BIC特区-第37話 滅びの前のシャングリラ
窓から差し込む朝日で目を覚ました。深夜に注意信号で起こされてからしばらくは目が冴えて眠れなかったものの、横になっているうちにいつの間にか眠ってしまったようだ。
「おはよう、エリザ」
『アオイ、おはよう。本日の住民説明会は、午前10時から中央管理局事務所の地下1階会議室で開催されると管理局から連絡がありました』
「了解。ミサキさんに連絡できる?」
『少々お待ちください……。前回と同じ状況です。昨日の管理局への連絡に関しても返信などはありません』
「ありがとう」アオイはため息交じりに言った。
焦りと不安を少しでも振り払うため、洗面所に行って顔を洗った。コーヒーを淹れ、簡単な朝食を摂ると、出かける準備を始めた。その間もミサキのことが頭から離れなかった。連絡が取れなくなってたった1日なのに、漠然とした不安を感じていた。
もしかしたら自分の知らないミサキの一面があるのかもしれないとアオイは考えてみた。以前に結婚の話はしたが、彼氏がいるかどうかは尋ねたことがなかったことに気づいた。もし、ミサキに彼氏がいてお泊りデートをしているのなら、自分はとんだ野暮をしているのかもしれないと思い、少し恥ずかしくなった。
家を出るとルネッサに乗り込み、ミサキの家に向かった。
「やっぱり不在か」
窓から中をのぞいてもミサキの姿はなく、いつもポーチに立てかけてあるロードバイクもなかった。位置情報にアクセスできない以上、中央管理局に行って相談したほうが確実だと考え、再びルネッサに乗り込んだ。もしかしたら、会場で会えるかもしれないという期待もあった。
中央管理局事務所に着くと、すぐにミサキのロードバイクを探したが見つからなかった。建物に入ると、説明会の準備のためか、職員があわただしく動き回っていてとても声を掛けられる雰囲気ではなかった。説明会が終わってから尋ねることにして、人の流れに乗ってそのまま会場に向かった。
会場には正面に長机が3個並べられ、その後ろに5つの椅子が置かれていた。その前には住民用の椅子が30個ほど並べられ、すでに半分ほどが埋まっていた。アオイはその中にナオユキの後ろ姿を見つけて近づいた。
「こんにちは」アオイが後ろから声を掛けると、
ナオユキは振り向いて微笑み、「あ、アオイさんこんにちは。今日はひとりですか?」と言った。
アオイはその言葉で、ナオユキもミサキの行方を知らないことに気づき、一気に不安になった。
「実は昨日から連絡が取れないんです」
アオイはそう言うと、漠然とした不安が形を持ち始めたような気がして言葉を詰まらせた。
異変に気付いたナオユキは立ち上がり、アオイのところまで来ると、
「落ち着いてください。もう少し詳しく教えてください」と優しく言った。
アオイは、昨日の朝ミサキがN3デバイスの調子がおかしいと言っていたこと、空家火災が発生したときに連絡を入れたがつながらず行方不明なこと、家にもいなかったことを話した。
それを聞いたナオユキは、「ちょっと確認してみますね」と言って会場から出て行ってしまった。
アオイはナオユキを見送ると、近くのイスに腰を下ろした。心が落ち着かず、うつむいていると隣に誰かが座った。ナオユキかと思って顔を上げると、そこにいたのはミナコだった。
「アオイちゃん、昨日は連絡ありがとうね。心配してくれる人がいて嬉しかった」とミナコは笑顔で言った。
「いえ、私は何も…。でも、何事もなくてよかったです」とアオイは、不安を悟られないように精一杯の笑顔で答えた。
ミナコはそんなアオイの様子に気付くことなく、「あ、始まるみたい」と言って正面を向いた。
アオイも正面を向くと、会場右手から職員が入ってくるのが見えた。スズキ以外の4人は初めて見る顔だった。彼らは横一列に並ぶと一斉に深々とお辞儀をした。
中央にいたスズキが、会場全体を見回して話し始めた。
「住民の皆さん、本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。まずは昨夜の突然の注意信号と空家火災について、大変ご迷惑とご心配をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。これより説明会を開始いたします」
「大変恐縮ですが、これ以降は座って説明会を進めさせていただきます」と続けると、5人はイスに座った。
「まずは昨日発生した空家火災について、テクニカルサポート担当のサトウからご説明いたします」
スズキの左隣の男が会釈して話し出した。
「デバイス関連のテクニカルサポートを担当しております、サトウです。昨日の空家火災について技術的な内容をご報告いたします。火災発生時、自動消火装置および通報システムが作動しておりませんでした。TIが正常に機能していなかった可能性があります。また、外部から何者かが操作した可能性も否定できない状況です。引き続き調査を継続していきます」
サトウが感情のない無機質な声で説明すると、会場が少しざわついた。
「何者かがって、誰がそんなことすんだよ!」会場の真ん中あたりで男が叫んだ。
会場内のざわつきが大きくなっていく。
「申し訳ございません。ご質問は後でまとめてお答えさせていただきます。まずは説明を聞いていただけると助かります」
総合司会のスズキの落ち着いた対応に、会場は静けさを取り戻した。
「続きまして、今後の対応について、施設管理担当のタナカからご説明いたします」
一番左隅に座っている男が会釈をして話し始めた。
「施設管理を担当しております、タナカです。まず、昨日消火活動を行ってくださった住民の皆様にお礼申し上げます。施設面に関しても引き続き調査を継続し、逐次お知らせいたします。調査が完了するまで、火災現場には近づかないようお願い申し上げます。また、皆様のご家庭の消火及び通報システムの点検を本日中に完了させます」
タナカの言葉に住民たちは静かにうなずいた。
「次に、物品調達管理担当のヤマダからご説明いたします」
スズキの右隣の男が会釈する。
「物品調達管理を担当しております、ヤマダです。今回の事案に対し、消火システムを信頼しすぎたために人による消火活動を行うための資材が不足していました。これを鑑み、逐次初期消火機材を集落の各所に設置してまいります。そのほか、お気づきの点がございましたらお知らせください」
「最後に、安全管理担当のイトウからご説明いたします」
一番右端の男が話し出した。
「安全管理を担当しております、イトウです。先ほども申し上げました通り、システム面と人為的な面の両方で調査を進めています。場合によっては、住民の皆様にも聞き取りという形で調査にご協力いただく場面もあるかと思います。現場周辺におられた方で、怪しい者や怪しい動きをしている者を見たという方は、お知らせください」
各担当者の説明が終わると、中央のスズキが静かに話し始めた。
「特区の試験運用が始まって3年目となります。このような事態も含めての試験運用だと考えています。住民の皆様には、不必要に不安を感じることなく、これまで通り生活していただければと思います。それでは、ご質問のある方がいらっしゃれば挙手をお願いします」
スズキの話が終わると、住民同士でなにやら話し合っている様子はあったが、結局誰も質問はしなかった。
試験運用という言葉で、自分たちが試験的に住民になっていることを改めて実感したのかもしれない。そして、管理局に全てを任せておけば大丈夫だと、誰もが思い込もうとしているように見えた。
そんな住民の様子を見ていたアオイの心は、説明会が早く終わってほしいという祈るような気持ちと苛立ちでいっぱいだった。
