BIC特区-第45話 砂の女
アオイとナオユキが中央管理局に到着すると、目の前には混乱と喧騒が広がっていた。入口の周りには、多くの住民が押し寄せており、怒号や叫び声が聞こえる。
その中で、一人の男性が群衆を前にして、必死に住民を落ち着かせようとしていた。ルイだ。ルイは住民に向かって必死に呼びかけていた。
「だからみんな落ち着けって!ここでの混乱は状況を悪化させるだけだって」
建物内に入れないのか、入り口の前でルイは必死に住民を落ち着かせようとしている。
「これが落ち着いてられるか!このままじゃうちの野菜は全滅だよ!」
「こっちだって、ニワトリが卵を一個も産まないんだよ!」
「なんで、部屋の温度があんなに暑くなってるんだよ!」
「調理機が使えなくて朝から何も食べてないのよ。子供たちもおなかをすかせてずっと泣いてるんだから!」
いたるところで住民たちが叫び始め、前へ進もうと体を押し合い始めた。
「いけない」とナオユキが言うと、「アオイさんはここで待ってて」と言い残し、人混みの中に入って行った。
そんな住民をアオイは冷めた目で見ていた。
「私が、ミサキさんを必死に探してた時はあんなにぞんざいに扱ったくせに、これは何?」
「開けろ!」
「出てこい!」
「ぶっ壊せ!」
住民たちはどんどんヒートアップしている。遠巻きに見ているのはアオイくらいで、男も女も子供も老人もひとつの塊になって蠢いている。
人ごみにもまれながら懸命にルイに近づこうとしているナオユキの姿が見える。
後ろからどんどん押し迫る人波の圧力でルイが苦しそうにしている。
「なんだこれ」とアオイが漏らす。
「皆さん、落ち着いてください」
その時、上から声が聞こえた。アオイが建物を見上げると、屋上に誰かが立っているのが見えた。
人の塊も、その姿を確認しようとして圧力を緩め、後方に広がった。その隙に、ナオユキは流れるように圧力の緩んだ人波をかき分け、あっという間にルイのもとにたどり着いた。
「ルイ、大丈夫か?」いまにも崩れ落ちそうなルイを支えながらナオユキが言った。
「ナオさん、おせえよ。もう少しで中身出ちゃうとこだったじゃん」とルイは苦しそうに答えた。
「おい、何、上からもの言ってんだ!降りてこい!」住民たちが屋上に向けて怒声を発している。
群衆の注目が屋上に向いている隙に、ナオユキはルイを抱え、建物を回り込むように移動し、人混みから離れた。
「みなさん、落ち着いてください!」先程より大きく増幅された音声があたりに響く。そのあまりの音量の大きさに、そこにいたほとんどの人が耳を押さえ、黙った。
「現在、原因については、全力で究明しているところです」少しトーンを落としてスズキが言った。
「とりあえずここを開けろ!ちゃんと説明しろ!」と住民のひとりが叫んだ。
スズキは少し言い淀んで「今、中央管理局のTIも反応しないんです」とうつむきながら小さく言った。
再び住民のほうに顔を向けたスズキが「でも、現在うちの職員とNext Navigator社のエンジニアが対応しているのですぐに、すぐに元に戻ります」と強く言った。
住民たちが、あちらこちらでざわつき始めた。
アオイは、中央管理局のTIが機能しないだけで、入口を開けることもできないのかと納得できなかった。そして、以前ルイが『TIに打ち勝てる人間なんてこの世に存在しないんじゃないかな』と言っていたことを思い出した。
やがて諦めたのか、納得のいかない顔をした住民たちがちらほらと出口の方へ歩き出した。
その時、前方で「おい、開いたぞ」という声が聞こえた。その声を聞いた住民たちは再び建物に向かって歩き出し、どんどん建物の中に飲み込まれていった。
いつの間にかルイを抱えたナオユキが、アオイの隣に立っていて、3人はその様子を眺めていた。
時間を稼ぐというタダシとの約束が果たせているかわからないが、「僕たちも行きましょう」というナオユキの言葉が、まだ終わっていないという意味にも聞こえた。
そして、3人はゆっくりと建物の中に吸い込まれていった。
