古い洋館風の建物のなかで
まだ、物心がつくかつかないかの頃。
母に手をひかれて、何度もくぐった。
古い建物にはめ込まれた、不思議な装飾をぼんやり見上げながら。
その頃は、電車が到着するたびに、駅員さんが出てきて切符をきっていた。
やがて。
私の電車賃がかかるようになった頃、ピンク色の自動改札機が設置された。
まだ大きな街でしか見かけることのなかった自動改札機。
ついに私の街にもやってきた、自分が切符を使う年頃になったときに間に合ってよかった、とウキウキしながら、ピカピカのそれに、切符を通した。
そして。
歩くには遠い校区内の中学に上がる頃から、私は定期券を片手に毎日その駅をくぐるようになった。
昔ながらの洋館を思い起こさせる古い建物も、はめ込まれた不思議な装飾も、あんなに通すのが嬉しかった自動改札機も、広がってゆくキラキラした青春の前では、ただの通り過ぎゆく風景となった。
私が再びその駅に思いを馳せたのは。
その不思議な装飾 ーステンドグラスー をはめ込んだ古い建物が、駅としての役目を終える数日前だった。
初夏にしてはとても暑い日、私は抱っこ紐で娘を抱えて、汗だくになっていた。
ああ、この子は、この風景を知らないまま、この街で大きくなっていくんだな。
脳裏に浮かんだのは、私がまだ電車賃もかからないほど幼かった頃。
母に手をひかれながら、くぐるたびに、口をポカンと開けながら眺めたステンドグラス。
まだ物心がついていない頃、目に焼きつけられた、洋館風の古い建物、手で切符をきってくれる駅員さん。
ぎゅっと切なくなった。
中学生の頃からは、毎日当たり前に通り過ぎてきた場所。
当たり前の風景。
その当たり前の風景が、いま抱っこしている娘には、記憶されることがない。
きっと、昔の資料でしか知ることができない。
ただ、そんなふうに思っていたのだけれど。
いま。
その建物が、私たち母娘にとって、新たな思い出の場所となりそうなのだ。
数年前に「駅の入口」としての役目を終えた「旧駅舎」は、そのあと数ヶ月かけて移設され、日替わりでフリーマーケットやマルシェが開催されるようになった。
今月(2026年2月)、私はその「旧駅舎」で行われるマルシェの一角に、星読みブースを出店させることが決まった。
これまで1年間、星読みを勉強してきて、数十人無料で鑑定させていただいてきたが、いよいよ「星読み師」としてお金をいただくこととなった。
物心つかぬ頃から何度もくぐり抜けてきた、ステンドグラスがはめ込まれたこの古い建物で、私は第二の職業人生をスタートさせる。
出店の朝、私はきっと、あらためて「旧駅舎」を見回すだろう。
幼かったあの頃を思い出して。
大人になった自分を感じながら。
光が差し込むステンドグラスに、よき出店日となるよう願掛けもしよう。
午後になったら、小学校の下校時刻にあわせて少し抜けて、娘を迎えに行く。
星読み鑑定をする私の横で、娘は、おやつを食べたり、自由帳に絵を描いたりして過ごすのだろう。
「駅」としての思い出は共有できないけれど、「駅舎」としての思い出を。
ステンドグラスのはめ込まれた、あの古い洋館風の建物で。
これから母と娘で紡いでいきたい。
