「目の前のリンゴは存在しない?」量子力学と色即是空の世界
日本は、資本主義であり、
物質至上主義です。
私達は、途上国に比べ、
物質的に豊かです。
こだわりの一品や
ブランド品、高級車、など、
リア充を楽しんでいる方も
多いでしょう。
反面、家、モノや場所など
様々な制約に縛られて
生きていてるのが現状で、
「私は、毎日が幸せ」と
感じる人が少ないのも
事実です。
これから、
「物質」について、
改めて考えてみましょう。
突飛な話なので、
ゆっくり、
着いてきて下さい
あなたの目の前にリンゴが
1個、置いてあります。
その赤いリンゴは、そこに
確かに存在していて、
ちゃんとそこにありますか?
いや、あたりまえだろ!
ちゃんと目の前に
リンゴが見えてるし
手でさわれるし
「間違いなくここにあるよ」と
あなたは言います。
現在、最新の物理学では
物質とは原子、そしてさらに
素粒子で出来ていると
言われています
もちろん、
目の前のリンゴも、です。
それを構成する、
ものすごく小さい原子核は、
(陽子と中性子で出来ている)
(大きさは1cmの1億分の1)
周りに電子を携えています。
では、その中身はスカスカ
だと言ったらどうですか。

図では都合上、
原子のすぐ近くを
電子が回っているように、
描かれていますが、
実は、かなり遠い所に
あることが分かっています。
その距離を例えるなら、
もし、真ん中の原子核を、
パチンコ玉の大きさだとすると、
電子は、広大な東京ドームと
同じ大きさの、
円周を回っています。
その大きな円周の内側には
空気どころか、何もありません。
広大な空っぽで、スカスカの
空間なのです。
しかも、回っている電子の
大きさは、真ん中の原子核の
わずか1/1840しかありません。
これでは、まったく無いのと
同じ、
といってもよい密度です。
おまけに、最近の研究では
電子は、原子核の周りを、
地球と太陽の公転のように、
回っているのではなく、
確率でしか表せない、
といった有様です。
では、どうして、
そのリンゴに触る事が
出来るの?
そんなにスカスカなのに
なぜリンゴに重さを
感じるの?
という疑問が、
当然湧いてきます。
スカスカのリンゴに
触る事が
出来る秘密は、
原子核と電子の間には、
電気的な引力や、
反発する
斥力(せきりょく)があり、
リンゴと、
手の平が電気的に
反発しているので、
手に触った感触が
あるのです。
その重さの秘密は、
ぎゅうぎゅうに
詰まった原子核の
密度にあります。
どれぐらいの高密度
かと言うと、
30センチ四方の
小さな木箱の中に、
今、世界中にある自動車
すべて(82億台)を、
全部、
無理に無理を重ねて、
圧縮し、ぎっちぎちに
詰め込んだほどの
すさまじい密度です。
とても、小さい原子でも、
こんなに超高密度だから、
空っぽのリンゴに
重さがあるのです。
ブランドバックや、
高級車も、
そして、あなたの体も、
そこに、
あるように見えて
いるだけで、
実際、
空気のようにスカスカな、
幻なのです。
さらに、最近は、
その原子の中に、
さらに小さい素粒子が、
存在している事が分かり、
それは、紐のような姿で、
常に弦のように振動し、
その紐の波長の違いが
様々な物質の正体では
ないか。
「実は、波動そのものが
この世界の本質では?」
という学説も出てきて、
益々、物質の存在の立場が、
怪しくなってきています。
「波が、今、たまたま、
リンゴの形をしているだけ」
かもしれません。

仏教では、
般若心経の中で、
その真理を、今から
2400年以上も前から
色相是空(しきそくぜくう)
と表し、
色(物質)とはすなわち
空(ないもの)、
わずか276文字で書かれた
般若心経の中には、
「空」が5回、
「無」が8回も出てきます。
「物質など、
この世に存在しない」と
語っているのです。
20年ほど前は、人前で、
「波動」の話をすると、
「オカルト好きな、
変わり者」
呼ばわりを、
された時代でしたが、
最近は、
やっと、
「時代が追いついてきた感」
が、あります。
僕自身は、以前から、
この世界は、
物質も含めて、すべて
「波」で出来ていると感じていて、
その人の出す「波長」の
高い低い、軽い、重いによって
人生が左右されると
思っています。
「実態は幻」のような、
「物」への執着を手放し、
軽い波長の、
「プラスの言葉」を
多く発して、いつも楽しく、
「こだわりの波動」を
「自由で豊かな波動」に
変調する事が、
機嫌の良い毎日を
歩むコツではないかと
感じています。
読者の皆さんにも、
良い事が
雪崩のように
起きますように。
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