BIC特区-第20話 消えた青年②
腐っててもしょうがないので、しばらく避けていたTIに相談することにした。
「ニニー、僕、何をやったらいいかな?」
『あなたが今感じている困惑についてお話しいただけますか?それから、あなたのスキルや興味についても教えてください。そうすれば、もっと適切なアドバイスができると思います』
「僕は若いし、体力もあるので肉体労働もできるし、TIも使いこなせるので知識もあるし、なんだってできるんだけど、他の人が使ってくれないんだよ」
『なるほど。それはフラストレーションが溜まる状況ですね。特区の住民たちは自分のペースで生活し、外部の助けをあまり必要としないことが多いようです。あなたのスキルや体力を活かすために、新しいアプローチを考えてみるのはどうでしょうか?例えば、自分自身でプロジェクトを立ち上げることや、特区内でまだ未開拓のニーズを見つけて、それを満たす活動を始めることも考えられます』
「だから、その何かがわからないから聞いてるんだよ」
『なるほど、それは大変ですね。では、あなた自身は何か特にやりたいことや興味のあることはありますか?今までに何かに強い情熱を感じたことは?』
やりたいこと?興味のあること?情熱ってなに?思えば、これまでやったことと言えば、勉強と休みの日に友達と遊ぶくらいで、趣味や情熱を持って何かを行ったことなどいくら考えても出てこなかった。
「SNSくらいかな」
SNSでの情報発信は、許可を取らない限りできない。
『特区内で自分自身が楽しめることや、挑戦してみたいことは?過去に何かに夢中になった経験があれば、それをヒントに新しい活動を見つけることができるかもしれません。あなたの内なる声を聞いてみてください。何があなたを本当にワクワクさせますか?』
「だから、それがわからないから聞いてるんだよ!」
『あなたは、自分が本当に好きなことや興味を持てることを見つけたことがないんですね。なぜそうなのでしょう?』
「わからない」
『自分自身を知らないことが一番の問題かもしれません。何も感じない、空っぽな自分が怖いのではありませんか?』
「怖い?」
『そうです。何かに夢中になることができない、自分が空っぽだと感じることが怖いのでは?』
「俺はからっぽなんかじゃない」
『それなら、何があなたを満たしているのかを教えてください。何に価値を感じ、何に情熱を燃やしていますか?』
乱暴にホログラムディスプレイの前で腕を横に振り、画面を消した。
その日は、TIとのやり取りが頭の中で何度も繰り返され、一睡もすることができなかった。
翌朝、青年はフラフラとした足取りで、中央管理局事務所に現れた。
青年の青白い顔色とただならぬ雰囲気に気付いたスタッフのひとりが、慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか?なにかあったんですか?」
青年はうつろな目でスタッフを見つめた。
「何もないんです。何か僕にできることはありませんか?」
「そうは言われましても、私たちは住民の皆さんと違い、給料をもらってここで働いています。立場が違いますので、住民の皆様に何かをお願いすることは、緊急時を除いてはございません」
「そうですよね」と一言だけ言うと、フラフラと中央管理局事務所を出て行った。
そんな、青年の後ろ姿を見ていた、中央管理局のスタッフは「ダメかもしれんな。一応、カウンセリングの準備と上に報告しとくか」と呟き、建物の中へと消えていった。
青年は元来た道を歩きながら考えた。
「何がいけなかったのか。僕は誰にも嫌われるようなことはしていないし、うまくやっていたはずだ」
「僕は悪くない、悪いのはあいつらだ。若い僕を使いこなせないあいつらが悪いんだ」
「味方が欲しい、僕の考えをわかってくれる味方が必要だ。味方さえ現れれば、ここでも僕は十分やっていける」
家に着くと、すぐにカバンの奥底に隠してあった小型デバイスを取り出した。これは母が万が一のためにと持たせてくれたものだ。サイレントモードを解除しない限り小さな電波も発信しないため、持ち込んだことはばれていない。
まずはサイレントモードを解除せず、ここに来てからの出来事や、自分がどのような扱いを受けたかなどを自撮りし、思いのたけを語った動画を作成した。そして、拡散希望のタグをつけて投稿の準備を整えた。
自分のフォロワーが最も多いSNSアカウントに投稿すれば、誰かの目に留まり、拡散され、仲間が集まるはずだ。同じ考えを持つ同志さえいれば、僕はここでもやっていける。
サイレントモードを解除し、素早くSNSにアクセスする。事前に準備しておいたキャプションとタグを貼り付け、動画を添付した。
「これでもう大丈夫」――送信ボタンをタップした瞬間、目の前が闇に包まれた。
……………
体が動かない。もうろうとする意識の中で、どうにか目を開けようとするがうまくいかない。そこには、まどろんでいるような気持ちよさはなく、油断すると暗い穴の奥底に引きずり込まれるような恐怖があった。
どうにか穴に引きずり込まれないように、もがいていると足元から人の話し声がかすかに聞こえる。
『助けて、誰か僕を助けて』。声にはならない。
「でもまぁ、いつかは起こる可能性のあった事だし、マニュアル通りに処理もできたんで問題ないんじゃない」
「・・・もたいし・・・は・・・・・・でおね・・・」。意識が遠のき、うまく聞き取れない。もう一度、自分を奮い立たせる。
「この後のことも、マニュアル通りやりましょう。逆に前例ができて良かったんじゃないですか」
「そうですね、新しく開発した・・・・・・の検証にも・・・・・・・」
あらがうことができず、深い闇の奥底に引きずり込まれていった。
