笑顔の常連さん/傾けてはみるものの
今日は昨夜の常連さんのこと…
笑顔でお帰りになられたものの、私から彼へかけた言葉は、ほとんどありませんでした。
彼の口からは、珍しく色恋の話…
これまでも、お酒の力を借りつつ、冗談めかしに
「彼女が欲し〜」
だなんて言葉が飛び出すこともありましたが、昨夜はいつもとは違う面持ちでした。
彼は昔も今も、良くも悪くもかなりの恋愛体質…
保育園の頃の初恋のようなもの以来、彼には常に想いを寄せる誰かがいました。
想いが叶えば、つい彼女との時間を何よりも最優先にしてしまう彼…
そこは10代の頃から変わっていないこともあり、周りからすればまたいつものこと…
今さら付き合いが悪くなっただなんて誰も言いません。笑
そんな彼ですが、ぼやけた視界になってからというもの、その彼らしいところまでぼやけてしまったようで…
昨夜の彼は、カウンターで深く肩を落として
「もう僕には彼女なんてできるわけないんだ…」
と、これまでとは真逆のセリフ。
正直、一瞬迷いましたが、私は淡々と聞いてみることにしました…
すると彼は、まるで自分に言い聞かせるかのように
「仮に、こんな僕と一緒に居てくれる彼女が現れてくれたとしても、その彼女には何のメリットもない…
むしろ、デメリットだらけ」
との言葉。
私は何も言わず、続きを待ちました…
「今の僕は、自分の運転で迎えに行くことすらできなければ、送り届けることもできない…」
「今の僕は、ドライブに誘うことすらできなければ、起こさないようにと、そっと走らせることもできない…」
「今の僕は、こないだと少し違う前髪に気付くことすらできなければ、せっかくのメイクの違いも分からない…」
「今の僕は、どこを見ていたのかすら分からなければ、何に目を奪われていたのかも分からない…」
「今の僕は、どんな色を可愛いと感じるのかも分からなければ、どんな絵柄をお洒落と感じるのかも分からない…」
と、一つ話すたびに、また一つ…
できなくなったことや、分からなくなったことばかりを次から次へと。
できる為にはどうする?
分かる為にはどうする?
じゃぁどうする⁈
が大切なのでは…
なんて、自己啓発本みたいな返しも当てはまらなければ
できないなりにどうする?
分からないなりにどうする?
というのも違うなと思い、私には返す言葉が見つかりませんでした…
そして同時に、そのどれもを否定することもできませんでした。
彼は、時に彼女の辛いや悲しいなんかも受け止めつつ、はしゃぐ彼女と一緒に居たいのです。
彼女の目線の先をヒントにもしつつ、ちょっとした気付きこそ貴重で、大切にしたいのです…
安心しきった寝顔を横に、名残惜しい気持ちと葛藤しつつ、送り届けた先では、次の約束をしてバイバイしたいのです。
そしてまた、滅多にしない早起きをしつつも、お迎えに走りたいのです…
眠たい目をこすりつつも、緩む口元を隠しながら、彼女の元へ向かう時間が幸せなのです。
そんな彼だからこそ、立ち止まってしまったのでしょう…
彼は
「今の僕には、もうどれも無理だ…」
と言って、一気にグラスを空けました。
彼にお付き合いしているようなお相手なんて居ないことは存じておりますが、それ以前に、そもそも想いを寄せるようなお相手が居られるのか…
そこは存じ上げておりません。
でも、何かしら考えてしまう機会があって、あのような言葉が溢れてしまったのだと思います。
これまでは、漠然と
「彼女欲し〜」
だなんて冗談めかして口走っていたのに、ふと鮮明に思い描いてしまったばっかりに
「彼女なんてできるわけない…」
と現実に立ち返ってしまったのでしょう。
そこから逃れる為なのか…
もう想いを寄せることすらやめた方がいい、そんな感情はもう捨てなきゃだなんて言葉までおっしゃっておられました。
あの時の私にできたことと言えば、ただただ耳とワインボトルを傾けることぐらい…
頬を赤らめた彼は
「ま、好きな時にここで好きなだけ飲めるんだから、これでいいや〜」
と、笑いながら私と乾杯。
お見送りの際も、彼は笑顔で手を振って帰って行かれました。
こんな私でも、笑い方が変わってしまったことぐらい分かるのに…
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