一日置きの彼女 第2章「日記」後編
「殺したのは、私ではない私。」
第二章「日記」⑤
面会室には、すでに冴子が座っていた。
昨日と同じ服装、同じ姿勢、だが瞳の光だけが違って見えた。
「こんにちは、冴子さん」
挨拶を交わす高山に、冴子は静かにうなずく。
今日は“話す日”の人格が現れているらしい。
「日記、読みました。文字の形が少しずつ変わっている。でも……」
高山はノートを開き、あるページを指さす。
「“のぞみがカレーを残した”って記述がありますよね。この後、すぐに“残さず食べたからえらい”って書いてある。どちらが本当なんでしょう?」
冴子はわずかに眉をひそめ、考える素振りを見せた後、微笑んだ。
「……どちらも、たぶん、私が見たことなんでしょうね」
曖昧な返答だった。
だが高山は続ける。
「この日記、演技に見えます。あなたは、自分が二重人格だと信じてほしくて書いたのでは?」
冴子の笑みが消える。
わずかに首を傾ける。
「……私が“演技”をしていると?」
「はい。あなたは自分を守るために、二重人格を装っている。殺したのは、冴子さん。あなただ」
沈黙。
冴子はゆっくりと椅子にもたれた。
そして、ぽつりと呟いた。
「“私”って……誰のこと?」
高山の視線が、冴子の目に刺さる。
一瞬、その表情が、のぞみの顔に重なって見えた。高山は目を凝らし、現実との境界が揺らぐ感覚に囚われた。
「私は……毎日、冴子になっていくのが怖かった。
冴子でいながら、冴子じゃない私が、のぞみを抱いてた。
でも、それが……どっちの私か、もうわからなくなったのよ」
目を伏せる冴子。
頬を伝った涙が、机にぽたぽたと落ちる。
「冴子さん……」
高山は、ふと気づいた。
その涙は、あの“話さない人格”では、一度も見せたことがなかった表情だ。
◇
面会を終えて、診察室に戻った高山は、深く椅子に沈んだ。
──“嘘”と“真実”の境界が、徐々に曖昧になっている。
だが、その仮面の裏に、もう一つの仮面がある気がしてならない。
「……私も、見えてないものがあるのかもしれないな」
ラジオから流れていたクラシック音楽が終わり、アナウンサーの声がふと耳に入る。
「今夜は、月が綺麗です──」
高山は、しばらく窓の外を見つめていた。夜空に浮かぶ月の光が、彼の心の奥底に潜む疑念を照らし出すかのようだった。
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