雷雨
本当は、誰かに会うのが嫌いなわけではないのです。 むしろ、好きなほうだと思っています。 気の置けない友人の顔を見れば心底嬉しいですし、昔話に花を咲かせる時間は、何ものにも代えがたい宝物です。
ただ、私はどうしようもなく「出かけるまで」が面倒くさい性格でして。
八月中旬の、東北の地方都市。 東京の、あの呼吸をするのも億劫になるようなまとわりつく熱帯夜に比べれば、いくぶんか過ごしやすいのは確かです。 それでも、夏は夏。 じりじりとした太陽の光は、容赦なく実家の庭の雑草たちを照らし出し、彼らはこれみよがしに青々と生命力を主張しています。
私は今、遅めの夏休みをいただいています。 九日間という、大人にとっては奇跡のような、あるいは時間の使い方を試されるちょっとした試練のような、まとまったお休みです。
今日で、その六日目。 九日間のうちの六日目というのは、なんとも言えない絶妙な立ち位置です。 「まだまだ休みは続くぞ」という無敵の全能感はすでに消え去り、「あ、もう半分以上終わってしまった」「そろそろ社会復帰のためのリハビリを始めなければならないのではないか」という、静かな焦りが忍び寄ってくる頃合いなのです。
実家の縁側の近くに置かれた古い扇風機が、首を振るたびに「カチッ、ジー」と小さな、しかし規則正しい音を立てています。 母が淹れてくれた、少し濃すぎる煮出し麦茶の入ったグラス。 そこにはびっしりと水滴がつき、ゆっくりとコースターに向かって滑り落ちていきました。
そんな六日目の午後。 私は、縁側に座りながら、非常にそわそわしていました。
今日は、地元の高校の同級生たちと、数年ぶりに会う約束をしていたのです。 駅前の、昔よく入り浸っていた少し古びた喫茶店に集まろう。 そんな、なんともノスタルジックな計画を立てていました。
でも、「人に会う」というイベントの時間が近づくにつれて、心の中に、得体の知れない小さな不安の芽が、ニョキニョキと顔を出してくるのです。
「最近、どう?」
という、あの魔法の言葉。 挨拶代わりの、なんの悪気もない、ただのコミュニケーションの入り口。 でも、自意識が過剰に発達してしまった三十代の私にとって、それは時に、これまでの人生を丸ごと試される恐ろしい呪文のように聞こえてしまいます。
仕事の近況、生活の変化、これからのこと。 なんだか、同年代として立派なことを言わなければならないのではないか。 「相変わらずだね」と笑い合いたい反面、「昔とは少し違う、成長した自分」をさりげなく見せなければいけないのではないか。 そんな、誰も私になど求めていないようなプレッシャーを、勝手に一人で背負い込んでしまうのです。
服はどうしよう。 わざわざこの日のために買ったような新しい服は、気合いが入りすぎているようで気恥ずかしい。 かといって、着古したTシャツでだらしなく見えるのも嫌だ。 ああ、靴下は無地がいいのか、それとも少し柄が入っていた方が「こなれ感」が出るのだろうか。
そんなふうに、出発の二時間前から実家のクローゼットの前で立ち尽くし、着たり脱いだりを繰り返すという、謎のひとり相撲を繰り広げていました。
すると。
遠くの方で、「ゴロゴロ……」と、お腹の底に響くような重たい音がしました。
窓の外を見ると、さっきまであんなに青かった空が、まるで誰かが特大の墨汁をこぼしたかのように、どす黒い雲に覆われ始めていました。
そこからは、あっという間でした。 ピカッと鋭く光ったかと思うと、空が真っ二つに裂けるような轟音が鳴り響き、バケツをひっくり返したような、いや、バケツどころか学校のプールをひっくり返したような、激しい雷雨が降り始めたのです。
庭の木々は狂ったように風に激しく揺さぶられ、大粒の雨が窓ガラスをバチバチと容赦なく叩きつけます。
テーブルの上のスマートフォンが震えました。 同級生のグループLINEです。
「この雨、やばくない?」 「警報も出てるみたいだし、今日集まるの、ちょっと厳しくない?」 「ごめん、また次回にしようか!」
次々と送られてくるメッセージ。 私は、その光る画面を見つめながら、「そうだね、無理しないでおこう。残念だけど、また今度ね!」と素早く打ち込み、送信ボタンを押しました。
そして。 スマートフォンの画面がフッと暗くなった瞬間。
私は、深く、深く、心の底からの安堵のため息をついてしまったのです。
「ああ、よかった」と。
本当に、最低なやつだな、と自分でも呆れてしまいます。
あんなに何着も服を選んで、何日も前からそわそわしていたのに。 みんなに会いたいという気持ちは、決して嘘ではなかったのに。 でも、悪天候という「自分ではどうしようもない、誰も悪くない理由」によって、プレッシャーのかかる予定が真っ白になったことに、心が信じられないくらいホッとして、背中に羽が生えたように軽くなってしまったのです。
私は、自分のこの、どうしようもない臆病さや、人と向き合うことへのエネルギーの無さに、少しだけ嫌気がさしながら、縁側の窓際へ行きました。
網戸越しに入り込んでくる風は、さっきまでの熱気が嘘のように冷たくて、アスファルトが濡れた時の、あの独特な匂いがしました。 ペトリコール、というらしいです。 なんだか、効き目の強そうな外国の胃薬の名前みたいですよね。
雷雨は、まだ激しく降り続いています。
雨のカーテンを見ながら、ふと、思い出したことがありました。 小学生の頃の、「てるてるぼうず」のことです。
明日は待ちに待った遠足、という日の夕方。 どうしても、どうしても晴れてほしかった私は、母の目を盗んで、居間にあった箱ティッシュをまるまる半分くらい引き抜き、私の頭くらいある巨大なてるてるぼうずを作りました。
大きければ大きいほど、天気の神様に私の強い願いが届くはずだ。 そんな、いじらしくも強欲な発想でした。
白いティッシュの塊を丸め、さらに新しいティッシュで包み、首のところを輪ゴムでぐるぐるときつく縛る。 そこまではよかったのです。
問題は、顔でした。 私は、気合いを入れて、極太の油性マジックで目と口をくっきりと描き入れました。
すると、どうでしょう。 インクが、ティッシュの柔らかい繊維に沿って、じゅわっ、じゅわっ、と容赦なく滲んでいったのです。
くりっと丸かったはずの目は、黒い涙を流すように縦に無残に伸び。 にっこり笑っていたはずの口は、耳まで裂けたように横に広がっていきました。
縁側に吊るされたそれは、晴れを願う愛らしい人形などではなく、何か深い恨みを抱えてこの世を去った、おぞましい呪いの人形そのものでした。
翌朝。 私の願い、あるいは呪いは天に届くことはなく、空は残酷なまでの大雨でした。
おまけに、縁側の軒下には少し雨漏りする場所があり、不運にもその呪いのてるてるぼうずは、夜通し冷たい雨のしずくを浴び続けていました。
朝起きて、私が見たもの。 それは、首から下がどろどろに溶け落ち、マジックの黒いインクが全身にまだらに広がり、力なくぶら下がる、見るも無残な白い残骸でした。
私はそれを見て、遠足に行けない悲しみよりも、「とんでもないものを生み出してしまった」という得体の知れない恐怖で、少し泣きました。
あの時は、あんなにも、あんなにも純粋に、空が晴れることを祈っていたのに。
今はどうでしょう。 三十代になった私は、この大雨のおかげで、人と会うというちょっとした緊張から見事に解放され、扇風機の風にあたりながら、少し焦げた味のする麦茶を飲んで、ただただホッとしているのです。
なんだか、とても滑稽で、自分のことが少しだけ可笑しくなりました。
大人になるということは、てるてるぼうずを作らなくなることなのかもしれません。 晴れを願う純粋さを失う代わりに、雨降りの日に「まあ、しょうがないか」と自分を甘やかす言い訳を、上手に手に入れることなのかもしれません。
窓の外を、近所の中学生くらいの子が、傘もささずに走っていくのが見えました。
ズブ濡れです。 部活帰りなのでしょうか、半袖のジャージが肌にべったりと張り付いて、とても重たそうです。 でも、その子は、なぜか友だちと大声で笑い合いながら、大きな水たまりをバシャバシャと蹴散らして、雨の中を駆け抜けていきました。
濡れることをすっかり諦めきった人間の、あの清々しい笑顔。
私にはもう、あんな風に雨の中を笑って走ることはできないでしょう。 風邪を引いたら明日の仕事はどうしようとか、この靴は洗ってもダメになるかもしれないとか、そんなことばかりを瞬時に計算してしまうからです。
でも、それでいいのだと思いました。
雨の中を泥だらけになって走る若さも素晴らしいけれど、雨を言い訳にして、部屋の中でちぢこまって麦茶を飲んでいる今の自分も、そんなに悪くないじゃないか。
「ごめんね、また次回にしようか」 そうやって、お互いに無理をせずに言い合える友人たちがいる。 それだけで、今の私には十分すぎるくらいです。
私は、もう一度スマートフォンを手に取り、グループLINEを開きました。 「本当に残念。でも、またお正月か、来年の夏にでも、絶対に集まろうね」
嘘じゃない。 本当に、心からそう思いました。
今はただ、このぽっかりと空いた思いがけない時間に、少しだけ救われているだけです。 次に会う時までには、この私の過剰な自意識も、少しは落ち着いているかもしれません。 いや、たぶんまったく落ち着いていないでしょうけれど。 その時は、この「雷雨で会えなくてホッとしてしまった最低な自分の話」でもして、みんなに笑ってもらおう。
雷は、いつの間にか遠ざかり、激しかった雨の音も少しずつ穏やかな調べになってきました。
夏休みの、六日目の午後。 予定のなくなった私は、部屋の隅に積んであった、買ったきりずっと読んでいなかった本を手に取りました。
ページをめくるカサッという音と、扇風機の首が回る音。 外からは、雨上がりを喜ぶような、少し控えめなセミの声が聞こえ始めました。
明日もたぶん、私は何もしないでしょう。 ゴロゴロして、麦茶を飲んで、自分の面倒くささにため息をついて、一日が静かに終わるのだと思います。
でも、人間だもの。 しょうがないですよね。
毎日ずっと晴れじゃ、干からびて疲れちゃいますから。 たまにはこうして、予期せぬ恵みの雨に甘えさせてもらいましょう。
私は、深く息を吸い込み、少しだけぬるくなった麦茶を、ゆっくりと飲み干しました。
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