BIC特区-第38話 スノウ・クラッシュ
説明会が終わると、住民たちは次々と席を立ち、出口に向かって歩き出した。隣に座っていたミナコは、「急いでお昼の準備しなきゃ。アオイちゃん、またね」と言い残し、早々に帰っていった。
会場の正面付近では、4人の職員がそれぞれ住民と話をしている。そこには、住民説明会によく見られる怒っている住民や、因縁を吹っ掛けたいだけのように見える住民はいなかった。むしろ、自分の好奇心を抑えられないといった感じの人たちばかりで、中には雑談している住民もいた。
安全管理担当のイトウだけは、説明会が終わるとすぐに前の方に座っていたルイのもとに行き、少し話をして、二人で職員が入ってきた扉から出ていった。
アオイは、ミサキが行方不明なことをまだ周りに知られない方がいいような気がして、住民が減るのを待ってから、会場正面に向かった。ちょうどデバイスのテクニカルサポート担当のサトウが住民の対応を終え、机の上を片付け始めたので話しかけた。
「こんにちは、はじめまして。私、アオイといいます」
サトウはアオイを見て、「ああ、3期の」と思い出したように言い、「もしかして、ミサキさんの件ですか?」と続けた。
「そうです。昨夜、うちのTIが連絡を入れたと思うんですけど」とアオイが詰め寄るように言うと、
「すみません。昨日の今日で確認が遅れてしまって、もう少し詳しくお話ししたいんですが、お時間ありますか?」とサトウが無機質に言った。
「はい」とアオイが頷くと、「ちょっと待っててください」と言い残し、サトウはスズキのもとに行き何か耳打ちした。スズキはアオイの方を見て会釈し、サトウに相槌を打った。
サトウが戻ってくると、「では、こちらに」と言って、ルイが出て行った扉の方へ歩き出した。
アオイが案内された部屋は地下2階にあり、何かの研究室のようなところだった。
「散らかっていてすみません。ここで話した方が早いかと思って」とサトウが言いながら、ホログラムディスプレイを操作し始めた。
「それでミサキさんのことなんですけど」
アオイが話し始めると、それを遮るように、サトウが話し出した。
「実は昨日の夜、空き家の鎮火後に住民の安否確認のために特区住民全員にアクセスしました」
安否確認だけでなく、犯人と思われる人間がいないか行動確認したことは容易に想像できる。アオイは黙ってうなずき、続きを待った。
「すると二人だけ確認が取れない者がいたんです」
「そのうちのひとりがミサキさん」アオイが言うと、サトウが静かに頷いた。
「ちなみにもうひとりは特区外に外出中なので確認できなかっただけなんですけど」
管理局に申請すれば外出することができることは聞いていたが、外出した人の話を聞いたことがなかったので、アオイは少し驚いた。
「位置情報はどうなんですか?」アオイが思い出して尋ねると、
サトウは「あー」と顎をさすり、少し間を置いた後に「実は、このような事態も初めてで、どこまで住民の方に話していいものか判断が難しいところなんですが…」と言って、ディスプレイから目を離し、何かを探るような目でアオイの顔を見た。
「これから言うことは、僕の独断でお話しします。何があっても口外しないことと、どんなことがあっても僕たちを信じるって約束できますか?」サトウが真っすぐにアオイの目を見て話してきた。それだけ事態は緊迫しているのかもしれないとアオイは感じた。
「約束します」アオイはサトウの目を見返して答えた。
「もし約束が守られなかったときは、特区外への強制退去だけでは済まないかもしれませんよ」サトウの目の奥に冷たいものが光った。
張り詰めた空気に声がうまく出せず、アオイはサトウの目を見たまま強くうなずいた。
「すみません、脅かし過ぎました」とサトウが笑顔で言った。
アオイは、サトウの目が少しも笑っていないことに気づき、懐疑心を拭い去ることができなかった。
「では、確認の意味も込めまして、アオイさんの方から順を追ってお話しください」
「はい」とアオイは答えて、ナオユキに話した内容と同じく、N3デバイスの調子がおかしいと言っていたことや、ミサキに連絡がつかなかったこと、位置情報にアクセスできなかったこと、ミサキの家に行ったら不在だったことを話した。
サトウは「なるほど」とひと言だけ言って考え込み、しばらくして話し出した。
「しつこいようで申し訳ないのですが、これだけは誰にも言わないようお願いします」
「わかりました」とアオイは頷いた。
「まず、ミサキさんは昨日の午後管理局に来ました。用件はデバイスの修理依頼です」
「はい」
「私が対応させてもらったんですが、その時、ミサキさんには開発中の最新のN3デバイスをお渡ししています」
アオイが黙ってうなずくのを見て、サトウが続けた。
「従って、現時点でデバイスが故障しているとは考えにくいのです」
「でも、現にミサキさんのデバイスにアクセスできないじゃないですか」とアオイがむきになって言うと、
「確かに、100パーセント故障じゃないとは言い切れませんが、開発中とはいえミサキさんに渡したデバイスは、様々な試験に合格したリリース直前のものです。故障の可能性はかなりゼロに近いと言えます」とサトウが無機質に返した。
「じゃあ、位置情報はどうなんですか?」とアオイが声を強めた。
「もちろん位置情報も確認しました。しかし、昨日ミサキさんがここを出てからの情報が途絶えていて、記録もされていませんでした。何者かが意図的に情報を操作したことも視野に入れています」
そこまで言うと、サトウはアオイに顔を少し近づけ、声を落として言った。
「当局としては、ふたつの可能性を想定して調査していきます」
アオイがごくりとつばを飲み込む。
「ひとつ目は、何者かがミサキさんを拉致してN3デバイスを隠蔽している」
サトウはさらに顔を近づけ、アオイの目を覗き込むと、
「そして、もうひとつは、ミサキさん自身がN3デバイスを隠蔽して隠れている」。そこまで言うと、サトウはアオイから視線を外し、「火災についても、不可解な点がたくさんありますしね」と続けた。
その言葉を聞いて、アオイは一気に頭に血が上って叫びだしそうになったが、急に冷静になった。
「で、ミサキさんと仲のいい私にその話を聞かせて、反応を見ようと思ったわけですね」と言って、アオイはサトウを睨みつけた。
「ほう」とサトウが意外なものを見るかのような目でアオイを見て、「賢い女性だ」と言った。
「で、どうだったんですか?」アオイが強い口調で言うと、
サトウはホログラムディスプレイに映るグラフを見ながら、「少し感情的になっておられるようですが、怪しいところは見られませんね」と冷静に言った。
アオイは、感情的にならないように、今はミサキのことだけを考えてと自分に言い聞かせながら次の言葉を考えていると、
「でも、管理局があなたたちの味方であることは信じてください」と後ろから声がした。
アオイが振り向くと、いつの間にかスズキが立っていた。
「こいつは機械ばっかりいじっているんで、人の感情や気持ちがわかっていないんですよ。アオイさんを怒らせるような言い方をしたかもしれませんが、悪気はないので勘弁してやってください」とスズキが頭を下げた。
「でも、まあミサキさんが行方不明ということは事実なので、こちらとしても全力で対応します。何かわかりましたら真っ先にアオイさんに連絡するので、アオイさんも何か気付いたことがあったら、些細なことでも構いませんので連絡ください」
アオイは、現時点では何もわからないということかと落胆し、「わかりました」と言って立ち上がり、出口の方へ向かって歩き出した。
スズキの横を通り過ぎるとき、スズキが思い出したようにアオイに言った。
「あーそうそう、約束は破らないようにしてくださいね」
スズキの張り付いたような笑顔に恐怖を覚え、アオイは急いで部屋を出た。
