BIC特区-第31話 不機嫌な果実
ミサキの家で一夜を過ごして数日が経った。あの日からふたりの距離は一気に縮まり、毎日のように連絡を取り合って、他愛のない会話を楽しんだ。
アオイは、相変わらずのんびりと毎日を過ごしていた。変わったことと言えば、ルイにもらった干し網で保存食を作り始めたことくらいで、魚やキノコ、塩漬けした肉などを干している。完全に乾燥するまでにはもう少し時間がかかりそうだったが、天候が怪しくなってきた。雨が降るようであれば室内でTIに乾燥してもらうこともできるが、あくまで自然乾燥にこだわりたかったので少し残念に思った。
今日は、ミサキと一緒にヒデオのところでブルーベリーの収穫を手伝い、ミナコのところで昼食を食べて、午後からはミサキの家でブルーベリージャムを作る予定にしている。アオイは、少し雲が多くなってきた空を見て、天気が持てばいいなと思い、足早にミサキの家に向かった。
ポーチで待っていたミサキと合流し、歩いてヒデオの果樹園に向かった。ヒデオの家が近づくと、どこか慌ただしい雰囲気が漂っており、見慣れない白い車が一台停まっているのが見えた。
「あれ、中央管理局の車だよ。なんかあったのかな?」
ミサキがそう言うと、ふたりは自然と歩みを速めた。
家の前まで行くと、トモキが地面に一生懸命絵を描いていた。あれ、今日何曜日だっけ?と考える。特区に来てから、どんどん曜日感覚が失われている気がする。
「こんにちは、トモキくん」とミサキが声を掛けると、ぱっと顔を上げ「ミサキねぇちゃんだぁ」と駆け寄ってきた。
「なんかね、ブドウが大変でね、中央管理局の人が来てパパと難しい話してるんで暇なんだ」
トモキがふくれっ面で地面の石を蹴った。その時、家のドアが開き、姉のユウナが出てきた。
「トモキ、あんたまだ拗ねてんの。あ、こんにちは」ユウナは、アオイとミサキに気づき、丁寧にお辞儀をした。
ユウナの後ろに束ねた艶やかな黒髪が、しなやかに揺れる。自分も少女時代にはこんなにきれいな髪だったのかなとアオイが見とれていると、
「なんかあったの?」とミサキが白い車を指さしてユウナに尋ねた。
「詳しくはわかんないんですけど、なんかブドウの実がならないらしくて、去年はこんなことなかったんです。今、中央管理局の人が来て父と一緒に、ロボットとTIの点検してるんです」
13歳とは思えないほどしっかりとしたユウナの口調に、アオイは「そうなんですね」と思わず敬語になってしまった。
「念のために今日は果樹園は立入禁止ということで、ブルーベリーの収穫は中止でお願いします」とユウナは申し訳なさそうに頭を下げた。
「全然大丈夫、こっちこそ大変な時に来ちゃって」とミサキが慌てて言うと、
「あ、でも今朝採ったブルーベリー、父から預かってるんで持ってってください」
「え、いいの?ありがとう。お父さんには夕方にでも連絡するんでって伝えといて」
「わかりました。じゃあ、持ってくるんでちょっと待ってください」と家に向かおうとしたユウナに、アオイが「ちょっと待って」と声をかけた。
「収穫の時間まるまる空いちゃったんで、もしよければ、4人で遊ばない?」とアオイがユウナとトモキに言うと、ミサキの方を向いて「ミサキさん、いいですか?」と尋ねた。
「もちろんよ。あそぼ」とミサキが答えると、
ユウナは「じゃ、ちょっとだけ」と少し恥ずかしそうに言い、トモキは「やったぁ!」と大喜びした。
それから4人は、地面に絵を描いたり、缶蹴りや鬼ごっこをして過ごした。しっかりしているユウナも、笑いながら走り回る姿は13歳の無邪気な子供だった。
「あー、しんど、やっぱアラフォーにはこたえるわ」
ミサキが肩で息をしながらしゃがみこんだ。時計を見るとちょうどいい時間になっていた。
「ユウナちゃん、これ以上はおばちゃんたち無理かも。楽しかった」とアオイが言うと、
「ふふ、まだまだおふたりともお若いですよ。ちょっと待っていてください」とユウナは言い、家に向かって走っていった。
トモキは、「もう帰っちゃうの?もっと遊ぼうよ」とミサキの手を持って揺さぶった。
「こらっ、トモキ!お姉ちゃんたちは忙しいの」
「ごめんね、トモキくん。また遊ぼうね」
ミサキは、トモキの頭を撫でて立ち上がった。
「ミサキさん、今度私にもお菓子作り教えてもらえませんか?」とユウナがブルーベリーの入った包みを差し出しながら尋ねた。
「もちろんよ。いつでも大歓迎」と言い、ミサキは包みを受け取った。
ユウナとトモキに別れを告げ、ミナコの家に向かいながら歩きだしてすぐに、ミサキがアオイに近づき、「ちょっと果樹園、覗いてみない?」と耳元で囁いた。
「え、でも立入禁止じゃ?」
「中に入らなければいいんだよね。外から覗くだけなら大丈夫だよ」
ふたりは果樹園の外柵沿いを歩き、中を覗いた。遠くに中央管理局のスタッフらしき人影が見える。声は聞き取れないが、あわただしく動き回る様子が確認できた。
その時、前方の茂みが激しく揺れ、ガサガサと音を立てて何かが近づいてきた。
アオイは咄嗟にミサキの前に立ち、彼女をかばうように両腕を広げて身構えた。
