですが、
今の時代、誰のせいか、
責任を誰がとるか、
という話になりがちです。
課題の解決がそちらに向くと、
よい方には進みませんよね?
植物や野生生物は
そのようなややこしい
プロセスがないので、
選択をはずした時のリカバリーが早い。
そこは見習いたいところ、
と思っています。
今日の植物でやられたな、
と感じたのは、
この繁殖力というのか、
貪欲さというのか、
とにかくガッツです(古い言い方?)。
隙あらば、どこからでも
芽を出して伸びて行く。
よじ登れる、足がかりになるものは
なんでも使う。
その先、その先、と
前に進もうとする。
便利さを追求し、
おっとり生きている人間は、
とてもじゃないけど、
かなわないです、
植物のこういうタフさ、生命力には。
それを早く認められたらいいのに、
と思います。
だからといって、
今のように、
除草剤を多用したり、
舗装して土のない状態にする
のがいいかというと
方向性がちょっと違う気はしますが。
とにかく、植物は、
生産者として生き、
生態系の中では、「植食性」といって、
植物をエサにしている生物を
養う役割を果たしています。
その役割を果たしつつ、
これだけ繁茂できるのです。
すごいですよね?
その植物とどのように共存していくか?
人間の思い通りにはならない、
植物が人間を養っているのだから、
というのをまず認めれば
共存の作戦も立てやすいのかな、
と思っていますが、どうでしょうか?
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