AからAへ
地球に生命が誕生することがいかに奇跡的であったか、ということを表現する例え話として、「25メートルのプールに時計の部品を投げ入れ、それを撹拌していたら偶然に時計が組み上がったレベル」という表現がある。実際の確率云々ではなく、それほどまでに奇跡的であったという感覚の話だ。さて、ではこの時計を原子爆弾に置き換えてみよう。私は専門家ではないので、果たして水中で原爆が組み上がるのかは知らないが、まぁ単純にそういう仮定だ。ある男がプールに棒を突っ込み撹拌していると、偶然に原爆が完成してしまい、偶然起爆してしまい、辺り一面が地獄と化した。ではこの撹拌男には果たして責任があるのか?
このテキストは神戸連続児童殺傷事件の犯人である元少年Aの手記『絶歌』の感想だ。『絶歌』は、2015年6月28日に何の予告も無く太田出版から刊行され、大きな話題となった。刊行当日のことは私もよく憶えている。FacebookやTwitterで「出版すべきだったか否か」「読むべきか否か」という意見が唸りを上げて一日中渦巻いていた。その理由の一つは、この手記を出版するにあたり神戸連続児童殺傷事件の遺族に何らの断りも入れていなかったことにある。もちろん既に法的な制限を外れて暮らしている元少年Aには表現の自由があり、営利企業である太田出版には出版の権利がある。なので、その日の議論は概ね感情的な面での是非を問われていた。元少年Aに印税が入ることを批判する意見もかなり多かったと記憶している。
私は当時、刊行当時の『絶歌』を読まなかった。何故か、と問われれば単純に忙しかったからだが、それ以上に私が彼に対して抱えている恐怖が凄まじかったからだ。
私は1983年生まれで、世代論的には「キレる17歳世代」という悪名高いジェネレーションに属する。そして元少年Aは1981年生まれで、「キレる17歳世代」の先頭に位置している。
2000年(平成12年)に相次いで発生した世間で注目された凶行の犯人が17歳前後で、1998年(平成10年)の栃木女性教師刺殺事件以後に青少年に浸透していた「キレる」という語が流行した。1982年(昭和57年)生まれのある女性は、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)が起きた際、学校で「同級生の犯罪」について作文を書かされたという。また、1982年(昭和57年)生まれが中学生の時は、いじめが社会問題となっていた。
Wikipediaを引用するとこうなっており、つまり「キレる17歳世代」のアイコンの一人が彼なのだ。神戸連続児童殺傷事件が起き、犯人像を探ろうとする報道が連日連夜流されていた1997年、私は14歳だった。今でもよく憶えている。ニュース番組に出演した大人達は様々な犯人像を並べ立て、「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る人物の掌の上で踊っていた。そして、中学校の校門前に切り取った被害者の頭部を置いていくという前代未聞な行動は、同じくその時中学生だった私にとって非常に「近い」ところで行われた犯罪であり、私もまた酒鬼薔薇聖斗の掌の上で踊らされていた。私はクラスの友人達とプロファイリングの真似事で盛り上がった(その頃『サイコメトラーEIJI』というマンガが連載されており、プロファイリングという捜査方法を知ったばかりだったからだ)。さらには世紀末の異様な空気に毒されていた私達は、このサイコな殺人犯を陰謀論やオカルトにまで結びつけ、酒鬼薔薇聖斗の存在に、ある意味では熱狂していた。
しかし、日本中を揺るがした異常犯罪はあっけなく終幕した。犯人が逮捕されたのだ。私が酒鬼薔薇聖斗こと少年Aに対して強い恐怖を感じたのは、その時である。当時の彼が自分と同じ中学生だったからではない。大人たちが真犯人の実像に呆然とするのを尻目に、私が「なんだ中学生か、なるほどな」と思ってしまったからだった。そう、私は犯人が中学生だと判った瞬間に、頭の中で「理解」を示してしまった。その「理解」を自覚したことが私の恐怖となった。少年A本人ではなく、「私の中の少年A」に対する恐怖だ。私の中に「何故自分は少年Aではなかったのか」という問いが生まれた。私は「プールを撹拌しても原爆が組み上がらなかった大多数の中の一人」であり、彼は「プールを撹拌したら原爆が出来上がってしまった一人」、ただそれだけの違いなのではないか? というような問いだ。私が彼であった可能性は決してゼロではないという恐怖だ。
少年Aが何処かで歳を重ねていったのと同じように、私も歳を重ねた。そして私が31歳の時に『絶歌』は前触れもなく突如世に放たれた。私はSNS上の議論に目を走らせながら激しく恐怖していた。しばらく忘れかけていた「あの問い」が蘇ってきたのだ。「私の中の少年A」が、「例の問い、まだ答え出てないよね?」と話しかけてくるような嫌悪感に襲われた。余計なことするんじゃない、と私は彼に怒鳴りたかった。「寝た子を起こすな」とはまさにこのことだ。彼に傷を負わされたのは被害者や被害者遺族、彼の家族だけではない。彼と同じ世代に属する少年少女が何らかの傷を受けた。何故それがわからないんだ、と。私が刊行当時に『絶歌』を読まなかったのは本当はそういう理由だ。決して忙しかったからではない。
ようやく、本の感想に入る。
私は今年、「読んでなかったがいつか読まなければならないだろう」と思っていた本を積極的に読むことにしている。それは基本的には「名著」と呼ばれるものに教養として触れておこうというような考えだったが、ふと『絶歌』を思い出してしまった。そして、何故か「読むなら今か」という不思議な感覚に襲われ、購入してしまった。
あっという間に読み終わった。そして私はやはり、再び激しい嫌悪感に襲われた。何故ならば「彼によってもたらされた問い」に対して、彼自身はまったく向き合っていないことが判明したからである。私が冒頭に書いた
「ある男がプールに棒を突っ込み撹拌していると、偶然に原爆が完成してしまい、偶然起爆してしまい、辺り一面が地獄と化した。ではこの撹拌男には果たして責任があるのか?」
という問いに対して、最初から「責任なんてないに決まってるじゃないか」というスタンスであることがはっきりとわかった。問いと向き合うことすらしていない。彼は、彼が同世代に押し付けた「その問いへの対峙」を、自分では早々に放棄しながら、最悪なことにもう一度『絶歌』で呼び起こした。
それは本書の第一部に当たる、幼少期から罪を犯すまでの回想に如実に表れている。彼は「モンスターと化していく自分」をまるで他人事のように、華美な修飾と詩的な比喩表現に彩られた文章で形作っている。彼の文章は読みやすいし、一見して上手い。だが、彼と同じ時代の文化を摂取して成長した私は断言できる。あれは90年代カルチャーを継ぎ接ぎしたグロテスクな合成物であり、彼の「生」の文章ではない。私は知っているし、私達「キレる17歳世代」は知っている。何故ならば「そういう文章」を何度も書いてきたし、読んできたからだ。彼は自分の中に蓄積されているあらゆる素材を継ぎ接ぎして、自分がモンスター化したことをノベライズしている。それはまるで、自分の人生には「原作者」がおり、その原作者こそが自分の人生を操ったのだ、とでも言わんばかりだ。一つ興味深いのは、その原作者が両親だとは思っていないことである。親が悪いから人生がおかしくなった、という人はたくさんいる。両親は「原因」として実に便利な存在であるのは私も理解できる。しかし彼は、両親に対しての呪詛は一切書いていない。彼の「原作者思想」はもっと巨大な感覚であり、それは言ってみれば「世界の意思」のようなものを指しているように思える。そこに邪悪なヒロイズムを感じる。「逆選民思想」とでも言おうか。彼はきっと心のどこかで思っているだろう。「自分は世界が定期的に生み出さなければならない精神的奇形児に"抽選"されたのだ」と。
そして彼は、このようなノベライズされた幼少期を、極めて客観的に見ている。これが第二部で解ってくる。第二部は、彼が少年院を仮退院してから様々な苦境を経て現在に至るまでの過程が、少々雑だが語られている。第一部とは打って変わって華美な修飾は抑えられており、私はここに彼の「生」の文章を感じることができた。しかし、だからこそ浮き彫りにされてしまうのだ。彼が激しく「後悔」していながら一切「反省」していないことを。いや、少し彼を擁護しておくならば、彼は悪意をもって無反省なのではない。反省という行為がそもそも理解できていない。反省する対象を持っていないのだ。反省とはつまり、人生における因果関係を分析し、次の因果関係を改善していくというプロセスであると私は考える。しかし彼の場合は前述の通り「罪を犯す瞬間までの自分」と「逮捕されてからの自分」の因果関係を、ノベライズという手法によって自ら断ち切ってしまっている。そのためそこに反省が成立する余地がない。対して後悔とは、因果関係自体を呪い、因果関係自体の被害者となることだろう。彼は「世界の意思」という原因が「モンスター化した自分」という結果を生み出した因果関係自体を激しく呪っているだけだった。私はそれがただただ、悲しかったよ。
『絶歌』が刊行されて7年が経とうとしている。私は彼に生きていてほしいと思う。勝手を言わせてもらえば、私から遠く離れた場所で生きていてほしいと思う。
少年A、私はあなたが起こした事件で自分の中の少年Aと対峙せざるを得なくなった一人です。私は、あなたがいつか「人生の原作者」という妄想から解き放たれることを祈ります。残念ながら原作者はいません。私はあなたと同じ様に大人になり、いつしかそれを理解しました。「プールを撹拌しない」という選択肢を私たちは持っていたはずなのです。反省は理知的でポジティヴな作業です。そして後悔は感情的でネガティヴな衝動です。私達はまだ40年か50年、生きなければなりません。死ぬまでネガティヴな発露だけで苦しみ続けるのは不毛です。せめて理知的に苦しんでください。私はあなたから押し付けられた問いを折に触れて思い出し、その度に苦悩するでしょう。あなたは、自分の人生を「物語」から解放するために、苦悩してください。巻末の「被害者のご家族の皆様へ」という文章中、あなたは「本当に申し訳ありません」と何度も書いています。しかし『絶歌』という本は、あなたが「ありません」と何度も書いた「申し訳」の塊でした。今後もし、あなたの「生」の文章を読む機会がまたあるのならば、その時は「申し訳」ではないものが読みたいと切に願います。お互い身体にガタがくる年頃です。健康には気をつけて。
