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私は虐待されていたのか?という35年経って突然湧いて出た疑問

私は記憶力が良い方で、とりわけ幼少期のことをよく覚えている。その中でも強烈な出来事の話をしようと思う。

きっかけがなんだったかは覚えていない。たぶん保育園児のころ、5歳か6歳か。大人とお風呂に入っている時に(弟もいたかも)何かをしてその大人を怒らせてしまい、濡れたままの体で玄関の外に閉め出されたことがある。
もちろん大暴れをして抵抗をした。ごめんなさい、許してください、いやだ、やめて、中に入れて、ごめんなさい、玄関のドアを叩く、泣き叫ぶ。すると、玄関が少しだけ開いて毛布だけが投げ込まれる。外はひんやりと寒かった。
毛布に包まりながら、家中のドアや窓を叩き続けた。ごめんなさい、許してください、中に入れてください。何度やっても反応がない。最終的には玄関の前で泣きながら、毛布の中で丸くなりここで朝まで過ごす覚悟をした。記憶はここまで。本当に朝まで外に閉め出されたのか、途中で入れてもらえたのかは覚えていない。

私には、少なくともこの閉め出し行為を2回された記憶がある。忘れていたわけではないが、自分自身が母親になった今、改めて思い返すことが増えた。私は、どんな悪い事をしたんだろう。裸で外に出されるほどの悪事とはなんだったんだろうか。しかも2回以上。全く思い出せない。
また、親という立場になって考える。私はどちらかと言えば穏やかではないタイプの親だ。感情的になり声を荒らげることが比較的多いタイプの親だ。それでも、懲らしめのために子どもを外に出して家の鍵をかけてやろう。反省するまでそこにいなさい。と思ったことが6年強の育児生活の中で一度もない。
正直、手を挙げそうになったことはある。あと、行動が遅い時に背中を押すとか、手を引っ張るとか、正直ある。でも、外で反省させたい!(しかも裸で夜寒い中)という欲求は一度たりとも湧き上がったことがない。

あの時の私は、一体何をしたんだろう。何をしたら、未就学児の子どもを夜寒い中、濡れた体のまま外に出して反省させられるんだろう。5歳児がそんな状況で、どんな反省ができるのだろう。あの時の私は、本当にその懲らしめを受けなければいけなかった?だとしたら、大した極悪人だ。
この出来事は、今まで私の中では「怒られて嫌だった記憶」としてずっと心の奥底にあった。しかし、今になってふと別の考えが湧き起こってきた。

「これはしつけの範疇を超えていないか?」
「もしかして、これは虐待ではなかったのか?」
「私は、虐待されていたのか?」

そこで、私の夫であるぴ(自称世界一の他人に興味のない男)に質問すると「どうでしょうねぇ…」と返ってきた。
この時の模範解答は「そうだよ!タキちゃんは虐待されてたんだよ!いますぐ毒親から縁を切ろう!」ではないだろうか…だとしたら、ぴの解答は0点である。もっと妻を思いやれ。

子どもが癇癪を起こした時に、「ちょっと寝室で1人になって落ち着きなさい」はある。これが、小学生高学年や中学生になったら「自転車で近所走ってきなさい」とかになるかもしれない。でも、未就学児に裸で外で反省させることは、私は今後も絶対にしないだろう。

というか、今やったら児相案件では???
私はもう親と絶縁状態なので、当時の私が何をして怒られたのか、何故そんなことをしたのか聞くことはできないし、両親もきっと覚えていないだろう。

今は死んでほしいくらい大嫌いだけど、数年前まで、私は母ことが本当に大好きだった。私には母しかいないと本気で思っていた。母のために生きていた。だから外に出された記憶も、「怖かったけど、それだけ私が悪いことをしたんだろう」とずっと思っていた。

でも親になった今、改めて考える。
どれほどの悪いことを、私はしたんだろう。そんなことが、本当にあるんだろうか。もしかして、あれは虐待だったんだろうか。だとしたら、私のことは大切じゃなかったのか。もし虐待だったとしたら、私が愛だと感じていたものは一体なんだったのか。
私の39年は、何なのか。

足元の地面が、崩れていく。


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