初夏の92年北海道
パソコン通信をやっていたデータの整理していて、初夏の北海道旅日記が発掘されました。一部手直しの上、掲載させて頂きます。なお、リンク先は最近の内容なので、本文の当時のイメージとはさすがに変わっております。では。
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6/30
またしても北への旅立ちだ。それにしても、旅に出るのが「怖く」なった。なぜなら、毎日、会社へ行くのがどうもおもしろくない。それで旅に出ると楽しい思いをする。そして、会社へ行く。そうなると楽しかった思い出はどこへやら、胃が痛くなり、ただ気力が萎える毎日を過ごす。そして、休みになると、ぐだ-と疲れが出るのを癒し、また月曜日「つまらん」会社へ行く。そんなにつまらないなら、会社をやめたらという意見も出てくるだろう。
大学への通学の都合で、人生においてたったの四年間関西で過ごした。今までろくでもない生き方を一変させるほどの影響を受けた。今でも愛知の言葉より関西弁で話す方が話し易いのが事実。
生ま育った、他の土地と比べるとある程度人が多い割に保守的な愛知に戻ってきて、親と一緒に暮らし、いろんなしがらみがあり、自由というのがない。正直言って息が詰まる。なんとかならんかな。そいでもって、開き直って、ま、旅に出るくらい楽しみがあってもいいかな、という感じで今を過ごしている。
20時半頃会社から家に帰って来た。そして食事して、準備していたものを黒い鞄に詰める。斜里YHにSさんがいるので、電話する。そうすると、原生花園に花はあるよ、といううれしい返事を貰う。
そうなると、後は行くことだけを考えれば善い。そして、東海道線の最寄り駅まで行き大垣発東京行きの普通夜行列車を待つ。乗る。明日はいよいよ、北海道だと。
7/1
大垣発東京行きの夜行に乗っている。対面シートを一人で独占。さすが水曜日の、しかもまだ夏の行楽シーズンでない。そのためか。疲れているので、横になって眠ろうとする。うとうととはできるが、列車に乗って寝るのに慣れてないせいか、ぐっすりと眠れない。これでは、せっかくの「寝台車」になったというのに、もったいない話だ。でも、眠れないものは仕方がない。それでも、今回、名物静岡の弁当売りの声をうつらうつらぐらいしかきけれなかった。そのあたりは寝ていたのだろう。熱海の辺りで起きた。そしたら、もう眠れない。とうとう遠くまで来てしまったのかという、実感なのか。以前は、どこへでも行っても、そんな感じは覚えなかった。正直言って、もう旅することがしんどくなった。去年まで、暇さえあれば毎週のように信州のYHへ行っていたパワーはどこへ行ってしまったのか。自分でも、よくわからない。ただ、旅が何かを「発見」というのでなく、「慰安」を求めるが強くなった気持ちは確かにある。だから、今さら、新たな土地に行く気がない。ましてや、行ったことのない、外国は行きたくない。知らない土地へ行って、どぎどきするより、心を落ち着かせたいだ。そうすることによって、冴えた頭を持って、会社での仕事の効率を上げたいし、毎日の生活や人生そのものをもっと潤いのあるものにしたいのだ。だからこそ、大学生で時間がある人は、うーんどうだろう、日本国内を、学生時代でないといけれないところへ行くのも良いのかもしれない。
品川には4時半過ぎに着く。疲労が最高潮に達っしている。しんどい。が、こんな旅は、列車で北海道往復すると思えば楽なもの。北海道へ行くとなると、まだまる一日列車に乗らないといけないのだ。とはいいつつ、今年の夏のお盆休み、北海道ワイド周遊券を握り占め、北海道へ渡道することが決っている。
飛行機で往復したいのだが、まだ7/19現在、いつから休みになることが決ってない。そうなると、一応なんとかいけれる、列車にいうことを決めていた。
山手線に乗り換え、浜松町へ向かう。朝なので、乗るのに20分近く待たされた。しかも、駅のホームには椅子がない。頭はぼーとするは、足は疲れるはで、思考能力ゼロに近くなる。
浜松町に着く。そろそろ腹が減ってきた。が、どこも開いてない。コンビニエンスはと探すが、なさそう。上野から新幹線に乗っていった時は、神田で途中下車して、牛丼屋で何か食べたものだったが。モノレール乗り場に行くと、始発は5:20という。それまで、また20分程待つ。
羽田に着く。着いたのが、6時前。でも、人が結構すでにいる。今は7月の上旬だが、お盆休みになると、もっと人が一杯になるのを思うと、ぞっとする。腹が相変わらず減っていたが、どこもあいてない。ジュースを飲もうにも、自動販売機はタバコぐらいしかない。仕方がないので、どこかの椅子に座って、うとうとする。6時半過ぎると、店も開き出した。搭乗手続きをして、店を探す。うどんぐらいな安いのでいいからと思ったが、そんな安そうな店はない。なんとかカレー屋があったので、そこへ入る。(セントレア開港以前、小牧にある当時の)名古屋空港だと、2Fに食事するところがあり、更にフロアの北へ行くと、セルフサービスの店があり、重宝したものだった。カレーを食べ終り、ずっとロビーにいてもしょうがないので、荷物チェックのゲートをくぐる。
そして、待っていると、飛行機機内への案内が指示される。いよいよ、北海道だという、ワクワクした気持ちになる。だいたい、あと2時間もしないうちに北海道なのだ。連絡船で北海道行った時は、青森のずっと手前で連絡船名簿をもらい、「ああ、いよいよだ」と気持ちの上での「儀式」をする。
となると、連絡船乗船時間が4時間で、連絡船名簿をもらうのはさらに前だ。北海道へ行くときはいつもそうだったので、北海道に入るには、6時間近く前にもう北海道なんだと思うのが癖になっていた。そうなると、飛行機で2時間以内というのは、あまりのもあっけなさすぎる。まだ、こちら内地にいる気持ちのまま、北海道にいることになるし、逆に帰ってくる場合、まだ北海道ぼけの尾を引いているので、何か調子が狂う。しかし、社会人になった以上、飛行機を使って、時間を「買う」ことしないとならないため、そんな気持ちの整理などできなくなった。やはり何か悲しいものがある。
羽田発女満別行き181便の飛行機(羽田7:55分発)が離陸した。東京が真下に見える。大垣発東京行きの夜行に乗ってきたので、相当眠い。しばらく、寝てしまった。起きると、「お目覚めですか。ご用がありましたら・・」などという紙の札がテーブルにかかっている。そうしていると、スチュワーデスさんが来て「朝食をお持ちしました」と言ってきた。なんだ、朝食サービスがあったのかしまった、そんなことなら羽田でカレーを食べるんじゃなかったなと思った。女満別には、15分近く遅く到着した。
羽田で混んでいたのと、乱気流のせいとかいっていた。しかし着けばさすが北海道、広い広い。早速、空港前のレンタカー屋へ行く。航空券と一緒にレンタカーを予約したので、あの鬱陶しい北海道特有の超過距離料金を取られなくても済む。
女満別の市街を目指す。そして、網走へ行って斜里に行ってもよかったが、以前から見たかったメルヘン街道を通る。が、天気が曇のせいか、あまりたいしたことなかった。藻琴駅前を通り、国道244線に入る。そして、斜里YHに3日前から北海道入りしていたSさんを迎えにいく。斜里YHには11時頃着いた。
斜里YHに入ると、Sさんがいる。おお、久しぶりやなあ、といいつつ、少し中で休む。そして、昨日泊まったTさんが、知床にいるということで、早速ウトロへ向かう。ま、昨日の電話でTさんをウトロで拾って、どこかへ行こうと話がついていたので、そういうことになった。
およそ1時間程でウトロに着く。まだ観光船から帰ってないかな、ということで、民宿「酋長の家」のみやげもの屋へ入って、「92年のとほ、ありませんか?」と聞く。そうすると、「なんですか、それ?」と逆に聞かれる。「えーと」と言って何かきまり悪くなったのでそこを出て、「ユーカラ民芸館」へ行きそこで92年版のとほを買う。また内容が厚くなった。年々、YH民宿が増えている。特に、美瑛、美馬牛、富良野の増加が著しい。85年に来た時には、美瑛富良野は旅人が泊まるところと言えば富良野ホワイトYHしか知らなかったので、すごいなあと、つくづく感心してしまう。
観光船乗り場へ行くと、もう既に着いたらしい。そこで、近くを探しているとSさんが、「あの人だ」とTさんを迎えに行く。そこで、3人でウトロの食堂「磯辺」へ入り、何か食べる。僕とTさんはウニどんを、Sさんはハモどんを食べる。それからどこへ行こうかなということで、カムイワッカの湯の滝へ行くことになった。岩尾別YHを通り過ぎ、知床5湖と知床大橋分岐点で知床大橋の方向へ行く。ここは、あんなに人が行くのに、いまだダートである。途中、キタキツネを見る。しかし、みんな妙に痩せている。そして、一部は首輪をしている。生態系を調べるためにつけているのだろうか。
知床大橋にさしかかる。そして、思い切って橋に車を入れる。Sさんが、知床大橋に車を入れたなんて初めてだなあという。知床大橋を越えたすぐはもうゲートで先にいけない。だから、乗り入れた以上はバックで戻らないといけない。そして、知床大橋の下を見る。さすがに深い。7年前、斜里YHのバスツアーで、石を下に落し「おーい、沖Xさや、涅槃で待ってるぞ」というくだらない遊びをしたのを思い出す。Sさんは斜里YHによく来る人で、なおかつそこでヘルパーの経験もある。それで、僕にそんなことをしたなあ、となつかしく言う。
知床大橋の後は、カムイワッカの湯の滝へ行く。ここから、河原を歩く。Sさんが「しまった、YHでサンダル借りてこれば良かった」と言う。そうか、なる程ね。結局、靴を脱ぎ、はだしで登る。痛い。岩や石がごろごろしているところを歩くのだから。そして、最大の難所に出かかる。そこは、どうしても急斜面の岩場を行かねばならないところだ。河原をここの部分は歩けれないのだ。なぜならば、川がくぼみになっていて、深いのだ。しかも、急斜面の岩場には、途中熱い湯が出ているところがあり、そこに足を入れると飛びあがるほど熱い。だから、なるべくその熱い湯に触らぬようなところを選んで歩く。とうとう着いた。みんなが入るところにだ。さらに急斜面の岩場があり、Sさんはこの上も行ったという。ちょっと熱めだと言う。ちょうど別のグループが出るところで、ラッキーだった。滝壷に入る。あいかわらずいい湯だ。少し目にかかると痛い。かなり酸が強い。そして、滝壷では足が着かない程の深さだ。俺が、「Sさん、ここで目をあけて潜水してくれたら、1000円やろうか」などと、ふざけたことをいうと「んな、あほな」と言われる。それにしてもいい。そして、我々3人が入っていたが、運のいいことに、誰もこの間こなかったのだ。これも、さらに楽しかった要因だったのだろう。
カムイワッカの湯の滝の後は、知床5湖へ行く。さすがに、ここは有名な観光旅行会社名の団体さんが多い。それで、決りきったように1、2湖を見て帰って行く。駐車場に帰ってきて、売店でコケモモハマナスソフトクリームを食べる。これがなかなかおいしかった。
ウトロに戻ってきて、「ユーカラ民芸館」へ行き、そこで絵葉書を買う。以前ここで見たのもあったが、種類が増えたのであろう、見た覚えのないのもある。
斜里YHに戻ってきた。本当は、たったの5日間しかないので、いろんなしがらみのあるところには泊まりたくなかった。なぜなら、斜里YHは、ご飯を作るおばさんを知っている以上、YHで食事をせざるを得ないからだ。心がこもった食事だが、いささか量が多い。チャリダーには受けるかもしれないが、どうもね。だからといって、外で食事をするわけにはいかないし。しかし、Sさんが「帯広のポテトさんが、斜里YHに来るよ」とユースで働く人に公言してしまった以上、行かざるをえなかったからだ。この日斜里YHに泊まった人は5人。シーズンと違って、かなりこじんまりとした雰囲気だった。風呂から出て、明日どこへ行こうかという話になる。Sさんは、摩周湖を中心とした湖を見に行きたいという。Sさんは北海道にかなり来ている超マニアだが、それでも摩周湖は見たいなあと言っていた。僕は、湖もいいが、今回は花を見に来たので、原生花園巡りもいいかなと思う。でも、Sさんに言わせると、どうも今は4~5分咲きで、原生花園巡りはもう少しあとの方がいいんじゃない、と言われた。では、摩周湖、オンネトー、チミケップ湖、津別峠(屈斜路湖)を回る計画を立てた。
だが、Tさんは、初めて北海道へ来たので、僕らみたいに一点集中より、いろんなところを回りたいなあ、という。また、話を聞くと、どうも礼文に行って、それから旭川に戻り、友達に会うには、どうも湖を回れないようだった。また、斜里YHに来る前、阿寒湖、摩周湖を見てきたというのもあるようだ。なら、花もいいかな、と思った。でも、いかんせん、サッポロクラシックや日本酒を飲んだ以上、思考能力がかなり少なくなり、Tさんに「湖コース」の説明をするので精いっぱいだった。
7/2
朝起きると、やや雲っている。斜里YHのペアレントさんである吉野のおじさんに、近くに車で連れていってもらう。いたるところで、エゾスカシユリ、エゾカンゾウなどが咲いているからだ。以久科原生花園(斜里の近く)で、下ろしてもらい、少し遊歩道を歩く。早朝で、なかなかさわやかだった。
天気予報では、午後から持ち直す話のようだ。そうなら、Tさんも誘って花を見に原生花園巡りをしよう、思った。だが、Sさんがいない。一応、僕が借りたレンタカーだから、行き先を決めるのは僕の方にある(と思う)が、Sさんとも6年間のくされ縁だから、断っておく必要がある。おーい、と探していると、ようやく起きてきたSさんをつかまえ、原生花園巡りを今日しよう、と話をする。それからTさんに、原生花園巡りどうですか、と誘う。「いいけど、網走発17時19分の『オホーツク8号』に乗って、旭川で降り、それから夜行急行『利尻』をつかまえて、礼文島へ行く」とのことだった。ならば、今日原生花園巡りをして、今日の斜里YHに泊まり、明日湖にも3人で回るためには、なんとしてもTさんの礼文行きを阻止せねばならないかな、と冗談半分で思った。でも、初めて来た人に、同じところにいてもらうのは、ちょっとかわいそうな気がする。ま、適度に「どう?」といって、来ればいいかな、と思った。でも、自分の経験では、一番最初の北海道で、礼文からずっと下ってきて、網走でみんなでレンタカー借りて回ろうよと誘われたのを思い出す。その時までは、成り行きで旅をするのでなく、自分が考えた計画を遂行するのが旅だと思っていたから、何度かいいとわかってても誘いに応じなかった。また、北海道なんて、生まれて一度しかこれないものだと思っていたので、そんないいかげんなことはしたくなく、少しでも多くを回るのを目的にしていたのかもしれない。それが、後で思うと後悔してしまった。
その反省をして、初めていった年の冬、当然のように「北海道ワイド周遊券」を握りしめ、またしても北海道の旅をいかに楽しむかを工夫し、今の姿になったのは、否めない。
だから、変な悪の誘いに誘われず、普通の人なら普通の旅をしてもらうのが、いいいのかなという思いもあった。ま、いずれにせよ、旅を楽しんでもらえるならそれでいい。自分も北海道のみならず内地でも、そうされたのが一番うれしかったからだ。失敗も嫌なことも旅のよさというが、自分の正直な感情に従うと、やはり楽しんだ旅というのが思いでに残るし、自分自身が、構えずにいろんなものに素直に融け込めれる姿が、なんともいえずいい。
出発の時間になった。斜里YHの玄関で吉野のおじさん、そして食事を作ってくれるおばさん、そして昼間掃除などをするおばさんも入れて、みんなでSさんのカメラで写真をとる。そういえばSさんは、三脚立てて撮影を旅のあちこちでやっていた。
国道244線を網走方面に走る。まっすぐに延びる直線道路。その時、心いくまま走り、気分いい。そういえば、ウトロから斜里に戻る時、以久科から斜里に行く道道も、ずっと一直線だったのを思い出す。止別、浜小清水を越え、また小清水原生花園に立ちよる。海岸寄りに曲り、一方通行の駐車場へ車を止める。さすがに観光バスが多い。たいがいの北海道ツアーでは、ここに寄るからだろう。
エゾスカシユリ、エゾカンゾウ、そしてハマナスが乱舞している。
まさに、「花の北海道」だ。それでも、まだ満開ではないが、原生花園の花にあこがれを持っていた自分にとって、満足するものであった。ここで、原生花園の花を撮ったり、一緒にいる3人で写真をとりあう。そして、遊歩道を歩く。オホーツク海がまじかに見れ、そして原生花園の花の中を歩く。いま、思い出してもいいものだ。
小清水原生花園の駐車場をでて、トーフツ湖ぞいに走ると、またしても原生花園の花のポイントにぶちあたる。国道244線を「まともに」走っているドライバーには申し訳なかったが、2~3回路上に止め、花を見に行った。トーフツ湖を見ると、黄色い小さな花や、アヤメなどが咲いていた。
さて、次の原生花園に向かうため、車にみんな乗り込む。網走市街を過ぎ、網走湖が見える。もやがかかってあまりよく見えないが、それでもいい風景だ。
国道をサロマ湖めがけて走る。途中、卯原内を過ぎる。昔、湧網線があった。
学生の頃、卯原内駅で降り能取湖沿岸を歩いてサンゴ草巡りをした。確か、ずっと歩いて行って、北見平和あたりが一番良かったように記憶している。今は、その湧網線もない。寂しい限りだが、仕方がない。
常呂の町に来た。ここで昼になったので、ごはんをということで、寿司屋に入る。ここで「どうせサロマ湖に来たなら、ほたてを」というTさんの希望で、結局みんな2000円ぐらいのすしにした。さすがに、おいしい。寿司一つとっても、北海道の食べ物はおいしい。ここで、いろんな話をした。北海道が何で好きなんかということとか、将来のこととか、旅の話とかをした。結構楽しかった。
昼食を食べ終り、常呂の郵便局に行く。ここで、かもめーるを買う。そして、風景印を記念に押して貰う。常呂の町を出て、サロマ湖へ。栄浦から、ワッカ原生花園へ向かう。
そこには、どでかい、真新しい建物があった。こんなもの、去年あったかな?と思いつつ、そこの前で車を止める。それより先に車を乗り入れられないのだ。さて、どうしようかな、ということで、ぼんやりしていると、Tさんが自転車で行きたいのですが、という。Sさんは乗る気がなさそうだ。じゃあどうしようかな、と思って話を聞くと、どうも先っぽまでいくとのことだった。では、急に行きたくなり、貸し自転車代500円を払って、Tさんと自転車で行く。Sさんは、近くで写真を撮っているわ、という。最初は、あまりたいした量の花が咲いてないが、ずんずん行くと、かなり咲いている。見渡す限り、である。
写真を撮りつつ、さらに行く。そうしたら、斜里YHにいた人と会った。聞くと、今日じゅうに稚内にバイクで行くという。「え!」と驚く。なぜなら、その時間が、昼の2時頃だったのだ。しかも、コムケ、ベニヤ、エサヌカ原生花園も見たいなあ、と言っている。
おいおい。ちょっとえらいんでないの、と言ってあげた。
サロマ湖とオホーツク海とをつなぐ水路を横断する。そうすると、エゾスカシユリがよく咲いていたのと変わって、エゾカンゾウがよく咲いているようになる。
そして、自転車で行けるところまで行った。そこで、折り返し、戻った。Sさんに、Sさんも来たらよかったのに、花いっぱい咲いていたからと話す。
小清水原生花園といい、ワッカ原生花園といい、花、花、花を見て、とても気分よくなった。お花畑の北海道である。車は一路、網走へ向かう。網走に着くともう4時近くだ。天都山に登る。
山頂までは車でいけれる。車から降り、展望台のてっぺんまで登る。そうすると、網走の町やオホーツク海を見渡せる。さすがに、知床連山は見えなかった。靄がかかっているせいかもしれない。
そして、Tさんを送るため、網走の駅へ行く。何かしら寂しくなる。やはり、YHで知り合って、一緒にどこかへ行っている間はいいのだが、いざ別れるとなると寂しいものだ。駅で住所交換する。そして、Tさんが列車の中へ消える。
Sさんを乗せて、斜里に行く。Sさんは斜里YHで、僕は小清水YHだ。
斜里YHの近くでスピ-ド写真できるところがあったので、24枚どり2本、現像の依頼をする。そして、町の中へ行、寿司屋を探し、入る。立松和平さんの色紙が何枚かあり、店主と一緒に立松さんが写っている写真もあった。ここで、烏賊刺しと上寿司を頼む。おいしいものを目の前にして、ビ-ルを一杯といきたいところだが、小清水まで車で行かねばならないので、我慢、我慢。小清水YHに分かれて泊まるのは、斜里YHに泊まると、夕食をやめておいしいものを食べにいきにくいのだ。なぜなら、そこのおばさんを知っているので、おばさんにとってはせっかくYHに来たなら、食事を作らないと申し訳ないという態度だし、こちらも食事を取らないと間が悪いという感じだ。実際、一昨年の夏休み、斜里の某チェ-ン店の居酒屋で常連とともにみんなと飲んで食べて戻って来たら、そのおばさんに「食事はどうしたの?」と言われて、こっちが「外で食べて来た」というと、「そう」と言って、寂しそうな顔をしたことがあった。斜里YHの食事は、大きいコロッケがメインディッシュではっきりいってこのコロッケは絶品。他の食事も心がこもっていいのだが、どうも量が多い。そして、食事の内容もあまり若い人受けするものではない。最近の、いわゆるペンション風のYHの食事(見た目がよく、どちらかというとボリュ-ムを押さえてある、皿の数が多い)とは違うのだ。
寿司屋を出て、さっき出した写真屋へ行き、写真を取りに行く。原生花園が、写真で見てもみごとである。車を網走方面へ走らせる。小清水YHに着く。入って受付を済ませる。近くに温泉があるというので、荷物を整理してそこへ行く。そこは、小清水YHの近くに民宿「原生亭」があり、コーラと間違えるような真っ黒い温泉なのだ。
戻ると、談話室で、お茶を飲みながらのミ-ティングが始まっていた。小清水YHに泊まっている人同士で話をする。一週間の人もいれば、15日間の人もいる。何かというと、北海道にいる間だ。まあ、もっとも、15日間の人は、フリ-で写真を撮っている人らしい。その人が言うには、車を走らせてなんとなく、北海道へ来てしまったということで、正直言ってうらやましい。話を終え、眠る。
7/3
朝起きて、朝食を食べ出発する。そして、懲りずに小清水原生花園に行く。昨日とあまり変化はない。しかし、何度見ても素晴らしいものだ。これだけ、原生花園の花が咲いているのを見ると、本当に心が和む。ここで、時間をつぶす。Sさんが浜小清水駅に来ることになっている。
9時近くなったので、小清水原生花園を後にして、浜小清水駅に向かう。そして、Sさんが来る。姿は見えたが、中々来ない。どないしたんだろう、と思って見てみると、硬券か記念入場券を買っているらしい。こっちは、早いとこ摩周湖を見たいので、早く、早くと思っている。ようやく、出て来た。この駅前で写真を撮るというので一緒に撮影
。
写真を撮って、国道244を少し東に行き、国道391号へ折れる。ずっと、南へ行く。そうすると、小清水の町中に出る。小清水の市街地は、釧網本線の浜小清水駅からずいぶん離れている。そして、一路、摩周湖を目指す。野上峠を越えると屈斜路湖がちらっと見える。そして、川湯の駅前を通る。そうすると、第3展望台への分岐にあたる。そこを、左に折れる。折れたら、観光バスとご対面した。はっきりいってたまらない。Sさんが、ずっと前、川湯の駅からずっと第3展望台まで歩いたという。その時は、あんな観光バスなんて出会わなかったのになあ、とぼやいていた。途中までは、ゆるやかな道だが、摩周湖の近くになると、急にヘヤピ-ンカ-ブになる。何度もまがりにまがって、少し尾根づたいにいくと、摩周湖第3展望台に着いた。
この時も、快晴。摩周湖へ行くと、しっかり晴れていて、とても美しい。展望台にも結構人がいたが、不思議なことに、湖面を見ると、静かで、展望台の雑踏をものともせずに、「静か」にしてやあがる。何度見ても、不思議な湖だ。だから、別に人が回りにいても、どうでもいい。し-んと自分だけの世界に、静かにくつろぎたければ、じっと湖面を見ていればいい。そうすると、心が静かになれる。とにかく、摩周湖はいい。
当然、摩周湖第1展望台はパスして、今度はオンネト-へと向かう。途中のコンビニで、おにぎりなど、昼飯を買い込む。オンネト-にいったら、オンネト-見ながら食事しようと、思ったからだ。弟子屈の町を出て、一路阿寒湖方面、国道241号線をいく。別名、阿寒横断道路となっている。途中、奥摩周温泉との看板があった。こんなところに、温泉があったとはねえ、と感心する。双湖台を過ぎ(ここも通過)、阿寒湖畔温泉街に着く。そこから、さらに足寄方面へ行く。
そうすると、オンネト-との看板があった。ここから曲がって、オンネト-へ。野中温泉YHの前を通り、とうとうオンネト-に着く。
いい。「眠る、オンネト-」の世界だ。
ここで弟子屈で買ったおにぎりを食べる。おいしい。いい景色を見ながらの食事はまた格別のものがある。人は入れ代わりたちかわり来たが、そんなことはおかまいなしだった。別に観光バスが来たわけでもなかったが。食事をした後は、オンネト-湯の滝へ行く。
最寄りの駐車場から歩いて約20分である。去年来た時はリスを見かけたが、今回は見なかった。だだ広い広場に来た。そこから、階段を登る。そうすると、脱衣場があり、そこのそばに温泉が湧き出ている。入ると、ややぬるめだ。だら、結構長く入っていれる。温泉から出ると、一緒にいたSさんが「お前顔色わるいぞ」という。聞くと、カムイワッカ温泉から出た後、降りる時と同じようだという。そうすると、自分でも考えると、足の痛みは風邪から来ているのでは、とはたと気が付いた。普通温泉に入ると、体の調子が良くなるのに、今回の場合は逆である。そう思ったら、街に出たら、風邪薬、湿布、ビタミン薬を買い込もうと考えた。
車は、津別の方へ行く。途中、旧北見相生駅に立ち寄る。ここは、客車が止まっており、最寄りのXX商店へ泊まられる方どうぞ、とある。駅前で写真を撮る。駅前をぐるっと回ると、ルピナスがやけに美しく見えた。
どこにでも見られるものだが、ここでは、美しく見えた分、廃駅のもの寂しさがただよう。
津別の街へ入ると、なにやら検問をやっている。止まると、釧路の銀行で強盗があったからという。免許証を見せ、ナンバ-を控えられた。そして、「どこからこられました?」と聞くので、今まで来たル-トを言う。そうすると、「ご苦労さまです」と言って、検問から出してくれた。
チミケップ湖入口の看板が見えたので、そちらへ向かう。つくと、なにやら北欧のある湖をおもいださせるような雰囲気があった。
それだけ、神秘的な風情があった。ここの湖畔に小さなホテルがあり、ここの駐車場に車を止める。妙に眠たいので、「ちょっと俺寝るわ」と言って、ひとときの休憩に入る。温泉に入り、そして旅行3日めということで、疲れがたまっていたのであろうか。
チミケップ湖を出ると、津別の街に出た。ここで、オンネト-湯の滝で考えた通り、薬を買い込む。そして、屈斜路湖が美幌峠より真下に見える、津別峠へと向かう。途中まで(津別スキ-場まで)は、北海道の田舎道をずんずん走る感じで気分が良かったが、いきなり途中からダ-トになり、すさまじい道と変わった。AT車のセカンドでずっと行く。結構カ-ブも多く、また砂利が深い。30KMぐらいでしか、いけれなかったが、それでも直線になったらすかさず60KMぐらいで走った。そうすると、ようやく津別峠への分岐点にぶちあたる。ここからさらに道の砂利が深くなった。津別峠へ来た。
屈斜路湖は曇っているせいか、あまりよく見えなかった。それでも、いつも美幌峠からでしか見てないので、また違った趣があって良かった。結構、夕方だったので、幾分寒かった。そして、津別峠を降りる。自分の車では、来たくない道だった。摩周湖YHに到着した。
確かこれ以降の摩周湖寄りには自然保護の為、摩周湖のレストハウス以外、建物を建ててはいけない事になっていたと聞く。
なので、摩周湖YHは摩周湖に一番近いYHという事のようである。宿泊受付を済ませ、弟子屈の街へ行く。というのは、摩周湖YHで食事を考えてなくて、どうもラ-メンが食べたかったせいもあった。みそラ-メンとご飯を食べる。思えば、学生時代、北海道来た時は、夕食、朝食はYHで食事を取り、昼はみそラ-メンとご飯というパタ-ンで旅をしたものだなあと、思い出した。
7/4
摩周湖へ行きたいと、YHで泊まっていた横浜から来た3人連れが言うので、合計5人で摩周湖を見に行く。昨日とはまた違った雰囲気だった。今日は快晴で、とても青く見えた。
YHに横浜から来た3人連れを置き、一路風連湖へ向かう。今回の旅で小清水原生花園とこの風連湖へは、どうしても行きたかったからだ。国道243号線、通称パイロット国道を走る。虹別を通り過ぎて、間違って計根別へ行ってしまった。そこから南へ行き、パイロット国道に戻る。
ずっと真っ直ぐの道で、本当に走りやすい。別海に来た。ここは、久しぶりに見る街である。ショッピングストア-、パチンコ店もある。そして、すぐ走ると、もうサイロが見える風景になる。途中、別海温泉の案内板があった。くそ-、体の調子さえ良ければ、温泉に入りまくるのになあ、と思った。国道243号線が終わり、国道244号線を行く。そうして、走古丹への看板が見えた。海岸線の道を走る。野付半島の道とよく似ている。途中、原生花園がある。そして、走古丹集落に来た。行けるとこまで行き、車を降りる。
鷲も見えた。風連湖の雰囲気は、荒涼としている雰囲気で、良かった。ここは、北海道各地が観光化によって開発されても、ここは最も遅くなるだろう、とSさんと話す。それだけに、手つかずの自然が残っており、暫くこの風連湖の自然に酔いしれていた。
朝食を食べてないので、腹がへった。尾岱沼へ行く。ここで、北海しまえびを食べる。
煮えび定食を食べたが、生えびは高かった覚えがある。昼食後、外で北海しまえびを買おうとしたが、普通のは高く、2000円から2500円だった。仕方がないので、多少安い脱皮北海しまえびを買った。斜里に戻り、斜里YHに行く。そこでしばらくいて、斜里駅にSさんを送る。旭川にいる友達に会いにいくという。車だとどうなるかわからないので、列車で行くという。僕は、網走の「ほくい44度」というYH民宿へ行く。途中、撮ったばかりのフィルムを写真屋に出す。そして、お土産を買う。一応、今回は公の北海道旅行だからだ。いつも行く時は、会社の人間に言ってない。本当のことを言うと、「何で、同じところへ?」などという、中傷の的となり、馬鹿にされてしまうからだ。別に好きなのだから、別に迷惑かけてないから、人のことをちょっと間が抜けたことをしたからと言って、とやかく悪く言わなくてもいいじゃないか、という恨めしい気持ちになる。ま、そういう人種は自分の姿より、人のあげやしを取る材料が見えると、人を見下した様な言動をとるから、始末に悪い。
それで、北海道から帰る時、いいものを皆に分けてあげたいなあ、という気持ちはどこへやら、いかに今後どうしたら自分の好きなことができるのか、という妙な保守的な気持ちになる。ま、一応適当に義理だてだけはしておくか、という気持ちでお土産を選ぶ。民宿「ほくい44度」へ戻る。出来上がった写真を見て、「いい旅だったなあ」という感慨にふける。夕食は、ほたての刺し身、いくら丼といったように、中々おいしいものだった。
7/5
とうとう、最後の日となった。思えば、日数の割りに長く感じられた。楽しかった旅だったと思う。花は見れたし、風連湖へ行けれたし---。民宿を出て、小清水原生花園へ再度行く。もう、最後なのだ。花は綺麗だなと、見とれていたが、もう今日限りか北海道は、と思うと悲しくなる。涙が出そうになる。そう思ったら、じゃあ、また来たらいい、と自分に言い聞かせる。こうして、北海道から足を洗おうと思っても、また北海道病にかかってしまう。
そして、こうなったら、もう北海道へ行くのを考えるのを毎日の糧としようかな、と思うようになる。さらに、人が北海道へ行くのを見て、自分も行ったような気分に浸れるとなお良いが。そして、北海道で知り合った人とさらに今後、連絡を取り合い、いろんな話をしたいなあ、と思う。
止別から南へ行き、道道を走る。ここで、斜里岳を間近に見る。これを見ると、いろんな思い出が脳裏をかすめる。いろんな出会いがあったし、いろんな別れがあった。その時も、いつもいつもこの斜里岳が笑って見つめていたと思う。人は、自然に対して何とちっぽけなものだと、この山が教えてくれたようなものだ。
緑という小さな街を通りすぎ、裏摩周湖展望台へ行く。
この時も天気が良く、くっきりと見えた。そして、レンタカ-を返却する、中標津へ到着する。車から降りた時、「ああ、これで終わったなあ」という気持ちで一杯だった。十分満足した日々を、この借りた車とともに一緒にし、そして気の向くまま走り抜いたという、何かほっとした気持ちだった。中標津空港へ行き、羽田行きの飛行機に乗る。
そして、東京駅に行き新幹線に乗り家に戻った。これで、初夏の北海道の旅が、終わった。
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