【エッセイ】シュレッダーの音が響く午後に
今週末で、仕事が大きな区切りを迎える。
今日はとても静かな日であった。
『嵐の前の静けさ』というフレーズを創った人は、間違いなく、私にとっての今日のようなものを過ごした人であろうなぁと、仕事中なのに人間っぽい言葉が思い浮かぶくらいに。
折角なので、“重要だけど緊急ではない”アレコレを、引っ張り出してみた。
・社用携帯のパスワードをまとめておく とか
・ナンバリング用のテプラを作る とか
・部屋の隅まで掃除する とか
・古いマニュアルをシュレッダーする とか
従業員一人一人に渡されるマニュアル──ほんの僅かな改定でも差し替えられる。その辺にポイッと捨てられたら困るので、改定の瞬間に古くなるそれを、いちいち回収せねばならない。
毎度、「いつかシュレッダーしないとねー」という会話とともに、とりあえず鍵付きのキャビネットに格納される──。
事務所にある、あの小さな小さなシュレッダーは、おそらく秒で悲鳴をあげるだろうから、いちいちホッチキスの芯を、いちいち手で取っていく。
そう。これが面倒臭過ぎて、もれなく【重要だけど緊急ではない】にカテゴライズされたのだ。
私の個体の特性として、“爪が薄く柔い”がある。親指の爪を引っ掛けて、力任せに取っていたら、案の定、爪が負けた。秒で。
腹が立ったので、次は、留まっている紙の方を引っ張る作戦に出る。これがなかなか効いた。作業効率が3倍に上がった。楽しくなってきて、次から次に手が進む。
誰の手にも渡らず、キレイなままのマニュアル。
持ち主の氏名が、手書きされたマニュアル。
入社時の意気込みが、書かれたマニュアル。
細かな文字が、ビッシリと埋まるマニュアル。
持ち主を鼓舞する言葉が、書かれたマニュアル。
紙が弱くなって、
ホッチキスが取れかけているマニュアル。
雨に濡れて、乾かして、を繰り返し
端がボロボロになったマニュアル。
雨が降ろうとも、
いつでも傍らに持ったマニュアル。
1日でも1時間でも早く、1人前になるために、
穴が空くほど読み込んだマニュアル。
人から言われた言葉を、
時に自分のものにしたくて、
時に忘れたくなくて、
時に悔しくなって、
必死に書き留めたマニュアル。
今日の自分を、支えたマニュアル。
明日の自分も支えてくれるようにと、
願い頼り、信じたマニュアル──。
私は、作業スピードをさらに上げた。手が止まると、とんでもなく温かい何かが込み上げてくるのを確信したから。
それでも、やっぱり古いは古いのだ。
それらを手放した彼らは、何者でもなかった当時と、まったく違う。オーディションのドキュメンタリー番組並みに、輝かしい変貌を遂げている。
だから私は責任を持ってシュレッダーをかける。
これらは既に、彼らの抜け殻なのだから。
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言葉を残すことは、私にとって生きることの一部です。チップは創作の時間を守る力になります。ありがとうございます。