光秀を討つ 第八話
第八章 火の使者
秀吉の語りが、妙に“綺麗すぎる”と感じたのは、山崎へ向かう途上のことだった。
彼の言葉は一つ一つが刃のように整い、無駄がなく、異様に正しい。
「信長様が……光秀に討たれ申した。……これは、すなわち、天が我らに“動け”と申しておるということでございましょうな。
仇を討つ。されど、それは、ただ怒りの刃ではいけませぬ。民の不安を焼き尽くす火でなければ――」
その声を聞いていたとき、背中に汗が滲むのを感じた。
一 火に近い者
俺は蜂須賀小六。
元は木曽川の山賊で、盗るか盗られるかの境を生きてきた。
そういう人間はな、嘘と火の匂いには敏いもんだ。
焚き火がただの薪か、それとも油を垂らしたかなんて、鼻で分かる。
そして今、秀吉が語る“信長様の死”の話。
それがどこか、“油のにおい”がする。
真実とは、もっと雑で、無様で、都合が悪くて、血のにじむもんだろうが。
二 整いすぎた物語
秀吉様は、あまりにも冷静だった。
信長様が本能寺で焼け死んだと聞いて、泣き崩れた兵もいた。
怒鳴り散らした家臣もいた。
だが、秀吉様だけは、微塵も動じなかった。
いや――動じなかった、ように“見えた”。
「光秀は、忠義を語りながら、己の義を優先したのでございましょうな。
されど、信長様の遺志とは、そういうものではありませぬ。
いま、ここで誰かが立たねば、民は真実よりも、恐れを信じてしまう……」
この語りが、まるであらかじめ用意されていた芝居の台詞のように、俺の耳には聞こえた。
三 語りと火
あの人(信長様)は、火だった。
燃えることを恐れず、時に自ら火種となる人だった。
光秀は――影だった。理屈と知恵を持つ男だった。
だとすれば、本能寺の夜に燃えた火は、
本当に光秀が点けた火だったのか?
あるいは、別の“語り手”が、火の跡を見ながら“話を整えた”のではないか?
俺のような山賊上がりには分かる。
火そのものより、“火が何に使われたか”が問題なんだ。
四 小六、沈黙す
言わなかった。
疑念を言葉にするには、秀吉という男はあまりにも巨大になりつつあった。
あの人は、火を使うのがうまい。
それも、物理的な火ではなく、“物語という火”をな。
「この世は、語られたことが真になるのです。
誰が悪で、誰が忠であるか――それを定めるのは、力ではなく、言葉でございましょう」
それが、秀吉様の信条であり、武器だった。
信長様の死。
光秀の謀反。
そして自らの忠義。
その三つを並べて、燃え上がる正義の炎にした。
だが、その焔の底に、何があるのか――俺には見えていた。
あれは、“整った火”だ。
山で鍛えられた者の勘がそう告げていた。
五 語られぬもの
官兵衛も、黙っていた。
彼の目は、秀吉様を見ているようで、見ていなかった。
何かを考え、測り、記しているようだった。
俺は、彼とは違う。
記す者ではない。語る者でもない。
ただ、火のにおいを嗅ぎ分けるだけの、生き残りだ。
だが、その生き残りの鼻が、今はっきりと言っている。
――秀吉様の語りは、何かを覆っている。
その“何か”は、きっと、この戦が終わったあとで、誰かが暴かねばならぬ。
それが俺でなくてもいい。
だが、俺は忘れない。
この語りが、燃え尽きるまでは。
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