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今までで一番「自由だ」と感じた瞬間は? #42 ハッピーライティングマラソン

本田健さんの企画・ハッピーライティングマラソンに参加しています。
今回のお題は、こちら!

自由、かぁ。
これほどよく使われるけど、人によって解釈がマチマチな言葉も
そうそう無いのでは?(汗)

今回のお題をみて、パッと思いついたのが、
一浪生活を経て志望大学に合格した時の、
あの解放感に満ち溢れた際のことかな。
受験勉強に明け暮れていた、あの頃。
もっと言えば、高校時代からだけではない、
もっと幼かった頃から、何気にずっと。
“学歴社会“
時代もそう。世間もそう。
何なら、身内からしてそうやったなぁ、と。
そこから、ようやく解放された、あの時こそ!
これでもう“自由やぁ!!“って思えたかも。

大いなる抑圧、とでも言うのか。
そういうものから解放された時に、
人って自由を感じるのでは?と、
真っ先に思いついた。

ただ、一方で、こうも思う。
自由には、責任が付きものである、と。
そう、責任。
責任の無い自由なんて、あるのか?と。

そんなことを思うと、かの日のワタシの自由に、
責任なんて、無い気がする。(苦笑)
抑圧から解放されて、ホッとしただけ、みたいな。

そもそも、自由って何だ?

今一度、本田健さんのページに戻る。

自由とは、何でもできることだけでなく、
「これがいい」と自分で選べた瞬間に
ふと感じるものかもしれません。

本田健さんの、今回のお題のページ

これはちょっと、、、難しいかも。(汗)
これまでの人生、誰かに強制されて生きてきた訳ではない。
人生なんて、選択の連続というけれど、
ワタシ自身、自分の意志で選択してきたと思っているけど。
ただ。
ふと感じたことなんて、今まで無かったかもしれない。(苦笑)

というか、これまでを振り返って、
選択肢が表示された時点で、可能性とかを勝手に鑑み、
相当数を間引いたモノやコトの中からしか、
「これがいい」と選んで来なかったのではないか?
だからこそ、ふと感じることなんて無かったのでは?

何だか、そんなことまで考えてしまったよ。。。(汗)

世界に目を向けると、例えば戦争とか宗教とかの制約の中で
それこそ自分の意志で選ぶことさえ出来ない人からすれば、
ワタシは随分とマシなはずである。
にもかかわらず。
ワタシは自分自身で選べる環境にありながら、
狭い了見の中でしか生きてこなかったのでは?

これまでもお題については、考えさせられることが多々あったけど
今回は、ちょっと悩んでしまうレベルにまで達してしまったかも。
本来、自由であるはずのワタシは、
自ら甘んじてしまったのか、
自由を謳歌せぬままに、ここまできてしまったのかもしれない。

自由、、、
うーん、自由、かぁ。。。

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