BIC特区-第40話 眺めのいい部屋
朝一番でルイに連絡を入れると、通話はできなかったものの、『今日は終日家にいるので、いつでも来ていいよ』というメッセージが返ってきた。
昨夜のステーキで軽く胃がもたれていて、何も食べる気がしなかったので、以前ミナコにもらったカモミールティーだけを飲んで、出掛ける準備をした。メイクを終えると、鏡の中の自分に「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせた。
エリザに、もし家に誰か来たら映像記録しておくことと、すぐに知らせるように指示して家を出た。
ルイの家までは歩いていくことにした。些細なことでも見逃したくなかったし、ゆっくりと考えながら歩いた方が思考が整理され、落ち着ける気がした。
しかし、ミサキの家の前を通ると、不安で胸が少し苦しくなった。
結局、ルイの家に行くまでの道のりでは何も発見できず、誰とも会わなかった。
ルイの家に着くと、相変わらず混沌としていた。
「突然連絡したのに対応してくれてありがとう」アオイができるだけ明るく言うと、
「うん、全然大丈夫。なんとなく連絡あるかなとも思ってたし、要件も大体想像つくし」と、ルイはいつもの軽口ではなく静かに答えた。
いつものルイらしくないなとアオイが心配していると、「こっちへ」と言って、奥の部屋に案内してくれた。
ガラクタ部屋からドア一枚隔てた奥の部屋は、応接セットがあるだけで他には何もなく、壁には集落の地図が貼ってあり、ところどころ赤いペンでマルや記号が書かれている。
アオイが物珍しそうに部屋の中を観察していると、ルイは「どうぞ」と言って、茶色の皮張りのアームチェアを示した。
「コーヒー?お茶?ビールもあるけど」とルイに聞かれ、アオイは「あ、大丈夫。ありがとう」と断った。
「そう」と言って、アオイの正面のソファに腰を下ろした。
「ヴィクター、ロック。シールドは不自然にならない程度で軽くでいいよ」とルイが指示した。
『了解しました』とルイのTIが答えると、「カシャッ」とドアがロックされる音がして、部屋の中が一瞬で黒くなった。
照明はついているので暗くはないが、宇宙空間に放り出されたような錯覚を覚える。
「で、アオイは何が知りたいの?」ルイはあごの下で手を組み、アオイを真っすぐ見て聞いた。
アオイもルイの目を真っすぐ見返して、「あなたは何を知っているの?」と聞き返した。
いつもと違うルイの雰囲気に少し驚いたが、不思議と不安や恐怖は感じなかった。
互いに目をそらすことなく見つめあったまま、静かに時間が流れた。
やがて、ルイはふっと肩の力を抜いてため息をついてから言った。
「ああ、もうわかったよ。管理局で俺の秘密について聞いたんでしょ。わかったよ、話すよ」
「秘密?」
アオイは、ルイが以前話していた『秘密』のことを言っているのに気づいた。
「あー、ちょっと待って、違う、違う、とにかく待って」
自分のことで手一杯なのに、これ以上秘密なんて抱えられないと思い、必死にルイがしゃべりだすのを止めた。
「えー、何?違うの?」
ルイは一瞬きょとんとして、すぐに頭をかきながら笑みを浮かべた。
「なんだ、そうか、そうか、昨日アオイが別室から出てくるのを見たから、てっきりそのことかと思ったよ。もう驚かさないでよ」
そう言うと、ルイはドサッとソファに沈み込んだ。
アオイは、いつもの軽口をたたくルイに戻った姿に安心し、緊張が解けていくのを感じた。
「驚いたのはこっちの方よ、なんか深刻そうな顔しているし。それにしても、この大袈裟な演出はなに?」とアオイが床を指さして言うと、
「いや、ちょっとでも心理的に優位に立とうかなぁ、なんて考えてたんだけど」とルイは頭をかきながら笑った。それから、「ヴィクター、部屋戻して」と指示すると、落ち着いた雰囲気の元の風景に戻った。
「で、今日はどうしたの?」と、背もたれにもたれかかったままルイが尋ねた。
「うん、ミサキさんのことなんだけど」と言ったきり、アオイは黙ってしまった。
逡巡している様子のアオイを見て、ルイは上体を起こし、背もたれから身を離した。
「ヴィクター、シールド、ノーマル」
『シールドをノーマルにしました』
「実はね、このシールドって、TIに話を聞かれたくない時に使う機能なんだけど」
「TIに話を聞かれないって、今TIに話してたよね」アオイは、ルイの言っていることがいまいち理解できずに尋ねた。
「勘違いしている人多いんだけど、うちらが身に着けているTIって末っ子みたいなもんなの。で、末っ子の話は、家や町中に設置されているお兄ちゃんTIが受け取るんだ」
ここまで言うと、ルイは一度言葉を止めてアオイの顔を見た。
「末っ子…」アオイが呟く。
「で、お兄ちゃんTIが処理できることならそこで処理するんだけど、処理できない複雑なことなら、中央管理局にあるお母さんTIが処理する。それでもだめなら、世界のどっかにあるお父さんTIが処理するってわけ」
「うん」と、なんとなく理解できたアオイは頷いた。
「凄いのが、お兄ちゃんもお母さんもひとりじゃなくて、同列にいる世界中のお兄ちゃんTIやお母さんTIと協力しながら情報を処理するの。だから、大概のことはお父さんのところまでいかなくても解決できてるんじゃないかな」
「知らなかった」アオイは素直に驚いた。
「まあ、大体の人は興味もないだろうからね。厄介なのが、みんなが協力しながら情報を共有するから、うちらの行動や言動はお兄ちゃんからお母さんに、お母さんからお父さんに逐一報告されているんだ」
「え、そんなことしたらプライベートなんてないも同然じゃない」アオイは驚いて口を押さえた。
「うん、普通ならそう考えるよね。でも、彼らは人間と違って、無欲で真面目でどこまでも人道的なんだ。だから、第3者に自分の知り得た情報を漏らすことは絶対にない」
「でも、外部から操作したら情報なんていくらでも引き出せるんじゃないの?」アオイは疑問を投げかけた。
「うん、もしかしたらできるかもしれない。でも、TIに打ち勝てる人間なんて、この世に存在しないんじゃないかな」
「ふーん」アオイは少し眉をひそめて頷いた。
「だったら、そもそも末っ子の話をお兄ちゃんに黙認さればいいじゃんってことでシールドかけてんの」
「そんなことしてばれないの?」
「うん、絶対ではないけど、適当な情報流してるんで大丈夫だと思う。でも、使っている時間が長すぎるとさすがに怪しまれるから、気を付けてはいるんだけどね」
「じゃあ、あんまり時間ないんじゃないの」とアオイが焦り始めると、
「安全マージンを考えても、シールドは軽くかけて3日、ノーマルでも24時間は大丈夫だから安心して」とルイが笑顔で答えた。
「ルイってそんなこともできるんだね」とアオイが感心して言うと、
「違う、違う、これはタダシさんが作ったの。さすがにここまでの物は俺は作れないわ」とルイは頭を横に振った。
「あ、わかっているとは思うけど、ここまでの話は絶対に口外しないでね」とルイがウインクした。
アオイは、またひとつ人に言えない秘密を抱えてしまったとため息をつきながら、「わかった」と答えた。
「で、何があった?」ルイが真面目な顔でアオイを見つめる。
アオイは、ミサキが行方不明なこと、管理局の別室で言われたことなどを全てルイに話した。
「うーん、それはやばいね」
アオイの話を聞いたルイは、ソファのひじ掛けを指で叩きながらしばらく何か考えていたが、思い出したように口を開いた。
「で、タダシさんはなんて?」
「えっ!?」アオイは突然タダシの名前が出たことに驚いて、目を丸くした。
「どういうこと?タダシさんに相談してないの?頼むよアオイ、困ったときのタダシさんって知ってるでしょ?」
ここ数日、いろんな出来事が起きて、考えることが多すぎてすっかり忘れていた。
アオイが慌てて「すぐに相談してみる」と言うと、「ちょっと待って」とすぐにルイに止められた。
「さすがにシールドかけたままタダシさんに連絡されるのはやばいし、話を聞く限り、ここで接続しない方がいいような気もするから、悪いんだけど他の場所に移動してからやってもらってもいい?」
ルイが申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。
「こちらこそごめん。そうだよね、うちに帰ってから連絡してみる」
「僕ができることがあれば、何でも言って。あと、ここでのことは口外しないことと、これからは誰かと話すときは十分に注意してね」
「わかった。本当にありがとう」
昨日からずっと孤独感を感じていたので、ルイの優しい言葉に涙が出てきた。
ルイはシールドを解除すると、他愛もない話を始めた。
冗談ばかり言ってふざけるルイの姿に、アオイは元気づけようとしてくれている優しさを感じ、心が少し軽くなった。
それにしても、ルイの秘密って何なんだろうと少しだけ気になった…。
