見出し画像

利尻礼文の旅(91年)

パソコン通信をやっていたデータの整理していて、夜行列車とユースホステルを宿とした利尻礼文の旅日記が発掘されました。必要なところを抜き出し、一部手直しの上、掲載させて頂きます。なお、リンク先は最近の内容なので、本文の当時のイメージとはさすがに変わっております。では。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
91/8/9
とうとう、北海道へ行く日が来た。23時30分に、東海道線の最寄り駅まで来た。すぐに、駅の中に入り、じっと列車を待つ。いつも、会社へは、車なので、久しぶりに「列車」というのを待つ。もうすぐ12時で、気が抜けたのか、いくぶんか眠たいので、5分10分がやたら長く感じられる。こんど、x回目の北海道。まずは、利尻を目指す以外は、何も考えていない。礼文へ行こうか、それとも浜頓別あたりへ行こうか、はたまた稚内で車を借りてサロベツ原野を走ろうか、いろんな案が頭の中を巡る。去年は、たった、1日しか天気のよい日がなかったので、今年はどうなるだろう。一応、会社の休みは8/18までだが、8/18にはコンピュータの立ち上げに来ないといけないので、8/18の朝までには、遅くとも帰りたい。しかし、そんなに長いこと、会社から離れると、もう行きたくなくなるだろうな、と思った。
今回は小型カセットレコーダを持って行く。これは、列車の中の放送を録音するためだ。どれだけうまくいくか、楽しみだ。なぜ、やろうと思ったのは、友達から北斗星が札幌につくアナウンスの録音を聞いたことによる。これを、後で聞くとその場のことが思い出され、なんか鳥はだがたつような興奮を感じるからだ。

大垣発の夜行普通列車が来る。

座っていきたいので、グリーン車へ向かう。車掌からグリーン券を買い、席に座る。グリーンに座るのは初めてだが、よく眠るためには、やはり完璧に横にならないとだめだ。

8/10
静岡駅に着くと、弁当売りの声がする。夜中の2時なのに、よくやるなあと思う。弁当の包を見ると、8/10、1時調整とある。よく、こんな夜中の列車の為に弁当をつくるなあと感心する。
東京に着く。それから、上野へ行き、新幹線改札口へ。5時半頃だけど、えらく人が並んでいる。しかし、僕は運よく、4日前にとれたので、列には並ばず新幹線改札口の近くの座れるところへ行く。改札が始まり、どっと人が繰り出す。
ちょうど、上野6時に発車する。盛岡に着いたら当時在来線のはつかりに乗り換え、青森へ。

青森で、昼食の時間となる。津軽海峡が見れる青森までくると、夜漁火でとるいかを思い出し、新鮮ないかが食べたくなった。11時すぎなので、少し駅前を歩き回り、なんとか食堂を見つけ、いか刺し定食を頼む。これが、うまい!いかさしと、みそしると、ごはんと、漬物だけだが、いかの量が多く、とてもよかった。

12時、快速「海峡」に乗り込む。

人が多い。なんとか、座ることのできる席を探すが、とてもダメだ。しかたがない。3時間近く、立っていくしかない。青函トンネルの近く、および入る時出る時にトンネルの説明があった。また列車内に電光掲示板があり、列車がトンネルのどこの位置にいるかがわかる。
函館に着いた。さて、列車が、2台あるが、どちらにしようか?特急「北斗」だと、札幌に18:30少し前に着くが、急行「ニセコ」だと20:30になる。2時間差がある。しかし、特急「北斗」は、座れそうもない。(グリーン車にも、立っていた人がいた)。急行「ニセコ」に乗る。冷房車でないので、窓をあけていく。長万部に着いた。ここで、駅弁売りの人が来る。かにめしと、もりそばを売っていた。

もりそばの駅弁は、珍しいので、買ってみた。550円であった。中に、うずらのたまご、のり、ごま、わさび、ねぎ、つゆ、そしてもりそばがあった。そばとつゆは、冷えていて、とてもうまかった。これは、とてもお勧めだ。ここまで、だれとも喋ってない。強いて言えば、売店の人か駅員さんぐらいか。
ようやく隣の人に声を掛ける。「山登るのですか?」山のガイドブックを見ていたからである。今日、この人は、ニセコに泊まるようだ。20:30に、札幌に着く。車内でおかしを食べたが、さすがに腹が減った。すかさず駅の地下街へ行く。

うまいものが食べたかったので、うに丼、いかさし、えびのさしみを食べた。ホームへ行くと、急行「利尻」40分前だが、もうすでにかなり行列であった。ほんとに、この夏のハイシーズン時期はよく混む。利尻が入線して扉が開く。どーと、人が入って行く。途中、岩見沢あたりから、運良くなんとか座れた。

8/11
旭川で、停車30分。改札の外へ行き、ウーロン茶を買いに行く。
再び、列車は走り出した。うとうとしつつ、北へ北へと向かう。稚内へは、何度もいったが、この道中で、今俺は北に向かっているんだ、と思うだけでなんだか気分がそわそわしてくる。寝ていたつもりだったが、なんか駅ごとで目を覚ましていた気がする。が、よく覚えていない。豊富を過ぎて、利尻冨士が見える海岸付近を通ったが、山は見えない。
定刻6:00ちょうどに列車は稚内に着いた。駅前に、フェリーターミナル行きのバスが泊まっていたが、歩いてもしれているので、フェリーターミナルまで歩いて行く。切符を買い、フェリー乗り場へ行くが、ここもまたしても、行列だ。北海道も、この時期かなりの人気だ。しかし、島に渡ってYHに泊ったが利用者は、去年より少なかっようだ。船に乗る。とにかく、横になりたい。2夜続けての夜行は、さすがにきつい。強引に荷物を置き、なんとなく横になり、ねてしまう。気が付いたら、鴛泊港に着いた。

利尻グリーンヒルYHの迎えが来ている。送迎車に荷物を入れ、これから利尻島を出る人の見送りをする。「岬めぐり」「利尻島」「落陽」「心の旅」を歌う。YHに着き、宿泊手続きをする。しばらく、YHにいてぶらぶらしていると、自転車で利尻島を回ろうという誘いがあり、自転車を借りて出発した。合計で7~8名だった(途中、一人どっかに行ってしまった)。ユースから鴛泊港の方へいき、姫沼を回って、途中の鬼脇で、昼食をとった。

その後、オタドマリ沼を回って、YHに帰ってきた。1周53KM。自転車でも結構きついものがあった。夕食は、よく覚えてないけど、いかさしとシャケ(かホッケ)の焼いたものとかで、結構いいものがでた。ミーティーングが始まり、集会室で、みんなで、歌を歌う。しかし、ヘルパーさんも、ホステラーをのせるのにかなり苦労しているようだ。少し前なら、せっかく旅に出たから、ミーティーングで歌でも歌って、みんなで、楽しんでいたものだが、今は泊まる人が変わった。そして、翌日利尻冨士に登るための説明を受ける。

この山は、かなりきびしいと、ヘルパーにおどされる。海外青年協力隊が、訓練として、使うぐらいだから、ナップサックなど、ちゃんとした準備をして、いかないといけませんと言われた。しかし、僕はナップサックを持っていなかったので、学生が学校に行く時よく使う、かたかける袋で登ることになった。翌日早いので、とっとと寝る。

8/12
朝、3時半に起きる。とても、眠たい。しかし、せっかく最果てまで来て、目の前にある利尻冨士だ、登らぬわけにはいかぬ。4時に出発。海抜0Mから、1719Mまで、登ろうということで、みんなで記念撮影をする。さて、出発だ。まだ、眠いので半分眠りながら、歩いていく。甘露泉に着く。

どれだけ登ったかはわからないが、もうはっきりいって疲れた。しかし、まだまだ先だ。ここで、YHで作ってもらった朝食のおにぎりを食べる。食べ終って、また登っていく。途中、ちょっとした広場で、休んではまた登るということをしていった。7合目に着くと、山小屋(無人)があり、ここで休憩。ここらへんから、雨が降ってきた。さらに、登っていく。一応、薄めのジャンバーを着ているが、雨が体ににじむ。1時間ぐらいは、雨の中を歩いただろう。11時少しすぎに、頂上に着いた。しかし、雨が降っているので、わずか15分後に下ることになった。7合目の山小屋に着くと、山頂が見えた。そして、YHに帰って着たのが、6時半であった。2ヵ月前に買った靴は、ボロボロになり、とにかくくたくたになった。夕食を食べ、ミーティングの後、今日登った人と話をして、とにかくしんどかったけど、よかった、と語り合う。そうこうしてるうち、よく考えてみたら、明日の予定が決ってない。もう、2X歳だし、ちょっとゆっくりしたかったので礼文島船泊YHへ行こうと考えていたが、千葉のHさんが「桃岩いきましょう」と皆に話しをしていて、その魔の誘いに誘われてなんとなく、行き先が桃岩荘YHに流れていった。

8/13
この日は、7時に起きる。久しぶりに、よく寝た気がする。朝食を食べ、何もする気がない。外へ出ると、あのにっくき利尻冨士が、ちゃんとした姿で、見えるのでは、ないか!きのうは、雨が降ったり、霧の中を歩いたというにーー。今日登る方がいるようだ。全然、昨日と状況が違う!そんなんで、YHの中で、午後の礼文島行きの船を待っていると、関西から来た人に誘われて、鴛泊港の近くの丘へ行く。ここは、本当に眺めがいいところだ。丘から降りて、千両亭という食堂へ行く。ラーメンを食べたくなったので、ここで利尻ラーメンとライスを注文する。出てきたのが、凄かった。タラバ蟹の1足、北海シマエビ、ホタテ、イカ、ワカメと、海の幸がふんだんに入っていて、そしてそのスープがおいしかったこと!利尻ラーメンでも、かなりの量の上、ライスを食べたので、かなり腹にこたえた。それでも、よかった。しかも、翌々日に、さらにおいしいものが待っているとは、思いもしなかった。船の時間になり、鴛泊港へ行く。利尻リーンヒルYHのヘルパーが、見送りをしてくれ、利尻島を後にする。
疲れていたので、すぐに船の中で横になり、気がついたら、礼文島だった。桃岩荘YHの送迎車「ブルーサンダー号」が迎えにきている。この車の荷台に無理やり人をおしこめ、YHに向かう。桃岩荘YHのヘルパーが、最近できたディスコの話とか、桃岩トンネルでは「このトンネルで、あなた方の知性と教養を置いていって下さい。」という話をしてくれた。そして、このトンネルを抜けると、桃岩時間になる。(明石標準時の1時間前)。YHに着き、玄関に縦づけしてくれたので、荷台から直接YHの中に入る。そして、宿泊手続きをする。そういて、いろりの間に集まると、ヘルパーさんによる、YHの説明、注意を受ける。このとき、「番頭」さんが、言うのに合わせて、(例えば食堂などを)「でっち」さんが、こっちと手を差し述べて案内するのがおもしろかった。
利尻冨士を、雨が降ったりやんだりの中を歩いたので、ズボンを洗わないといけない。洗剤を買って、洗濯をする。洗濯する間、YHの前の海をぼさーと眺める。ふろと、食事の放送があった。8時間コースの連中が帰ってくる前に、さっさと済ませておいた方がいいということで、ふろにいく。しかし、既に順番を待っている連中がいた。ふろの後、夕食を食べる。6年前に来た頃と比べると、食事はまあまあよくなっている。そうこうしているうち、8時間コースの連中が帰って来た。ちょうど、夕日が沈みかかっている。YHの屋根にいる、ヘルパーさんが音頭をとり、「構えて!」と、ギンギラギンの踊りをする態勢を作る。そして、「チャラチャンチャンチャン」で踊りが始まった。ここで歌詞を記しておく。

(前奏)(チャラチャンチャンチャン それ!)
ギンギンギラギラ 夕日が沈む
ギンギンギラギラ 日が沈む
真っ赤っか 空の雲
みんなのお顔も 真っ赤っか
ギンギンギラギラ 日が沈む

そして、待望のミーティーングが始まる。今日は、ミニミニコンサートといって、今日だけは、ホステラーがみんなの前で、歌とか踊りを行うというものだ。確か20数組いた、出るひとが。異常連泊者とか8時間コースの連中とかが、歌とか踊りを披露した。そして、ヘルパーさんが音頭をとり、「遠い世界で」終った。食堂へ行って、明日の8時間コースの説明を受け、寝る。

8/14
桃岩時間5時半に(明石標準時の30分前でした)に起き、6時半に近くのバスが来る集合場所へ行く。ここで、もも、いわ、じぞう、あほ組の4組に分けられる。そして、バスに乗る。スコトン岬までだ。乗り合わせている人に、話かけられるが、揺れが激しいせいか、気分が悪くなり、ずっと眠ることとなった。スコトン岬に着いた。6年前とは、かなり変わっていた。最北限のトイレがある。きれいな、水洗である。腹の具合が悪かったので、トイレに駆け込む。6年前、スコトン岬の碑があったところより、海岸よりに降りていけるところが、50Mぐらい続いている。トド島が見える。自動販売機で、ウーロン茶を買いこみ、8時間コースへ。歩きながら、自己紹介が始まる。ここへきて、黄色い小さな花(名前はわからない)が咲いている風景には、感動した。そして、天気もいい。今の時期で、これだけ天候に恵まれているのには、(普通、お盆の時は雲っているのが多い)、運がいい。そして、歩きに歩き地蔵岩へ。ここで、「おつかれさまでした、8時間コース」という、けったいな看板にぶつかる。ここの近くで、ビールを買って、みんなと乾杯する。そして、元地のバス停留場で、「ギンギラギン」の実地教育を常連さんから受ける。そして、YHに帰る。そして、坂を登っている途中で、夕日がきれいに見えた。美しい。ところで、今年、桃荘YHで、「美しい」という言葉がはやりになっているみたいで、よくこの言葉を聞いた。YHに帰り、「ギンギラギン」を踊り、YHの中に入る。今日の宿泊手続きをして、食堂へ行く。食事が済むと、ミーティーングの時間であった。途中まで、参加していたが、ふろに入りたかったので、ちょっと抜け、ふろへ行く。そして、寝る。いい1日だった。

8/15
今日は、とど島ツアーに行く予定だったが、結局行かないことになった。いろりの部屋で、ボサーとしていると、千葉から来たHさん(彼とはまさか3x年の付き合いになるとは・・・)に、「香深の街に行って、ビール買って、見晴らしのいいところで、飲もう」と言われて、「じゃあ、香深港で、つれに送る官製ハガキの裏にスタンプ押したいので」ということになり、一緒に香深の街に行く。途中で、なにかしら「昼、ウニ買って、ごはんにかけて飯にしよう」ということになった。これが、天に登るような出来事になるとは、思いもよらなかった。

一応、札幌でウニ丼を食べたし、こんなものか、と思っていたからだ。香深港に着き、ここでHさんが「ちょっと、うにを見てくるわ」といわれ、僕はスタンプ押しにと、別れた。スタンプを押し終えた後、「だいたいの相場を見たからちょっと街あるいて、安いところがあるか、様子をみにいこ」という。少し、歩いて、まず、食堂「酒壷」でごはんを買う。そして、魚屋へ行き、「うにありませんか」と聞く。50gで、1350円である。しかし、香深港でHさんが見たびんづめのより安いそうだ。(確か、80gで、3000円だったようだったとおもう)。そして、ここで、しょうゆと、酒のあてもんとして、おしゃぶりこんぶと、たらのひものを買い、魚屋を出る。酒屋へ行き、ビニールコップとリットルのビール樽を買う。そして、桃岩へレッツゴー!15分近くで、登っていったので、とてもしんどくなり、汗だくになった。

桃岩展望台へ行き、ビールをあけ、うにをあけ、ごはんをあけ、しょうゆをあけた。まずは、ビールをコップにつぎ、乾杯した。
うにをごはんにかけ、一口食べる。これが、うまいのなんの、最高である。今まで、いろんなところで、うにを食べが、こんなうまいのは初めてである。しかも、天気がよく、見晴らしのいいところで、こんなうまいものを食べるのは、本当に涙ものである。これは、写真に残すべきだと思い、桃岩展望台にきた人に頼んで、写真のシャッターをきってもらう。そして、さらに、うにをごはんにかけ、さらにむしゃぶりつく(というのが、正確であろうか)。うまい。「やはり生うにだから、うまいんだ」とか「ほんと、涙が出る」と語り合いながら大感激しながら、食べ終る。しかし、冷静に考えてみると、もう少しで、30に届こうとしている男2人で,うにめしを食べている姿は、ほっきりいって、不気味である。魚屋で、つぶ貝を買ったが、まだ生きているので、食べずに「YHでなべ借りて、浜辺で煮て食べよう」ということになり、ゴミとしょうゆとつぶ貝を、桃岩展望台のいすの下に隠しておく。そして、ビール持って、灯台の方へ歩く。そうすると、利尻冨士が、雲のあいまから、みえるのでは、ないか!灯台の方へ歩けば、歩く程、だんだん見えてくる。そして、高台に着いた。ここで、歩いた労をねぎらう意味で、ビールをコップにつぎ、乾杯した。そして、ますます、雲があけてきて、利尻冨士が、完全な姿で、みえてきた。これを、見て、すげー、すげーの連発であった。ここで、写真をとっている人がて、この人も、桃岩荘YHに泊まっているようである。ビールをよくのんだので、眠たくなる。そして、また起きて、ビールをのむ。これを、くりかえしていた。4時頃になり、YHに戻った。そして、今日のミーティーングは、やぐら祭で、「BEN & JOHN HOUSE(通称べんじょはうす)の、前で、やぐらを囲って、みんなおどり狂った。

8/16
今日は、礼文を出る日だ。船の上から見ると、桃岩荘のヘルパーや連泊者が、歌ったり、踊って、見送ってくれる。そして、礼文を出るんだな、と思ったら、なぜか涙が出た。そして、船は出る。またくるぞ、と思った。しかし、いつまたいけるかわからないが、そう思わないとやってられない。
稚内について、レンタカーを借りた。そして、桃岩荘で一緒になった人と一緒に、宗谷岬、モケウニ沼、浜頓別、そして日本海沿いへ出た。そこで、ちょうど、夕日を見れて、最高だった。
桃岩荘で一緒になった人と別れ、急行「利尻」に乗る。

8/17
札幌に着いた。すぐに、特急に乗り換え、千歳空港へ。そこで、キャンセル待ちの整理券をもらう。8番であった。結局、朝2便の飛行機のキャンセル待ちが取れ、それで名古屋に帰る。札幌出る飛行機の中でも、北海道を出るんだな、と思ったら、なぜか涙が出た。隣の人に見られぬ様、横を向いた。それだけ今年の旅は楽しかったのだなと、思った。また、北海道に来ようという思わないとやっていられなかった。まあ、北海道病は治らないから、こりゃ、死ぬまでくるしかないいんじゃあないかと思った。ただ、祈りたいのは、これ以上、北海道が沈むのは、見たくない。炭鉱、北海漁業もだめになった。そして、あんなにあった、JRの線路もなくなった。開発されるのは、悲しいが、これから北海道が生きていくには、観光化ぐらいが、てっとり早いだろう。観光化は、残念だが、北海道の人が、あの厳しい気候の中で生活するため、一番いい方法を考え、やっていって欲しい。

以上が91年の夏の北海道でした。行き先は利尻・礼文。泊まったところは
8/9  東京行き普通列車の夜行
8/10 急行「利尻」
8/11 利尻グリーンヒルYH
8/12 利尻グリーンヒルYH
8/13 桃岩荘YH
8/14 桃岩荘YH
8/15 桃岩荘YH
8/16 急行「利尻」        です。

最後に桃岩荘YHで、歌われる歌で「島を愛す」を載せて終わります。ここまで読んで頂きありがとうございました。


山高くして 夢があり      
山高くして 歌がある
ここ最果ての 利尻よ礼文    
君を訪ねて 姫沼悲し
我ら島を愛して 旅を行く


桃岩たどる 君の手に      
エーデルワイス 花開く
ここ最果ての 利尻よ礼文    
花に口づけ 峰ふり仰ぎ
我ら島を愛して 唄う歌


岬に今日も 鳥が鳴き      
しぶきに咲く 海馬(とど)の島
ここ最果ての 利尻よ礼文    
何を語るか あの落葉(から)松よ  
我ら島を愛して 北を行く

#北海道旅 #利尻島 #礼文島 #利尻礼文 #ユースホステル #桃岩荘YH #利尻グリーンヒルYH #夜行列車 #急行利尻 #青春18きっぷの旅気分 #青函トンネル #稚内 #鴛泊港 #香深港 #桃岩展望台 #スコトン岬 #宗谷岬 #サロベツ原野 #利尻富士 #最北の旅 #自転車一周53km #8時間コース #ギンギラギン #ミーティング文化 #旅先の出会い #生うに丼 #北海道グルメ #駅弁の思い出 #かにめし #もりそば駅弁 #いか刺し定食 #青春の記録 #1991年の夏 #パソコン通信時代 #北海道病 #また行きたい場所 #島を愛す #最果ての景色 #旅日記 #鉄道と旅

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集