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BIC特区-第43話 ゴールデンスランバー

  急にガクッと体が揺れ、「危ない、危ない」という声が遠くに聞こえた。

 ぼんやりとした意識の中で、体が上下に揺れている感覚がかすかに伝わってきた。目を開けようとしても、まぶたは重く、思うように動かない。温かい感触と、「はっ、はっ」と聞こえる息遣い、リズミカルな足音が心地よく、再び意識が遠のきそうになる。頭が朦朧とする中で、優しい温もりに包まれながら、ミサキは再び深い眠りに落ちていった。

 ミサキは柔らかな心地よいまどろみの中に漂っていた。意識は曖昧で、現実と夢の境界がぼやけている。まるで雲の中にいるかのように感じ、全身がふわりと軽くなったような感覚に包まれていた。温かな安心感が心を満たし、全身の力が抜けていく。時折、意識が浮かび上がろうとするが、再び心地よい眠気に引き戻され、深い安らぎの中に沈んでいった。

『ミサキ、いい加減起きなさい。遅刻するよ』懐かしい母の声が聞こえたような気がして、そっと目を開いた。

 視界の端で何かが近づいてくるのがわかったが、不思議と怖いとは思わなかった。

「はっ、はっ、はっ」

 ミサキがわずかに目を向けると、大きな優しい瞳が見ていた。

 テッシュウがミサキを見たまま、「ウォン」と鳴いた。

 ベッドの反対側で、ビクッと何かが動く振動が伝わった。

 もたれかかって寝ていたナオユキが目を覚まし、体を起こしてミサキの顔を覗き込んだ。

「よかったぁ。このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思いました」ナオユキは少し目を潤ませていた。

「ナオユキ君が助けてくれたんだね。ありがとう」ミサキがかすれた声で言うと、テッシュウが「ウォゥ」と小さく鳴いたので、「テッシュウもありがとう」と続けた。

 ミサキが体を起こそうと力を入れると、腰と右足首に激しい痛みが走った。

 ナオユキが慌てて、「まだ動かないでください。TIでスキャンしたんですが、複数箇所の打撲と右足首を酷く捻挫しています。脳や内臓にダメージは見られなかったんですけど、長時間気を失っていたんで体力を相当消耗していると思います」と、動こうとするミサキを止めた。

「わたし、どれくらい気を失ってたの?」ミサキが小さな声で尋ねた。

「僕が発見したのが昨日のヒト、ヒト、ニイ、マルくらいだったので、その前日からだと考えると大体まる2日間くらいだと思います」と言い、ナオユキは立ち上がった。
 
 それを聞いたミサキは、だからのどが焼けるように乾いているのか、と納得した。

「今、何か飲むものを持ってきますね」とナオユキは部屋を出て行った。

 少しすると、ナオユキが戻ってきて、ベッドを少し起こし、マグカップを慎重にミサキに持たせてくれた。

 マグカップの中には、ぬるま湯にはちみつを溶かしたものが入っていて、ミサキは少しずつ飲み込みながら、ゆっくりと液体を口に含んだ。乾きが少しずつ和らいでいくのを感じた。喉の痛みも徐々に収まり、体に力が戻ってくるようだった。
 
 ナオユキは「まだ寝ていてください」と言ったが、糖分を摂取したせいか、頭が冴えて眠れそうになかった。ミサキは自分の身に何が起こったのかをナオユキに尋ねた。
 
 ナオユキの話では、アオイからミサキと連絡が取れないと聞き、ナオユキもすぐに連絡しようとした。しかし、首の後ろに張るデバイスしかつけていないことに気付いた。妙な胸騒ぎがしたので、すぐにテッシュウにミサキの匂いを追ってもらった。すると、道から外れた林の中の崖の下で、気を失っているミサキを見つけたのだという。

「手首のデバイスをはめていなかったので、誰にも連絡が取れなくて。ミサキさんの手首を見たら、ミサキさんもデバイスをはめていなかったんです。それで、とりあえず応急処置をして、一番近かったタダシさんの家まで移動したんです」

 ミサキは、自分を背負ってくれていたのがナオユキだったと気づき、あの時の心地よさを思い出した。

「で、せっかく運んだのにタダシさんが不在だったんで、別のところに行くか、誰か助けを呼びに行くか悩んでたんです。でも、外出中のタダシさんが気付いてくれて、ドアをリモートで開け、家の中からホログラムディスプレイを使って話しかけてくれたんです」

 そのまま家の中に入ったナオユキは、タダシに簡単に状況を説明した。それからタダシの家のTIでミサキの体をメディカルスキャンしてもらい、重大な損傷は見られなかったため、そのままタダシの家で意識が回復するのを待つことにした。

 その後、タダシさんに、当分ふたりはタダシの家で待機するよう指示された。通話接続が切れた後は、タダシさんのTI、ヴォルフがシールドの使い方や食べ物の保管場所などを教えてくれた。

 ここまで説明して、ナオユキは疑問に思っていたことをミサキに尋ねた。

「ミサキさんは、デバイスもつけずになんであんなところに行ったんですか?」

「うん、それは…」

 ミサキが何か言い淀んでいるのを感じて、「この家、シールドされているので外部に情報が漏れることはありません。安心してください」とナオユキは言い、シールドについて簡単に説明した。

 それを聞いて安心したのか、ミサキは静かに話し出した。

「実は、知っている人に似た人が林に入って行くのを見えたの。その人だと確信があったわけではないんだけど、なんか異様な雰囲気というか、とにかく変な感じがして…。しばらく後を追いかけていたら、突然、警告信号が鳴って…」

「崖から落ちたんですね」とナオユキが続けた。

「確かに、ミサキさんの気を失っていたところに近づいたら注意信号と警告信号が来てたんですけど、デバイスがなかったんで僕も内容を確認できませんでした。恐らくあれは危険な崖に近づいていることを知らせてくれてたんですね。僕の場合は、テッシュウの野生の勘を信じて進んでたんで問題はなかったんですけど」そう言って、ナオユキは左手首につけられた無骨なミリタリーウォッチを右手で触った。

「あ、でもデバイスを持っていなかったんじゃなくて、これは秘密なんだけど、今つけてるのは開発中の最新デバイスで」とミサキはナオユキに説明した。

「へー、そんなことができるんですね」とナオユキは驚いた。

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