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出産、育児、同居。ある日、私は私でなくなった

出産後、私は透明人間になった。

けっして「ついに気配を消して行動できるようになった!」というような話ではない。自己認識の話だ。急に付与された役割に、私の中から「私」が追い出されてしまったという話。

結婚から1年半を経て長女を出産。生後0か月目を実家で過ごし、床上げを待ってから義実家での同居を始めた。

初めての出産、初めての育児、初めての同居。心と体、そして生活環境の目まぐるしい変化に、私の頭は寸分の隙もなく「子ども」と「同居」、「妻としての自分」に支配されてしまった。

ライフゲージは3分の1。でも、役割は3倍

色を失っていく

産後で寝不足の日々が続き、昼も夜も切り替えがうまくいかない頭。ホルモンバランスなんてぐちゃぐちゃで、ガルガルしているにもほどがある。

そんな状態で、昨日まで他人の家だった場所を「今日から我が家です」なんて、そりゃ切り替えられるわけがない。私はヤドカリではないのだ。

「母」として子どもを心配したり世話を焼いたり。
「嫁」としてどう振る舞うのが“正解”なのかを模索したり。
「妻」として、せめて掃除だけはと頑張ってみたり。

不器用なくせに完璧主義な私は、「しなきゃ」の呪縛にとらわれて、徐々に私の中から「私」を追い出していく。

特に、皆が長女に注目するたび、人生の主役を取られたかのような気がした。
もちろん、娘が可愛いのは承知のうえだ。毎日数十枚の写真をせっせと量産し、それを寝る前に欠かさず見返すくらいには親バカである。

にもかかわらず、娘に対して抱いたのは、愛おしさと嫉妬が入り交じったような気持ち。当時の私は、自分の中にある醜さに、大変なショックを受けた。

どこにいても、何をしていても、本来の自分を認識してもらえないという感覚が拭えない。

今振り返れば、心と体のライフゲージが通常の3分の1ほどしかなかったのだろう。そんな状態で3つの役割をこなしていたなんて、本当に無茶をしたなぁと思う。

だんだん心が落ち着かなくなり、産後うつを疑ってメンタルクリニックを受診した。
しかし結果は、「気にしすぎないように」。

――ウソだと言ってくれ。思わず心の中で天を仰ぐ。

本音を言うと、このとき私は「あなたは産後うつです」と診断してほしかったのだ。めまいも、悲しさも、過呼吸も止まらない異常なこの状態に、名前をつけて早く安心したかったのに。

まさに八方塞がりである。だって、これはメンタルの浮き沈みの問題で、病気じゃないと診断されてしまったのだから。

否が応でも、自分でこの状況をなんとかしなければならない。

タンスの角に小指をぶつけただけでも倒れてしまいそうな、超貧弱なライフゲージしか残っていないのに。このわけのわからない状態に立ち向かうという、絶望的とも思えるクエストが始まったのだ。

とにかく何か“役割”とは関係のないことがしたくて、娘が生後6か月目に入ったある日、私はライターの仕事を始める。

実は独身時代、私はライター業に挑戦し、一度挫折を経験していた。このタイミングで再挑戦したのは、“透明人間”でい続けることへの、私なりの反抗だった。

私、何が好きだったんだっけ

「私」を積み上げる

下の娘が保育園に入園した頃、ライターとしての活動がやっと安定し始める。そんなとき、今後のキャリアについて、ある方に面談をしていただく機会があった。

「好きなことや、やりたいことはありますか?」

正直、ズガンッ! と頭を殴られた気がした。

まったく回答が出てこないのである。

「えーと」とか「うーん」とか唸ってみたが無駄だった。出産前の自分が休日に何をして過ごしていたのか、どんな将来を思い描いていたのか。頭の中の回答欄は真っ白のままで、答えられないことに居心地の悪さを感じる。

思い出せなかったのではない。“わからなかった”のだ。

これが、私が5年間自分自身を「母」や「嫁」、「妻」に縛り付け、自分の気持ちをひとつひとつ諦めて捨てていった、その代償だった。

趣味は?
興味のある仕事は?
どんな服を着て、どんな生活がしたい?

困っている私に、こんなに丁寧に聞いてくださるのに、妙な沈黙で度々話を中断させてしまう……。何一つしっかりと答えられなかったことが恥ずかしい。

私は「母」「嫁」「妻」として少しばかり進化を遂げたのかもしれないが、自分自身はヤドカリにもなれない、透明人間のままだった。むしろ、透明人間であることさえ意識しなくなっていたのだと思う。

そして、初めてそこで危機感を覚えた。

「私、このままだと何も残さず死んでいくことになる」

噴水のように、一気に不安が噴き出す。

「母」として「嫁」として「妻」として役割を終えたとき、私に残るのは何――?

生きた証もなく、何者にもなれず、透明人間として「役割」だけを全うして人生の幕を閉じるのか。考え始めたら、背筋がすうっと寒くなった。心臓の音が少し早くなる。

理想の将来像について、慌てて考え始める私。時間をかけて考えたけれど、最初は何が食べたいとか、どこに行きたいとか、笑ってしまうくらいささやかな願望しか出てこなかった。

それでも、僅かに指先に触れる「私」の要素を、ひとつひとつ拾い上げていく。

昔の自分を思い出すというより、新たな自分を構築していくような感覚。まるで、古い積み木に新しい積み木を足しながら積み上げていくような作業だった。

少しずつ「私」の輪郭が見えてきた

喫茶店のコーヒーが癒やし

今もまだ、私は透明人間の状態から脱していない。言うなれば、少し存在感が出てきた“半透明”のような感じ。

細々と仕事を続けていたのはもちろん、好きな香りの入浴剤を試してみたり、庭に花を植えてみたり。生活をするには必要のないことを小さく小さくいろいろ試して、やっと少しずつ「私」に色が戻ってきた。

私は私が望むように生きて良いのか、それはわがままなことではないのか、と今でも考える瞬間がある。心のなかに巣くう自信のなさは、今でも私が隙を見せる瞬間を静かに待っているのだ。

けれど、「このままで終わってなるものか」という反骨的な自分も、すくすくと育ちつつある。こいつが今後、私に色をつけてくれるはずだ。たぶん。

何にせよ、私は歩き出した。自分を“取り戻す”のではなく、“新しい自分になる”という選択をしたのは、間違いではなかったと感じている。

新しい自分の在り方を探していく中で、自分の好きだったものも徐々に思い出してきた。

特に、一人時間を楽しめるようになってきたのは、かなり大きな変化。
以前は自由時間ができても、どこに行って、何をして過ごしたら良いのか、それすらわからなかったから。

「次は何に挑戦しようか」と、近所の喫茶店でコーヒーを飲みながら、思いを巡らせる。うーん、贅沢だ。なんだ、半透明でも案外楽しいじゃないか。

「好きなことや、やりたいことは?」

わからないと悩んでいた過去の私に言いたい……と、少しばかり偉そうに締めようと思ったのだが、どう声をかければ良いものか。今もまだ、答えは出ない。

この記事を書いたひと: Asuna

パワフルな子どもたちと向き合う2児の母。Webメディアでの編集や取材、マーケティングを意識した記事の執筆まで幅広く携わる。人の想いや感情の機微が伝わる文章が得意。

X:https://x.com/k_asuna_writer
note:https://note.com/k_asuna


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