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RUST(ラスト) : 監視社会のノイズ 1~5

監視システムが広がっていく近未来


 鉄サビ色のワンピースを着て、リナは、けだるく歩く。髪を切りすぎた。
 6月の午後、雨上がり。湿気がうっとうしい。ドローンが増えている。
「おー、リナ ごくろーさん あれっ 髪切った 」
 ボーカルのホシが珍しく早い。
「トウイ 来てる? 」
「まだみたい 」
 ROSTのベーシスト、トウイ。 一応、リナの彼氏ということになっている。
「単独ライブだ 楽しもう 」
 男4人のバンドだ。今日はヘルプでリナもタンバリンなんかで紅一点参加する。
「ドラムの調整 時間大丈夫 」
 湿気が多いのを心配して、ギターのランが声を掛けた。
「平気 気にしない 」
「気にせい 」
 ホシとランが同時にミチに突っ込む。
「よーし 行けるかあ 」
 遅れてトウイがやって来た。新しいサックスブルーの革ジャンを着ていた。
「デリケートな時だから 頼むよ 」
 ホシが珍しく神経質だ。
 地下4階のライブハウス『ノンマルト』は、もともとシェルターだった。天井は高いが、空気は淀んでいる。コンクリートは薄っすら汗をかいている。
「先週の検挙 ヤバかったらしい 」
「荒いって 聞いた 」
 反政府的な楽曲の多いROSTにとっては気になる。
「あんまり飛ばさない方がいいか 」
「何言ってるの いつものROSTよ 」
 リナが言う。トウイを見る。
「切りすぎたね 」
 リナはそれには答えず
「ミチ ポマード貸して 」
 ミチはモヒカンをポマードで髪をバックにしている。
「はい これ 」
 リナが今日のウェアを渡す。フランスの牧師用の汚れた古着のアンダーシャツだ。ホシのにだけ三角の縁取りにドローンのペイントがラストオレンジのペンキで描かれている。ドローンにはまつ毛の長い目が一つ。
 リハーサルが始まった。ステージの中央には、監視カメラがコードを引き抜かれた状態で山積みにされている。その山に、笑った人の顔が次々に映し出された。ギターの尖ったイントロがノンマルトのざらついた内壁に突き刺さった。
 舞台袖では、ノンマルトのマネージャーが中指を立てて笑っている。それを見たリナも笑った。
 一曲目は『1000の目』。ROSTのポジションを作った曲だ。監視カメラが人格を持ち、反抗する人間だけを選び出して毒殺しようとする。その曲が終わろうとした時、大勢の制服の男たちが雪崩れ込んできた。大きく開いた扉に警棒を持った制服が立ち塞がった。罵声が飛び交い、倒れた楽器がノイズを放つ。メンバーの4人とマネージャーが捕らえられた。リナは逆の舞台袖側にある非常口から飛び出す前にトウイを見た。トウイだけ静かだ。まるでこの混乱を予期していたかのように。好きだったトウイのクールさ、でもこれは違う。
 地上への出口の手前、追っかけのファンたちに紛れ込んで外に出た。真っ黒の護送車がリナの目に留まった。


 打合せしていた教会に、リナは向かわなかった。日が暮れそうな街を歩いた。下を向き、目立たないように。そして、警察署に着いた。そこには、あの護送車が停まっていた。駐車場の入り口のガードレールに噛んでいたチューイングガムを貼りつけ、来た道を戻っていった。
 部屋に戻ったリナは、端末を開き、匿名性の高いアプリで、母親に連絡を取った。そして、ロシア経由のAIを使い、捕らえられた5人の誰かが出てきたら知らせるように設定して、ワンピースを脱いでベッドに横になった。目は閉じない。天井を見ている。胸の奥で、小さな音が聞こえている。壊れたギターのノイズのようだ。
「こんな時でも お腹は 減るんだなあ 」
 アフリカンファブリックと石こうの彫刻たち。隙間は植物で覆われていた。高校のために東京に来てから8年目の棲み処だ。トウイの場所には、疲れたクッションがあった。
 ガムで貼り付けたカメラから映像が送られてきた。長崎の母親からも指示が届いた。『動くな』それだけ。


 動画はもう上がっていた。上げたのはノンマルトのスタッフだろう。YOUTUBEとXで。
 ランのギターのイントロから。ROSTの1000の目の演奏が始まる。にこやかなメンバーが映る。本番とは違う。リラックスしている。リハーサルでも10人以上の人がいる。やっぱり、ドラムのミチが首を傾げている。他にスマホで撮っているスタッフもいた。笑っている。音が割れている。ホシがいいねと頷いている。いい空気が発生していた。が、突然の怒鳴り声で演奏が潰れる。ドアがけ破られ制服がなだれ込んでくる。演奏を止めたランの顔が映る。驚きと恐怖の目。撮影者の衝撃が伝わる。ぶつかる。スマホが床に落ちる。「やめろ」誰かの声が遠くで歪む。天井のライトだけが映る。罵声と乱れた足音と不安な空気。スマホが蹴とばされ画面が変わる。逆さになった。ホシが引きずられていく。両脇を捕まえられたトウイがその後を歩いていく。掴まれ、拾い上げられ、激しい呼吸音で動画は終わる。
 削除とアップが繰り返される。AI処理された動画と、その後のメンバーの状況までAIで作られた。拘置所で1000の目を歌っているホシ。
 そして、もう一つのアングル、別の動画には短い時間だが、リナの横顔が映っていた。何かを凝視している。


 リナの両親は長崎にいる。ふたりともプロテスタントの牧師だ。
 ベンチが海からの風で錆びついている。ヒマワリが伸びてきている。外海(そとめ)の海は優しい色だった。
 そして、ここがハーバーの拠点になっている。両親は5年前、活動を開始した。東京にも支部を作った。同じくプロテスタントの教会で。
 政府の監視が強くなり、こんな辺境の地でもドローンが飛来するようになった。
『虫取り』といって人々はドローンを捕らえて潰しだしたが、二台以上で行動させるようになり、検挙される人間が増えている。安全と防犯のためと、政策は続いている。
 7月の後半になり、リナは外海浜礼拝堂に帰っていた。頭上には二台のドローン。リナを見ている。
 母親の立花友里は、ヒマワリに水をやっている。
「来週は 私も一緒に東京に行くわ 」
 リナは静かに振り向いて、友里を見た。友里はまっすぐリナを見つめ返した。
「昨日 ホシくん以外のメンバーとノンマルトのマネージャーは不起訴になって釈放されたみたい 」
「 トウイは 」
「 怪しい 」
 山谷冬維。大阪出身。孤児院で過ごし、18歳から渋谷の楽器店で働きだした。そこでROSTのホシと出会った。リナとも。
 東京に戻る一日前、決定的な情報が入った。トウイが勾留されていたはずの7月10日、孤児院に姿を現していた。リナは態度を決めた。トウイは内通している。
 夜になっても、リナは一人で海を見ていた。


「教会に行ってくる 」
 友里は、あまり教会には来るなと言い残して、タクシーに乗った。リナはトウイの部屋へ向かった。
「ずいぶん長かったわね 」
「ひどいもんだよ 」
「で どうするつもり 」
「ROSTはしばらく動けないから また 楽器屋でバイトするよ 」
「教えてあげる 」
 メモを取ってトウイに見せた。『私は ハーバー 』 
 リナの髪をなでていた手が止まった。トウイは横を向いた。
「どうする 」
「・・・・・俺 孤児院のときから 我慢ばっかりしてきた 」
 トウイは膝を抱いて、唇に指を当てた。
「で どうする 」
 リナは表情を見せない。
「・・どうしたらいい 」
 部屋には西日が入り込み、全部をオレンジにしていた。
 リナは黙って人差し指を口に当てから、トウイの体を調べだした。革ジャンの襟の裏とミサンガにそれはあった。小さい。
「今日は 泊っていい? 」
 リナはまっすぐトウイを見た。胸の奥で、気持ちが錆び付きはじめた音がした。嫌だった。
 トウイを試すのか、自分を試すのか。心の中はどうなっている。何人もの自分が一人の自分を見ている。

 トウイには両親の記憶はない。園長先生が母親代わりで育った。人懐っこい目をした男の子は可愛がられた。幼稚園に入る前に養子縁組の話が来た。その夫婦は、ほんとうに喜んだ。しかし、試験養育期間が過ぎても、トウイは園長先生が忘れられなかった。元気がなく、あまり食事も取らないトウイを見て夫婦はあきらめて、孤児院へ戻した。それからも縁組の話はあったが、トウイは園長先生の後ろに隠れた。生活は決して豊かではない。養子に行ってくれた方が、恵まれた生活が送れるのは明らかだ。園長先生も苦しかった。トウイは園長先生に捨てられないようにいい子にした。痛々しいくらいに。
 その園長先生が亡くなった。告別式が7月10日だった。

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