子育て中のコーヒーは、ずっと冷めている
ホットコーヒーとは、温かいコーヒーのことである。
そして、子育て中のホットコーヒーとは、冷めたコーヒーのことである。
フーフーしながらすすりてぇ…!!!!
世界各国の母たちは、恐らく一度はこう思ったことがあるのではないか。
「I want to sip it while blowing on it…!!!」
「热乎乎地吸溜着吃…!!!」
「Quiero beberlo mientras lo soplo…!!!」
「मैं इसे फूंक मारते हुए पीना चाहता हूँ…!!!」
そもそも熱々のコーヒーなんか飲もうとしてること自体が間違ってるよ、と言わんばかりに冷めるのが常である。
熱しやすく冷めやすいタイプの彼、彼女よりも早く冷める。
冷めたコーヒーを何度もレンジでチンするのは、もはや日常茶飯事だ。そのまま忘れて、数時間後にポツンと取り残された、チンする前よりも絶望的に冷めたコーヒーを発見する。
一緒にかくれんぼしてたのに、隠れた誰かを残して帰っちゃった時は、きっとこんな罪悪感に見舞われるんだと思う。
私には、5歳の一人娘がいる。
二人以上のきょうだいがいる親御さんからすれば、なんの一人!コーヒーくらいゆっくり飲む時間なんてあるでしょうに。と、思われてしまうかもしれない。
てゆうか、私自身がそう思っている。
私の辞書にある『効率』という文字は、たぶんみんなの辞書よりも筆圧が薄いらしい。
「温かいコーヒーを飲む時間がないだってぇ?」と、大家族のお母さんに四の字固めでシバかれたとても、全然文句言わない。言う気にならない。
素直に「すみませんでしたぁぁぁ〜…」と言いながら、恥じらいもなくタップしまくるだろう。
家事はやろうとすれば無限だし、それに加えて無駄な好奇心に溢れた性格が相まって、勝手にドタバタ劇を繰り広げる毎日だ。
今となってはだいぶ手の離れた娘だけど、少し前までは「ママ!」と30秒に2回くらいのペースで呼ばれいた気がする。
そして近頃は60秒に1回と減ったものの、娘の「ママ!」コールは、飲みサークルの「飲んで飲んで!」コールよりも確実に頻繁だ。
シラフなのに少々酔いが回った気がすることもある。
むしろ"幸せな証拠"といっても過言ではないような話だけれど、私はたまに一点を見つめ、耳が自動ドアのように閉まったり開いたりするような時もあった。
ドラえもんですらたまに壊れるんだから、私がちょっとくらいショートしても不思議ではないのだ。
洗い物をしているとリビングから「ママ!」
トイレに入っていると扉挟んでの「ママ!」
娘の真隣に夫がいても何故か「ママ!」
うたた寝しそうな束の間の「ママ!」
あれ…?「ママ」ってなんだっけ?
と、ママのゲシュタルト崩壊が起きそうである。
しかし、これは決して「ママ!」を連呼する娘が悪いという話ではない。
特に日中家にいるのは娘と私の2人きり。むしろ私以外の誰かに話しかけてる方が怖いのだ。
部屋の隅とか見つめながら、1人で楽しそうに話したりしてたらすこぶる怖い。
怪談話や心霊番組が好きな私は、"見聞きする分にはいいけれど、体験するのだけはご勘弁" という、わがままホラーな一面がある。
というわけで、娘の話し相手は私しかいないはずで、私に話しかけるのは至極当然なのだ。
そしてそれは、自分の気持ちや発見をアウトプットしたり共感したいといった、素敵な理由に過ぎない。
来年の春になれば娘は小学生になり、そのうち中学生になり、高校生になり、もしかしたら大学生になる。
友達も増え、たくさんの経験を私以外の誰かと共有しながら、自分の世界を広げていく。
気が付けば、私が娘に話しかけても「今ちょっと待って〜!」と言われるXデーが、いつかやってくる。
だから、冷めたコーヒーを飲むのはきっと今だけだ。
この先熱々のコーヒーなんて、いくらでも飲める時が来るだろう。
ゆったりと椅子に座り、お気に入りの本を片手に、日差しに揺れるカーテンに目を細めながら、ホットコーヒーを味わう。そんな静かな日常が。
そう思えば今この時、冷めたコーヒーを飲むのも悪くないのかもしれない。
クッションがずれまくった椅子の前に立ち、夕飯レシピを検索するためスマホを片手に、よく分からない汚れの染みついたカーテンに白目むきながら、冷めたコーヒーを飲む。こんな賑やかな日常も。
そんなこんなに考えを巡らせながら、私は今朝もコーヒーを淹れた。
頭の中のスケジュール帳には "これから冷める" という予定が、筆圧強めに書き込まれている。
どんなに急いで作ろうとも、ポタ、ポタ、とゆっくり漉されていくコーヒー。
淹れている合間に洗濯物を干したり、布団を畳んだり色々していると、カップの中にはガサツの極みコーヒーが、たっぷたぷに出来上がっていた。
隙間時間に家事をやりたい!という攻めの姿勢が故に、お湯を一気に注いで、放置してしまうクセがついているのだ。
味うっす。ぬっる。
でも今は、冷めたホットコーヒーをうす味でいただける毎日に感謝しよう。
コーヒーと違って、何度もチンできない娘との一瞬を、見逃さないでおこう。
そしていつかは、自分で豆なんか挽いて、ちょっと濃いめのホットコーヒーを、フーフーしながらすすりたい。
