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論語と易経 水雷屯 初爻

論語と易経 水雷屯 初爻


「磐桓す。貞に居るに利し。侯を建てるに利し」 

水雷屯 初爻

子曰く、「政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰其の所に居りて衆星之に共うが如し」

孔子はこう述べられた。
「政治を行うにしても、仁や徳のある政治を行えば、不動の北極星の周りに、他の多くの星々が集い、天を巡るように人々は之を慕い集まってくるであろう」

為政第2-1

「発芽」の卦象



「水雷屯」の卦は、早春に、植物が地より芽を出さんとする瞬間です。



ただし発芽したばかりの植物はまだ弱く、早くに芽を出してしまえば霜にあたって枯れてしまいます。
水雷屯の時は発芽したくてもそれを止められる時。
爻辞の磐桓は大きな壁、障害を象徴します。

水雷屯の爻辞の後、孔子が自ら解説を付した象伝(しょうでん)でこの様に応じます。

象に曰く「磐桓たり、志正しきを行うなり。貴を以て賤に下る。大いに民を得るなり」
初爻の君子は志正しく、能力も十分である。しかしながら卦象の最下にあってへりくだる徳があるので、万民に慕われるのである

良樹細根


乾為天の初爻で立てた志、一方で坤為地の時に積み増すべき陰徳を承けてその人格をしっかり磨いておりさえすれば、例えことを為すに必要な立場、権力を有していなくても周囲の人がその地位に推し挙げてくれることを孔子は述べます。

とかく人は卑近な欲望(食欲や物欲、性欲等)が満たされると、次に満たしたくなるのが自己顕示欲であったり、名誉欲です。

周囲に自分の考えが受け入れられなかったり、自分の考えが世の中の常識と乖離するような時ほど、ますます人は背伸びをするように、その声は大きく、その行動はより大胆となりますが、かえってその存在は周囲から浮いて孤立を深めてしまいます。

しかし、いかに枝葉を勢いよく伸ばした大樹であっても、根をしっかりと土中に伸ばすことを怠ると、ひとたび強風にあおられると容易に倒されてしまいます。

勿論根を下ろす場所が石が多く、土は固く根を伸ばしにくい環境な場合もあります。


しかし、その樹が立派な大木であればあるほど、土を掘り起こすとその根は実に繊細で、細い根がびっしりと土中の意志の隙間から隙間へと縫うようにその根を伸ばしています。

季節は巡り、やがては霜の心配もなくなる時が来る。
急いて発芽を進めれば必ず挫折する。
だから植物は地表の芽を伸ばすよりも先に、地中深く根を伸ばします。

引用の論語の一説は
老子の逆説的な思考にも似ています。

信言は美ならず、美言は信ならず。
善なる者は弁ぜず、弁ずる者は善ならず。
知る者は博(ひろ)からず、博き者は知らず。
聖人は積つまず、既くを以人の為にして己愈有り、
既くを以人に与えて己愈(いよいよ)多し。
天の道は、利して害せず。
聖人の道は、為して争そわず。

真理を言い表した言葉は耳触りの良い言葉ではない、もしそうならばそれは心理を言い表していない
善良な人は自分のことを善人などとひけらかしたりはしない、もしそうならばその人は本当の意味で善人ではない
知恵者は知識をひけらかしたりしない、知識をひけらかすような知とは「知恵」とは言えない
聖人は何かを積み重ねたり貯えようとしない、全て人のために尽くすにもかかわらず多くを有している
総て人に与えるにも関わらず、困窮したりしない
天の道というものは、何かを生み出すことを専らとし、決して争ったりしない
聖人の道というものも、天の道と同じである

老子道徳経 81章

「深山の桜」は、誰も見ていなくてもひっそりと咲き続けます。しかし、時がたち、その桜が立派な大樹となったとき、「名樹」としてそこを訪れる人々の足跡がいつしか「道」を形成する。

根さえ生きていれば霜に当たった芽も再生します。
人も、その志という根をしっかりと伸ばす。
そうであるならば、例え日の目の当たらない時期があっても、ほどなく立場の上の人の目に留まる時が必ず巡って来る。
これが爻辞の後半の「侯建てるに利し」にあたります。

今日のこの日この時が、あなたにとっての最幸でありますように
本日もご覧いただきありがとうございます


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易照 日本五行易(断易)界の発展のために、日々鋭意研究中です。頂戴いたしましたご厚意は、研究括動費として活用させていただきます。