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天邪鬼なオトメ

他人から、偽善者だ、と言われたことがある。
そんなことをわざわざ指摘されなくとも、私は何年も前から、自身が偽善者であることを自覚している。

私は、心からの優しさをもって行動することが少ない。
― まわりを見て、その行動をとることが最善であると思われるとき。
― 自身の過去の経験と強くリンクする場面に遭遇したとき(つまり私情)。
― 「この道が正しいはずだ」と、ごくまれに、強く正義感を抱いてしまったとき。
― 自分があとからモヤモヤしたくないとき。
これらの条件に当てはまったときに、私は行動する。

他人の涙に引っ張られて泣く、なんてことは、ほとんどない。
だいたい、「今はこうすべきなのだろう」と考えながら、話したり、助けたり、笑ったりしている。
過去には、「今はこうすべきなのだろう」と思って、泣いたこともあった。
「今はこうすべきなのだろう」が、必ずしも正解とは限らないときもあるけれど。

たとえば、前を歩く人が落とし物をしたとき、私は迷わず声をかけるだろう。
心からの優しさ、ではなく、見つけたのに通り過ぎる、なんてことをして、自分があとからモヤモヤしたくないから。 

たとえば、街で妊婦さんが大量出血をして倒れてしまったら、私は彼女の手をとり、救急車を呼ぶだろう。
私自身が、出産時に「常位胎盤早期剥離」になり、成人男性の致死量にあたる大量出血をした経験があるから。 

これらは、心からの優しさ、とは言えない。
自分がモヤモヤしたくないから。
過去の自分がかわいそうだったから。

なぜ、私は、こんなにも優しくなれないのだろう。
そう思い悩んだ時期もあった。
心から優しい人間になりたいと。

偽善者でいるよりは、悪人でいたほうが、いっそスッキリするのではなかろうか。
そう考えたときもあった。
偽善者は、ときに悪人よりも、残酷である。
しかし、悪人になりきる勇気もない。 


そんなことを考え、悶々とした日々を過ごしていたところ、「星読み」に出会った。
私の太陽星座(星占いに登場する「星座」)は「おとめ座」。
このほか、「知性・コミュニケーション」を表す水星、「愛・喜び・自身が楽しいと感じるポイント」を表す金星、「やる気・怒り」を表す火星には、すべて「おとめ座」が入っている。
「おとめ座」は、「細かい」「実務能力が高い」「自分の人柄がどのように見られているのかを気にする」などの特徴がある。
くわえて、「おとめ座」は、「火・地・風・水」のうち、「地の星座」に当たるため、「現実的」「ドライ」という面もある。 

「星読み」の勉強をして、自分の「心から優しくなれない」特性が、少し腑に落ちた。
何がなんでも、すべて「星」で片づけすぎることはよくないけれど、自分のこの特性は「星」の影響でもあるのだ、と。
ある程度、仕方のないことなのだ、と、諦めがついた。 


もう、よいのではないか。
心から優しくなれなくとも、偽善者から抜け出せなくとも。
他人を差別したり、見下したり、故意に傷つけることがないのであれば。
心から優しくあろうと、表面的であろうと、「優しさ」なるものを受け取った人は、きっと助かる場合が多いのだから。 

「星読み」の勉強を始めてまだ半年足らずだけれど、一番のネックとなっていたものが、ここ数ヶ月で徐々に解れていっている。

私は、心からは優しくなれない。
だいたい、「今はこうすべきなのだろう」と考えながら、これからも行動していくのだろう。
私は、「自分の人柄がどのように見られているのかを気にする」、ドライなおとめ座。
もちろん、どうしても気が向かなければ、そしてそんなに支障がなければ、知らないふり、をすることもあるけれど。
私は、天邪鬼でもある。


そう、私は、「天邪鬼なオトメ」座である。





📷トップ画像はお借りしました。ありがとうございます。






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