BIC特区-第14話 アオイとナオユキ 1-3
昼食を終えた後、ナオユキは手際よく後片付けを始めた。彼は自然環境に配慮しながら、流れるように片付けを進めていく。すべてが終わると、まるでここで食事をしていたことが嘘のように、元のきれいな状態に戻っていた。
「コーヒーを飲む前に少し歩きませんか?」とナオユキに誘われ、テッシュウと共に散歩に出かけた。
ナオユキは、食べられる野草やキノコの見分け方、火の起こし方、野生動物と遭遇したときの対処法など、さまざまなサバイバル術を教えてくれた。
テッシュウは、並んで歩いていたかと思うと、突然走り出したり、森に向かって吠えたりと、自由気ままに散歩を楽しんでいた。
アオイは、ナオユキの話にいちいち感心し、大自然の中で躍動するテッシュウの姿に感動した。
テントに戻ると、1時間以上経っていて驚いた。
「こんなに歩いていたなんて信じられないくらいあっという間でした」とアオイが素直に感想を言うと、
「疲れたでしょう。アオイさんはイスに座って、焚き火に薪を入れて、もう少し火を大きくしてください」とナオユキが言いながら、コーヒーを淹れる準備を始めた。
アオイは教わった通り、小さな枝から少しずつ入れ、炎が成長するのに応じて徐々に太い木を加えていった。途中、ナオユキに「上手ですね。初めてには見えません」と褒められ、少し恥ずかしかったが嬉しかった。
ミサキからネクタリンのタルトをもらっていたのを思い出し、アオイはリュックから取り出して机に置いた。
「これ、来るときにミサキさんにもらったんです」
それを聞いて、ナオユキは目を輝かせて喜んだ。山の中にいるので、よほど甘いものに飢えているのだろう。
大自然の中で焚き火を見ながら飲むコーヒーは絶品だった。ミサキの作ってくれたタルトも甘すぎず、コーヒーの苦みととてもよく合った。ナオユキも嬉しそうにタルトを口に運んでいる。
「山で暮らしていて怖いこととかないんですか?」とアオイが尋ねた。
ナオユキは微笑みながら、「訓練でよく山に入ってたんで慣れているというか、怖いと感じたことはないですね」と答えた。
「そっか、自衛隊さんというと災害のときに活躍しているのくらいしか見たことがありません」
ナオユキはコーヒーを一口飲み、「自衛隊にいたときは、いろいろな訓練をやりました。それには射撃や格闘技などの相手を倒すものもありました。でも、実際の訓練はリアリティがないというか、ちっとも現実的じゃないんです。訓練している者の多くもリアリティなんか感じずにやってたんじゃないでしょうか。でも、災害派遣は違います。目の前の人を助けるっていうリアルがあって、ものすごく人の役に立っていると実感できて、自衛官になって良かったとさえ思いました」と続けた。
少し間を置いてから、ナオユキは遠くを見つめ、「しかし、ある日考えてしまったんです。ちゃんとリアルに考えて、自分に人を殺すことができるのかって。考え始めるとどんどん怖くなって、自衛隊を辞めてしまいました。僕は単なる臆病者です」とつぶやいた。
アオイは、ナオユキの話に何と答えていいかわからず、黙り込んでしまった。
「アオイさんは不思議な人ですね。僕はどちらかというと人見知りで、初対面の人にこんなに自分のことを話したのは初めてです」
「そうですよね、ミサキさんからナオユキさんは人見知りだって聞いていたのに、全然そんなことないなって思ってました」
「ほんとに不思議です」と言いながら、ナオユキはアオイのカップにコーヒーのお代わりを注いでくれた。
「私のこと、人と思ってないんじゃないですか?」と冗談めかして言うと、
慌てて「そんなことないです」と両手をばたつかせるナオユキの姿が可笑しくて、アオイは思わず笑った。すると、ナオユキも笑い、空気が和んだ。
その時、寝ていたテッシュウが急に頭を上げ、森の方を見て「ヴゥゥ」と唸った。その瞬間、ナオユキの顔が険しくなる。
「ヘンリー、アラートチェック」とナオユキが言うと、机の上に地図が現れた。
地図の中心がテントの位置になっており、番号の書かれた記号がテントを囲むように10個ほど配置されている。よく見ると、3番の記号が赤く点滅している。
ナオユキは「ナンバースリー、センサーステータス」と言い、表示された画面を見つめている。
いつの間にか、アオイのすぐそばにテッシュウがピッタリとくっついていた。
「大丈夫ですか?」と心配してアオイが聞くと、
「おかしいんです。この時間帯は、野生動物が近づいてくることは滅多にないし、近づいてきたとしても周辺に設置したセンサーが判別して記録するはずなんです。人であればN3の信号で人であることはわかるはずですし」とナオユキは答えた。
「でも、そのどっちでもなかった」とアオイが続くと、ナオユキはうなずいた。
「このエリアからは離脱したようなので大丈夫とは思いますが、一応管理事務所に報告しておきます」
ナオユキは、管理事務所に状況報告をした後、ブツブツと独り言を言いながら、ホログラムディスプレイを操作している。
「私、そろそろ帰ります。とても楽しかったです」とアオイが立ち上がると、
「こちらこそ、とても楽しい時間でした。予備のテントがあるので、今度は泊まりで遊びに来てください」
「できればミサキさんも一緒に」と小さく付け足した。
私ひとりだと不安に思うから、ミサキも一緒にと言ってくれたのだろう。なんと気遣いのできる人なんだとアオイは感心した。
森を抜けた先の道路まで送ってもらい、管理局事務所に家に着くまでモニタリングをしてもらうことで、家まで送ると言い張るナオユキを納得させた。
ミサキの家に着くと不在だったので、メッセージを残して自転車を元の場所に返した。
家に帰ると、さすがに少し疲れを感じたが、服や髪の毛に焚き火の煙の匂いがついていたので、脱いだ服を全て洗濯機に放り込み、シャワーを浴びた。
リビングに戻ると、テーブルに新着メッセージのアイコンが表示されていた。アイコンをタップするとメッセージはミサキからで、もう一度タップしてメッセージを開いた。
『明日の朝一番で私の家に来て。話しておきたいことがあるの』
