RUST(ラスト) 全話
あらすじ
監視システムが張り巡らされた近未来。反体制バンドのライブ中、突然の強制捜査で仲間たちが拘束される中、リナだけが逃げ延びる。やがて恋人トウイの裏切りの疑いに直面しながらも、彼女は仲間の奪還と監視社会への反抗を決意。教会ネットワーク「ハーバー」やハッカーの協力を得て、大規模なプロテストとサイバー攻撃を仕掛ける。都市を覆う監視網は崩壊し、人々は一瞬の自由を取り戻す。傷と疑念を抱えながらも、リナは新たな抵抗の時代へと歩み出す。
監視社会のノイズ (前編)
監視システムが広がっていく近未来
1
鉄サビ色のワンピースを着て、リナは、けだるく歩く。髪を切りすぎた。
6月の午後、雨上がり。湿気がうっとうしい。ドローンが増えている。
「おー、リナ ごくろーさん あれっ 髪切った 」
ボーカルのホシが珍しく早い。
「トウイ 来てる? 」
「まだみたい 」
ROSTのベーシスト、トウイ。 一応、リナの彼氏ということになっている。
「単独ライブだ 楽しもう 」
男4人のバンドだ。今日はヘルプでリナもタンバリンなんかで紅一点参加する。
「ドラムの調整 時間大丈夫 」
湿気が多いのを心配して、ギターのランが声を掛けた。
「平気 気にしない 」
「気にせい 」
ホシとランが同時にミチに突っ込む。
「よーし 行けるかあ 」
遅れてトウイがやって来た。新しいサックスブルーの革ジャンを着ていた。
「デリケートな時だから 頼むよ 」
ホシが珍しく神経質だ。
地下4階のライブハウス『ノンマルト』は、もともとシェルターだった。天井は高いが、空気は淀んでいる。コンクリートは薄っすら汗をかいている。
「先週の検挙 ヤバかったらしい 」
「荒いって 聞いた 」
反政府的な楽曲の多いROSTにとっては気になる。
「あんまり飛ばさない方がいいか 」
「何言ってるの いつものROSTよ 」
リナが言う。トウイを見る。
「切りすぎたね 」
リナはそれには答えず
「ミチ ポマード貸して 」
ミチはモヒカンをポマードで髪をバックにしている。
「はい これ 」
リナが今日のウェアを渡す。フランスの牧師用の汚れた古着のアンダーシャツだ。ホシのにだけ三角の縁取りにドローンのペイントがラストオレンジのペンキで描かれている。ドローンにはまつ毛の長い目が一つ。
リハーサルが始まった。ステージの中央には、監視カメラがコードを引き抜かれた状態で山積みにされている。その山に、笑った人の顔が次々に映し出された。ギターの尖ったイントロがノンマルトのざらついた内壁に突き刺さった。
舞台袖では、ノンマルトのマネージャーが中指を立てて笑っている。それを見たリナも笑った。
一曲目は『1000の目』。ROSTのポジションを作った曲だ。監視カメラが人格を持ち、反抗する人間だけを選び出して毒殺しようとする。その曲が終わろうとした時、大勢の制服の男たちが雪崩れ込んできた。大きく開いた扉に警棒を持った制服が立ち塞がった。罵声が飛び交い、倒れた楽器がノイズを放つ。メンバーの4人とマネージャーが捕らえられた。リナは逆の舞台袖側にある非常口から飛び出す前にトウイを見た。トウイだけ静かだ。まるでこの混乱を予期していたかのように。好きだったトウイのクールさ、でもこれは違う。
地上への出口の手前、追っかけのファンたちに紛れ込んで外に出た。真っ黒の護送車がリナの目に留まった。
2
打合せしていた教会に、リナは向かわなかった。日が暮れそうな街を歩いた。下を向き、目立たないように。そして、警察署に着いた。そこには、あの護送車が停まっていた。駐車場の入り口のガードレールに噛んでいたチューイングガムを貼りつけ、来た道を戻っていった。
部屋に戻ったリナは、端末を開き、匿名性の高いアプリで、母親に連絡を取った。そして、ロシア経由のAIを使い、捕らえられた5人の誰かが出てきたら知らせるように設定して、ワンピースを脱いでベッドに横になった。目は閉じない。天井を見ている。胸の奥で、小さな音が聞こえている。壊れたギターのノイズのようだ。
「こんな時でも お腹は 減るんだなあ 」
アフリカンファブリックと石こうの彫刻たち。隙間は植物で覆われていた。高校のために東京に来てから8年目の棲み処だ。トウイの場所には、疲れたクッションがあった。
ガムで貼り付けたカメラから映像が送られてきた。長崎の母親からも指示が届いた。『動くな』それだけ。
3
動画はもう上がっていた。上げたのはノンマルトのスタッフだろう。YOUTUBEとXで。
ランのギターのイントロから。ROSTの1000の目の演奏が始まる。にこやかなメンバーが映る。本番とは違う。リラックスしている。リハーサルでも10人以上の人がいる。やっぱり、ドラムのミチが首を傾げている。他にスマホで撮っているスタッフもいた。笑っている。音が割れている。ホシがいいねと頷いている。いい空気が発生していた。が、突然の怒鳴り声で演奏が潰れる。ドアがけ破られ制服がなだれ込んでくる。演奏を止めたランの顔が映る。驚きと恐怖の目。撮影者の衝撃が伝わる。ぶつかる。スマホが床に落ちる。「やめろ」誰かの声が遠くで歪む。天井のライトだけが映る。罵声と乱れた足音と不安な空気。スマホが蹴とばされ画面が変わる。逆さになった。ホシが引きずられていく。両脇を捕まえられたトウイがその後を歩いていく。掴まれ、拾い上げられ、激しい呼吸音で動画は終わる。
削除とアップが繰り返される。AI処理された動画と、その後のメンバーの状況までAIで作られた。拘置所で1000の目を歌っているホシ。
そして、もう一つのアングル、別の動画には短い時間だが、リナの横顔が映っていた。何かを凝視している。
4
リナの両親は長崎にいる。ふたりともプロテスタントの牧師だ。
ベンチが海からの風で錆びついている。ヒマワリが伸びてきている。外海(そとめ)の海は優しい色だった。
そして、ここがハーバーの拠点になっている。両親は5年前、活動を開始した。東京にも支部を作った。同じくプロテスタントの教会で。
政府の監視が強くなり、こんな辺境の地でもドローンが飛来するようになった。
『虫取り』といって人々はドローンを捕らえて潰しだしたが、二台以上で行動させるようになり、検挙される人間が増えている。安全と防犯のためと、政策は続いている。
7月の後半になり、リナは外海浜礼拝堂に帰っていた。頭上には二台のドローン。リナを見ている。
母親の立花友里は、ヒマワリに水をやっている。
「来週は 私も一緒に東京に行くわ 」
リナは静かに振り向いて、友里を見た。友里はまっすぐリナを見つめ返した。
「昨日 ホシくん以外のメンバーとノンマルトのマネージャーは不起訴になって釈放されたみたい 」
「 トウイは 」
「 怪しい 」
山谷冬維。大阪出身。孤児院で過ごし、18歳から渋谷の楽器店で働きだした。そこでROSTのホシと出会った。リナとも。
東京に戻る一日前、決定的な情報が入った。トウイが勾留されていたはずの7月10日、孤児院に姿を現していた。リナは態度を決めた。トウイは内通している。
夜になっても、リナは一人で海を見ていた。
5
「教会に行ってくる 」
友里は、あまり教会には来るなと言い残して、タクシーに乗った。リナはトウイの部屋へ向かった。
「ずいぶん長かったわね 」
「ひどいもんだよ 」
「で どうするつもり 」
「ROSTはしばらく動けないから また 楽器屋でバイトするよ 」
「教えてあげる 」
メモを取ってトウイに見せた。『私は ハーバー 』
リナの髪をなでていた手が止まった。トウイは横を向いた。
「どうする 」
「・・・・・俺 孤児院のときから 我慢ばっかりしてきた 」
トウイは膝を抱いて、唇に指を当てた。
「で どうする 」
リナは表情を見せない。
「・・どうしたらいい 」
部屋には西日が入り込み、全部をオレンジにしていた。
リナは黙って人差し指を口に当てから、トウイの体を調べだした。革ジャンの襟の裏とミサンガにそれはあった。小さい。
「今日は 泊っていい? 」
リナはまっすぐトウイを見た。胸の奥で、気持ちが錆び付きはじめた音がした。嫌だった。
トウイを試すのか、自分を試すのか。心の中はどうなっている。何人もの自分が一人の自分を見ている。
トウイには両親の記憶はない。園長先生が母親代わりで育った。人懐っこい目をした男の子は可愛がられた。幼稚園に入る前に養子縁組の話が来た。その夫婦は、ほんとうに喜んだ。しかし、試験養育期間が過ぎても、トウイは園長先生が忘れられなかった。元気がなく、あまり食事も取らないトウイを見て夫婦はあきらめて、孤児院へ戻した。それからも縁組の話はあったが、トウイは園長先生の後ろに隠れた。生活は決して豊かではない。養子に行ってくれた方が、恵まれた生活が送れるのは明らかだ。園長先生も苦しかった。トウイは園長先生に捨てられないようにいい子にした。痛々しいくらいに。
その園長先生が亡くなった。告別式が7月10日だった。
6
友里に会うために、早くにトウイの部屋を出た。次の手はさすがに友里に相談したかった。東京駅の雑踏の中、歩きながら話をした。リナはそのまま山手線に乗り込んだ。窓ガラスに映った自分の目が自分を見ていた。
「見てほしかったり 見られたくなかったり 見たかったり 見たくなかったり 勝手なもんだ 」
トウイのバイト時間に店に行った。シンセサイザーを叩きもって、計画を説明した。トウイも最後のチャンスだと分かっている。
『 ROSTの★ 奪還計画(作戦・い) 』
SNSで大規模にプロテストの参加者を募集する。日比谷公園に集まり警視庁のある霞が関までデモ行進する。一か月後に決行。ドレスコードは『目』。主催者はROSTファンクラブ。『1000の目』をBGMに行進する。トウイたちメンバーも参加させる。海外のメディアも呼び込む。同時に電波オークションの法整備も訴える。もちろんYOUTUBEなどでの同時配信も。『ノンマルト』や『ギャンゴ』などのライブハウスもスポンサーになってくれた。
ところが、準備が進行して3週間ほどした金曜日、ホシが釈放された。
「効果があったわ 相手もまじめにやってるわね 」
友里は長崎に戻らず、リナと行動していた。
「じゃあ 『作戦・ろ』は端折って『作戦・は』に行きましょう 」
この人は楽しんでいる。リナは首を傾げて母親を見た。友里はリナにウィンクした。
しかし土曜日、ホシがトウイを呼び出し暴行を加えた。トウイは一方的に殴られていた。他のメンバーもいたが、黙ってみていた。ミチがリナに連絡してくれた。
トウイは入院し、ホシは再び拘留された。ROSTは危機的状況になった。
7
SNSにリナがトウイに肩を貸して歩く後ろ姿が上がった。それが切っ掛けで世間はリナに注目した。その時もあの鉄サビ色のワンピースを着ていた。『サビ色のワンピースの女』はたちまち炎上した。
そのことが『作戦・は』に功を奏した。
想像以上にドローンが増えた。リナは見上げて手を振ったり、中指を立てて笑ったりした。
そして、父親の勇人が東京にやって来た。学生時代の友人スティーブを連れて。リモートでもいいのに、出張中の北京からやって来たスティーブは東京観光を楽しみ、はしゃいだ。ハッカー仲間で『ゴッドハンド』と呼ばれている人間には見えない。
友里が『作戦・は』の説明をした。スティーブは大いに笑い、リナは嫌がった。
決行の前日、一つの動画がアップされた。トウイが病院のベッドから話し掛けた。泣きながらの懺悔だった。体制側の姑息なやり方を糾弾した結果になった。動画は炎上した。
体制側はプラットフォーマーに圧力を掛けた。削除とアップのイタチごっこになった。そして、自然発生型のプロテストを警視庁の周りに作り出す切っ掛けへと繋がった。
そして、ハーバーの攻撃が始まった。
リナはサビ色のワンピースを着て渋谷を闊歩した。ドローンが数台リナを追いかけた。9時9分9秒、ほとんどのデジタルサイネージがそのリナの姿を映し出した。それはドローンの数だけバリエーションがあり、人々は驚いてそれを見た。何が起こっているのか。数日前のSNSでの炎上のサビ色のワンピースの女。あの件の続きだ。群衆は、注目した。指をさし、顔を見合わせ、写真や動画を撮った。そして最後に笑顔になり、笑い声が起こった。リナはドローンに向かいウィンクし、中指を立ててやさしい笑顔を見せた。
まだスティーブの仕掛けはある。サビ色っぽい服装の女性を選び、AIはその顔をリナに作り替え、デジタルサイネージに映し出した。何百というリナが渋谷に現れた。スティーブは左首、耳の下3センチのところの灯台の小さなタトゥーも忘れなかった。映った自分と並んで写真を撮ったり、ダンスする若者も多かった。SNSはそれを瞬く間に全世界に広げた。
誰かが言った。
「これ、全部…乗っ取られてる 」
次の仕掛けは12時12分12秒。ドローンは各ターミナルに回収されていた。オフ状態になっていたドローンでも電源が入った。そして目の前のさまざまな光景を発信し出した。少し落ち着きを戻していた渋谷の群衆は立ち止まり、再び笑い声で溢れることになった。何千人という管理者、技術者、警備員が映し出されていた。みんないろんな表情で道行く人を楽しませた。この状況も全世界に広まったのは言うまでもない。
そして、政府の監視システムはダウンした。そして、サビ色のワンピースが流行り出した。
8
リナたち家族は長崎の外海に帰っていた。晩秋の海、今日は穏やかな色だ。空にはウミネコだけが飛んでいた。友里は錆びたベンチの枯れたヒマワリの種を取っていた。
『作戦・は』はROSTを中心に、週末の特別番組になった。作ったのは名古屋の地方局だった。家族はYOUTUBEで見た。それは100万再生を一瞬で越えた。
『1000の目』は『1000の手』となり演奏された。今回は早く釈放されたホシがトウイに目配せした。トウイは恥ずかしそうに上目遣いでホシを見返した。ライブで着れなかったアンダーシャツで。全員、腕はサビついていなかった。
9
あくる日、家族は外海浜礼拝堂を締め、霞が関に向かった。
2日後、警察隊が抜け殻のそこに、踏み込んだ。
講壇には、朽ちたヒマワリの花束が置いてあった。引き抜かれた監視カメラと共に。
リナだけは新幹線を途中下車し、大阪にいるトウイに会いに来た。ROSTは活動を停止していた。
「久しぶり 覆面人気ユーチューバーさん 」
トウイは少し照れて、リナを抱き上げた。
「ここ すぐに分かった? 」
中津にある小さなギャラリーの地下。天井は低いが、二層になっている。
「いろいろ援助してもらって助かってるよ やっと収益も安定してきたし 」
「そんな才能があったとはね 」
トウイはリナを下の層へ案内した。
「まだ量産には時間が掛かるけど やっとスムーズに動き出したよ 」
3Dプリンターが二台。超小型のドローンを作り出していた。
「目立たないブルーグレーで作ってるけど ラストオレンジの材料でも少し作ってみようと思ってる 囮にしたり 象徴的に使ったりするのに 」
「夜間も大丈夫だよね 」
「赤外線もいけるよ 」
「楽しんでるね 」
「100g未満だから規制も緩いし・・ でも風には弱い 」
腕試しの段階だと、リナはトウイを見た。
「それとね 隣でミニFM局をやってる人に頼んで アンテナを使わせてもらう約束をしてる 」
「大丈夫? 」
「定年10年 世捨て人 哲学を発信してる アンチ体制の人 ってゆーよりアナーキー 仲良くやってるよ 」
トウイの笑っている姿は久しぶりだった。しかし同時に、なぜか寂しい思いがあった。
「あんまり引き込んで 迷惑かけないようにね 」
「了解 ボス 」
中津の居酒屋で食事を済ませ、二人は恋人同士に戻った。トウイは小さな声で裏切りを詫びた。リナは聞こえないふりをした。
10
政府の追跡が激しくなっている。
「アメリカはどう? 」
友里は勇人に聞いた。
「協力的だよ ここの契約も完了してるし 」
霞が関の雑居ビルの一室、勇人のケンブリッジ時代の知人。コンサルティング企業のCEOに名前を貸してもらった。
「中国の方は 時間が掛かるわ 」
「いいよ そっちは 慎重にやろう 」
もう一部屋、中国の輸出企業の名義で借りる予定だ。こっちは友里の上海時代のツテを使って。
政府は、監視システムの再構築を進めている。反乱分子の制圧も同時に。そのための戦術をハーバーは取った。灯台下暗し。霞が関で、アメリカと中国の壁を利用して。
しかし、秘密裏に街中の監視カメラは急増していた。一つの例として信号機の黄色LEDにカメラを忍ばせている。それを顔認証システムに連動させていた。ドローンも新型を増やしていた。高高度撮影のできる6K高解像度ドローンの製造の量産化に入った。国産にシフトしていた。
そしてある日、友里が捕捉されてしまった。昼間はシリコンマスクを使っていたが、日が暮れてからも使っていたため、赤外線を利用した夜間用ドローンに発見された。
公安に尾行され、渋谷の雑踏の中、それに気が付いた。スクランブル交差点を全力で駆け抜けた。何人にもぶつかったがスピードは落とさない。後ろで怒鳴っている男に尾行者がぶつかり二人とも倒れこんだ。尾行者は二人だ。友里はヒカリエに入って上層階を目指した。10階でエレベーターを降り、一瞬9階で迷ったが8階へ階段で。そしてトイレに入った。コートを脱ぎ、髪を解き、ⅯA-1を裏返し、パンプスを捨て、カンフーシューズに履き替えた。MiuMiuのパンプスをゴミ箱に入れるとき躊躇したが。そしてシリコンマスクを外し、呼吸を整え、トイレを出た。地下へ向かい人波に紛れメトロに乗り込んだ。霞が関と反対方向の中目黒で降車し、人の流れに乗って目黒川に向かった。そして古民家をリノベーションしたカフェに入った。満席だったが、少し待って席に着いた。湯気の立った薬膳スープを飲み、落ち着かせた。スマホを失くしたと言い、カフェに一人だけの男子スタッフに借りて、事務所に電話を掛けた。勇人に教えてもらっていたスラングで、現状を説明した。
迎えは20分後に来た。中国人の白タクだ。なにも話す必要はなかった。スムーズに霞が関の雑居ビルに着いた。
部屋に入った友里は、ドサッと椅子に座り、
「ごめん 」
とだけ言った。
11
いきさつはリナとも共有した。
それを聞いたリナは、次の『作戦・に』のテストを大阪でしたいと提案した。
トウイも覚悟を決めていた。
「裏切っていた チャンスだ 一生懸命だ 必死だ 」
勇人はヘルプを二人手配してくれた。
中国人のドローンプログラマー。NP。女性45歳。デブッチョ。中国語しか話さないが、日本語は理解できる。
日本人ハッカー。鉄男。19歳。ガリガリのノッポ。Y-3しか着ない。AI映像も一流だ。
リナは、勇人と友里のコネクションには、いつも驚かされる。
ターゲットは大阪府警察本部長 亀田雄二57歳。計画は単純だ。監視する。プライベートを暴く。
亀田の自宅は箕面市。だが、ウィークデイは中央区のホテルに寝泊まりしている。移動はすべて車だ。それをドローンで24時間、追跡、監視する。映像でターゲットを捕捉したものを1日遅れでSNSにコメントせずに上げる。そして1日で削除する。拠点は、中津は使わずにワゴン車で移動しながら発信する。ワゴン車の運転はROSTのランとミチが交代でする。
「田舎で 免許取り立ての頃を 思い出す 」
緊張が隠せない。
リナはバイクでアシストする。ドローンは50台を使う。定点での監視は飛行させずに着地状態で監視させる。これには15台を使うことにした。キックオフは1月の後半になった。ROSTの三人は武者震いし緊張した。NPと鉄男は変わらない。リナはその様子を見て少し笑った。
12
初日、ほとんど再生回数は認められない。2日目も。3日目10回、4日目18回、5日目アタリが来た。あるユーチューバーが、変な動画があるが、すぐに削除されている。と投稿した。
亀田の顔には面白いモザイクが掛けられていた。中国の変面だ。それも注目された要因になったようだ。気をよくした鉄男はバリエーションを広げた。ジェイソン・ボーヒーズ、フレディー・クルーガー、キョンシー、ダースベイダー・・・再生回数は上がっていった。また、それに注目するユーチューバーも増えた。誰が何のために挙げているかも話題になった。そして府警察本部長も特定された。警察側も威信をかけ、調査しだした。が、見付けられなかった。プラットフォーマーに削除させるのが精いっぱいだが、元々、1日で消える。再投稿するユーチューバーも圧力が掛けられるので1日で自ら削除した。そしてそれが連鎖して誰が誰の後に挙げるか。ルールが出来てきた。映像は地下で保存されることになっていった。日曜日のゴルフ観戦は盛り上がった。モザイクはゴルフに関係するキャラが登場した。その中ではプロゴルファー猿が受けたようだ。ドローンに気が付いた取り巻きたちは、ドローンにゴルフボールを投げてきた。それを鉄男はかめはめ波に変更して遊んだ。体制側は戦慄した。次は東京か!
その挙げられた動画の最後には『 汝 悔い改めよ 』という文字が2秒間浮かび上がった。
ワゴン車は4時間ごとに移動し、リナは食事を運んだ。シリコンマスクをして。夜はシリコンマスクはなしで普通のマスクだけにした。ワゴン車の周りを目立たないようにパトロールした。また、余ったドローンで自分たちの周りをパトロールした。夜警の警察官の行動も把握して注意した。そして2週間、ミッションは終了した。
中津の居酒屋で6人は乾杯した。NPが初めて日本語を話した。それによるとNPはノンプロブレム。私に任せろ。という事らしい。みんな納得して紹興酒で乾杯し直した。NPは『牛タンだしのたこ焼き』は世界一美味しいと二皿頼んだ。鉄男はこれを最後の仕事にして、世界を放浪すると言った。世界のハッカーに直接出会ってホワイトハッカーのグループを作ることが夢だと教えてくれた。ホワイトサワーで乾杯した。そして、19歳の鉄男は酔い潰れた。
13
中津のアジトは撤収した。トウイたちは東京へ移ることになった。隣のアナーキスト老人は寂しがってくれた。トウイも。老人はハーバーに協力したいと申し出てくれた。リナは断ったが、老人は頑なに頼んだ。後の人生を誰かのために生きたい。今までそんなことは思わなかったが、トウイと知り合ってそう感じたと。トウイは少し涙ぐんでいた。リナは上と相談して連絡すると言った。
リナとトウイは下北沢の教会にいた。リナの両親が待っていた。
リナとトウイは興奮気味に、大阪での『作戦・に』のテストミッションを報告した。
友里は真顔になって
「ご苦労様でした いろいろデータが取れて 今後の参考になりました 作戦も正確に実行してくれて 経験出来たことも良かったと思います でも 今の二人では 本番に失敗すると思います 」
トウイはリナを見て、リナは母親を睨んだ。
「なぜ ですか 」
「リナ そういうもんなんだ 」
リナは父親を見た。
「分かりません ちゃんと 教えてください 」
「じゃあ こっちへおいで 」
リナは両親の後ろ姿を睨んだ。
礼拝堂へ移り、勇人は祈りだした。
「天の父なる神様 リナたちが大阪での役目を無事に終え こうして東京へ導かれたことを感謝いたします 今 リナたちはさらなる大きな舞台を前にしていますが どうか二人の心をあなたが見守ってくださいますよう 主よ 私たちは自分の力で成し遂げたと思うとき 知らず知らずのうちに自らの『欲』を握りしめ 『おごり』の中に身を置いてしまいます 成功を自分の手柄とし あなたの恵みを忘れてしまう私たちの愚かさを どうかお赦しください 今 リナたちの心から 自分を誇る思いや 結果を追い求める焦りを取り除いてください 彼女たちが自分の力に頼るのではなく あなたに生かされていることを思い出し 空っぽの心であなたの御用を果たすことができますように どうかこの場所で 彼女たちが 本当の謙遜を知ることができますように 主イエス・キリストのお名前によってお祈りします アーメン 」
静かに聞いていた二人はじっと前を見ていた。
それ以上の説明は、勇人も友里もしなかった。
両親は霞が関の雑居ビルに戻り、リナとトウイは、引っ越しのため、リナの部屋へ行くことにした。
14
トウイは、久しぶりに部屋を見て懐かしがった。
「なにこれってやつばっかり いつも思うけど よく落ち着けるよな 」
胸の辺りまである石こうの塊の頭をペタペタ叩くトウイ。
「精神構造が あなたとは違うのよ 」
軽く首を傾げて
「そんなもんかね 」
「これ 全部壊して 河原に捨てに行くから 今晩 」
トウイは声に出さず、「全部 俺が 運ぶんですか 」と自分を指さす。
リナも声には出さず、「そうよ 」と頷く。
リナはアフリカンファブリックを片付けだした。そして1時間後、グリーンクリーンキャリーと描いたジャケットを着た清潔系男子が二人来て、植物をすべて持ち出した。そしてまた1時間後、引取屋と描いたTシャツをセーターの上に着たガテン系男子二人が来て、家財道具を運び出した。後に残った衣類とパソコンなどは大きめのキャリーバッグに詰め込んだ。トウイはまだ、石こう像を破壊していた。
すべての破壊された石こうの山を見て、自分の姿とダブって見えたトウイは、嫌な気持ちになって、忘れようとした。そして、河原へ何度も往復した。
最後の河原から戻ったトウイに、リナが声を掛けた。
「銭湯 行くよ 」
トウイは 「こいつといると 殺される 」と心の中で叫んでいた。
シャッター街になりつつある商店街の小さな店で、お好み焼きともんじゃ焼きを食べ、ビールを飲んだ。
「トウイはお好み焼きだ 」
「リナはもんじゃだなあ 」
「俺は 形が決まっていて 融通が利かない 」
「私は 形が決まらず 自分を探してる 」
そんなことを言って、また乾杯した。
用心のため、その夜は3時に部屋を出た。あの白タクが時間通りに迎えに来ていた。そして3時間後、警察が踏み込んだ。そこにはメモが残されていた。
『NEED OIL NOT RUST』
見つけた警察官は首を傾げて、刑事に見せた。
「なんか いやな感じだなあ 」
15
スティーブがまたやって来た。北京での仕事を終わらせて。『作戦・に』のテストミッションを見ていて、参加したくて仕方がなかったとのこと。いろいろアイデアと協力者を紹介したいと。
そして、あのアナーキスト老人:権田姫三郎も東京に来てしまった。トウイは喜びつつ慌てた。
「どうするのよ おじさん 」
トウイは保護者のような気分でいる。
「トウイと一緒に暮らそうと思ってね 」
トウイは驚いた。そこは、青葉台の豪邸が続く地域。250坪はある豪邸の離れを自由に使っていいことになっていると権田は言う。
「昔 世話をしたことのある研究者の父親が残した家じゃ 投資のアドバイスをしたら億単位で設けたらしい 礼をすると言われたが断った それで 今回 借りを返せと言ったら ここをどうぞって 」
トウイは目まいがした。
「公安は結構掴んで居る 気を付けた方がいい 」
リナから聞いていたのと、同じ人物だろうか。勇人と友里は歓迎した。スティーブとも気が合った。スティーブと権田は哲学の話で盛り上がった。特にシモーヌ・ヴェイユで。はじめは、ハイアットリージェンシー東京に宿を取っていたスティーブは、ほとんど青葉台に入り浸った。トウイは二人の会話はチンプンカンプンだった。
リナは新しい棲み処をトウイに教えていない。バイクで外出することが多くなり、トウイは少し物足りなさを感じた。が、仕方がないと自分に言い聞かせた。
一方、ROSTのホシ、ラン、ミチは、ライブハウス『ギャンゴ』のオーナーの江の島の別荘で暮らしていた。スタジオもあり楽しく曲作りをしていた。トウイも時間があれば通っていた。そこからYOUTUBEの配信も行い、チャンネル登録者を増やし続けていた。発信はROST全員で仮面を着けて、ほぼ毎日行っていた。
そして、ハーバーは『作戦・に』の準備が整いつつあった。SNSの発信で協力を得られるユーチューバーなども50人以上になっていた。しかし、体制側からの協力金を受け取っているユーチューバーも増えており、警戒を要した。が、配信を受けるオーディエンスのモラルも上がってきている。体制側と繋がっている配信者を特定し、チャンネル登録を外す運動もSNS上で始まっていた。体制側は予算を突っ込み、有力ユーチューバーの囲い込みに必死になっている。またプラットフォーマーも削除に応え、収入を上げていた。日本でのそのような動きは、世界的には問題にならず、放置されていた。
スティーブはその辺りもターゲットにしたいと考えていた。フィールドを世界に広げることは全員賛成した。みんな、楽しさを隠さなかったが、勇人と友里は、用心が必要だと顔を見合わせた。
16
スティーブは新しい仕掛けを考えていた。今、新たに設置されている監視カメラはAIに直結し、対象者を特定したら逃走経路を予想して連続して追跡できる。そして、その経路から最終的な目的地まで予想して先回りする指示を人間にするのだ。これは逃亡者にとっては致命的な追跡手段になる。これをスティーブは逆手に取ろうというのだ。カメラの時間を逆転させ、来た道を逆走させようと。それと、AIをリアルタイムで動作させ、分かれ道では違う方向に逃走しているアバターを作り出すプログラムを仕掛けようと。いずれにしてもどのような効果があるかは分からないが、混乱させることができるのは間違えないだろう。
また、こちらからターゲットにする人間に対してだが、顔にモザイクは掛けるものの、口だけは見えるようにし、読唇技術で、話している声を聞こえるようにしようと技術を開発したのだ。そのバリエーションが面白い。声をいろいろ作り出そうと。ドラえもんや、悟空、矢吹ジョー、ゾフィー、コナンなど。スティーブの好みで。その時はモザイクもリンクさせるらしい。なるべく短い動画にして、見やすく、リアルタイムに近い配信を目指すという。そして、動画のラストには『 汝 悔い改めよ ・ YOU WILL REPENT 』を2秒。鉄がサビているビジュアルで見せる。やはり1日で削除する。ターゲットは10人。ドローンは150台。ターミナル基地は7ヵ所。人員は80人。期間は10日間。日本人ユーチューバーは事前告知はしないが、海外の有名ユーチューバーには面白いことが日本で起こると、三日前に直接リリースする。
準備が整った時、ニュースが入った。大阪府警察本部長 亀田雄二が行方不明になった。オールドメディアのニュースの真偽は分からないが、反乱分子のハーバーのSNS攻撃の犠牲者ではないかと報道され出した。完璧に攻撃対象にされた。これでなりふり構わず検挙のために動くだろう。危険レベルが数段上がった。情報を集めるため、勇人と友里、スティーブ、権田はあらゆる限りのコネクションを使った。勇人と友里は霞が関に入る前から、政治家、官僚、財界、メディアのネットワークを秘密裏に構築していた。そして、もう一つの霞が関の事務所を、中国企業の日本の出先機関としてオープンさせていた。ここはまだ安全レベルは高いはずだ。
2日後、情報は集まって来た。亀田はSNSでのハーバーの攻撃により、ノイローゼになっていた。現在、入院中とした。ハーバーを国民の敵とするプロパガンダの形成をするため動いているらしい。そして、関係しそうなYOUTUBEのチャンネルはすべてバンされていった。援護射撃を期待していたユーチューバーもあてにできないだろう。スティーブも権田も危険と見た方がいい。
「一旦 地下に潜ろう 」スティーブはアメリカへ。権田は大阪へ戻っていった。
しかし、ROSTの4人は江の島で捕らえられた。今度の拘留は長くなるだろう。
リナは危険だった。『サビ色のワンピースの女』はハーバーの象徴だからだ。捜査の対象としての優先度はトップだろう。立花勇人、友里、リナは、下北沢の教会へ潜った。
直感の反乱 (後編)
17
リナは、自分の掌の上、ラストオレンジのドローンを見ていた。
鉄男から連絡が入った。大阪府警の亀田が病院に幽閉されていて、薬漬けにされていると。亀田はハーバーに監視されている時、息子の泰路(たいろ)と口論になったらしい。以前から日本の監視システムの広がりには批判的な泰路は、このまま社会が進めばいいことにならないと、父親に訴えていたらしい。泰路はアメリカ留学中に新しい思想『ウニヴェロジー』に出会った。監視され管理される世界では、人は自分の直感を裏切るようになる。AIの進化と合わさり危険な状態になる。その泰路の考えが亀田に影響し、立場とのジレンマに陥らせていた。急に部下を怒鳴ったり、黙り込んだり、精神が不安定になっていた。体制に対する批判的な言動も増えてきた亀田に、危機感を抱いた警視庁は、亀田を幽閉し、ハーバーを攻撃するプロパガンダに利用することを決定した。
大阪けいさつ病院に入院した父親に、泰路は会うことはできなかった。電話での会話も許されなかった。会えない理由を聞いても、治療のためとしか教えられない。そして、泰路も監視対象になり、いつも誰かの視線を感じた。
泰路は、ハーバーへ連絡を取ろうと動き出した。
勇人たちは、下北沢の教会を出ていた。トウイから漏れることを警戒して。
そして、リナはアメリカのタブロイド紙『ザ・ベイル』の表紙になった。日本では、リナに対する見方は二分されていた。敵か味方か。テレビや週刊誌などは概ねハーバーやリナには否定的な論調を張った。そのプロパガンダは徐々に浸透していった。
18
トウイが泳がされた。土曜日に釈放された。他の3人はまだ拘留されていた。
トウイは尾行に注意して下北沢に向かった。リナと一緒に行った、あの教会へ。
GPSは? 盗聴器は? 駅前のショッピングセンターのトイレに入って確認した。慎重に探したが見当たらなかった。なぜ自分だけ。でも、リナに会いたい。尾行はない。盗聴もない。もう下北沢まで来ている。一目でもリナを見たい。大丈夫だろうか。リナの髪に手に触れたい。
教会の所まで来てしまった。前で立ち止まった。そして一歩踏み出した時、3台の警察車両がトウイを取り囲んだ。
「逃げろー リナ 逃げろー 」
トウイは拘置所に戻され、泣き、わめき、暴れ、看守に嚙みついた。殴られ、鎮静剤を打たれ、拘束衣を着せられた。体中が軋む。リナの顔が思い出せない。思い出そうともがいても、顔が崩れていく。ワンピースのサビ色だけ分かる。世界には、それだけが残る。涙が流れる。孤児院で園長先生を探している。大声で叫んでも見つからない。自分がどんどん小さくなっていく。戻っていく。そして、なにも音が聞こえなくなり、トウイは静かになった。
それから2日後、亀田の自殺が報道された。入院中の病室で。ハーバーの監視が主な原因でうつ病が発症して入院していたが、看護師が目を離した隙に首を吊ったと。そう発表された。
テレビ、新聞、雑誌、すべての報道機関がハーバーについて報道した。そのすべては警視庁発表。まったく同じタイトルがメディアに躍った。『ハーバー被害 ついに人命を奪う』
テレビではコメンテーターが台本を読んだ。週刊誌は過去の反政府運動との共通点を強調した。
動けない状況を作り出された。ROSTの4人には悪いが助ける手立てがない。もちろんトウイの状況も把握していた。すべて教会の防犯カメラの荒い映像で見た。そして、鉄男からはトウイの状態も。リナは両手を強く強く握りしめた。トウイをこんな目に合わせたのは自分のせいだ。裏切りがあった時に別れておけばよかった。自分の弱さが、トウイを必要とした。震える肩を友里が抱いた。リナは友里の胸で大声を出して泣いた。
外は雨が止んだ。雨の匂いは残っていた。あの日も、ライブの予定だった日。すべては、あの日から歪みだした。ドローンは飛んでいない。空はこんなだったんだ。取り戻さないと。トウイのためにも。
19
勇人はスティーブから紹介された政治家の秘書に会っていた。
インセプションのデカプリオみたいなスーツを着てるなあ。と勇人は思った。
「私たちも監視システムが完成するのは 好ましく思っていません 」
ヤンググローバリスト。そして、ジャパンハンドラーとして行動を指示されている。スティーブからの説明ではそのような政治家の秘書。
「だからと言って 公に 反対はできません 」
「つまり 行動しにくくなると 」
秘書は返事はしないで、窓の外を見た。
「インフラとしての監視システムは 同時に 社会の弊害でもある それが 先生の 考えです 」
「なぜですか 」
「なぜでしょう 」
「いずれは 政治家も 監視の対象になりかねませんものね スパイ防止法も出来そうですし 」
「まあ 出来る範囲で 情報は流します その代わり こちらの希望するターゲットを 来る時が来たら しっかり追ってくださいよ 」
勇人は目をつむり、頷いた。
秘書は時計を見て立ち上がった。
壁には『見義不為、無勇也』の文字があった。
相互利益の取引だ。リナには早いかな。勇人は霞が関から、新しいアジトになっている成城の教会に戻ることにした。仕掛けられたGPSに気が付かなかった。
20
鉄男から情報が入った。体制側は、ハーバーのアジトの調査は難航している。そこで、協力的だったユーチューバーを大量検挙して、追い込んでいこうという作戦を取るようだ。それを事前に検挙候補者に知らせて、隠れさせておくのはどうだろうか? それらが地下から配信できるようにサポートしてやれば面白くないか。
早速、行動することにした。検挙予定人数は10人。多分、金で買収できなかったユーチューバーたちだろう。検挙から逃げたのではなく、一時行方不明となるように事前の準備と口裏合わせは念を入れた。
それでも逃げるのを躊躇した3人は検挙された。不当検挙の訴えはプロテストとしてデモ行進された。それの背景には、一人の自殺者がいた。検挙された一人の祖母が電車に飛び込んだ。ホームには買い物袋が転がっていた。SNSでは、炎上したが、メディアは関係性を伝えなかった。
そして地下に潜った7人は別アカウントで発信できるように鉄男が協力してくれた。その上、アメリカの有名ユーチューバーとのコラボ動画も発信できるように段取りしてくれた。英語ができる2人がそれを実行した。
体制側を手玉に取った『作戦・は』がネット上で再び炎上し始めた。『サビ色のワンピースの女』が話題に上がりだした。アメリカでもやりたい。教えてくれというニーズが増えてきた。それには当事者のスティーブが対応してくれた。
一方で、ドローンの規制は国土交通省と警察庁、総務省が関係している。政府は閣議決定で迅速に法制化してきた。これには国民をはじめ、メディアからの反発も大きかった。一時期減っていた『虫取り』が、増え始めていた。また、コストを抑えて作れるようになったので、回収しないで警察署や関係官庁などに落とす『鉄砲玉』のいたずらも流行り出した。これは政府の『偽旗作戦』を招くことになった。『鉄砲玉』を自らが飛ばし、けが人が出たと嘘の情報をメディアで流した。それで世論を味方に付けようとした。はじめは功を奏したが、鉄男のハッキングでそれも白日の元に晒され、政府は信用を落としていった。が、オールドメディアしか見ない層には広がらなかった。
21
その夜、成城の教会に亀田泰路がやって来た。アメリカ留学中にスティーブと『ウニヴェロジー』の集会で出会っていた。
事情を説明した泰路は、少し後悔しているような表情だった。話過ぎたか、そんな表情だ。
「大変よくわかりました 理由はともかく 私たちが お父様を ターゲットにしたことが すべての 始まりです それでも こうして来てくださった そして 協力まで 申し出てくださっている 感謝します 」
「先ほども 申しましたように 日本は発展の方向を 間違いそうです このままでは ディストピアに向かいます それは 私が導きたい方向ではありません 今は協力し合う時だと思います よろしくお願いします 」
その夜は遅くまでいた。
友里は泰路に好感を持ち、トウイと比べた。リナは、泰路の横顔を見ていたが、正義過ぎる。信じにくい。言葉とは裏腹に体温を感じない。リナの直感がそう囁いた。
灰色の霧が掛かっていた。すると真っ白な仮面を被った人がたくさんやってくる。リナが来た方角へ走っていく。空の大きな二つの目がリナを見ていた。なんの感情もない目が。下を見ると、足が沈んでいく。つま先から、動かせなくなっていく。全身、内側から錆び付いている。関節から、サビ色の液体が漏れ出してくる。歯ぐきから液体が流れ、鉄の味がした。瞼も閉じれなくなって、目の前がすべてサビ色になった。
そして恐怖で叫んで、目が覚めた。
まだ夜明け前だった。びっしょりと汗をかいていた。。
そして、夜明け前に警察隊は、教会を取り囲んだ。
22
一階で眠っていた勇人はカーテンの隙間から外を見た。黒い影が4人。
「イタチかな 」
机の下のボタンを押した。とほぼ同時に、サーチライトが点いた。朝焼けが暗くなるようだ。教会の周りは包囲されているだろう。門をこじ開けて雪崩れ込んできたのは、自衛官のようだ。
「あら 大勢で お越しだ 」
防犯ベルを押した。その音は不穏な空気を生み、ガラスが割れる音がそれを煽る。
勇人は落ち着いて、法衣と正装のガウンに着替えた。ドアを開けて外へ出た。防犯カメラが動いているのを確認できた。自衛官たちは有無を言わさず勇人を捕らえた。
勇人の知らせで、地下1階で就寝していた友里とリナは、地下2階の多目的ホールから、壁の裏に隠された地下道へ急いだ。
「自衛隊が出動とは 穏やかでは ありませんね 」
彼らは、一言も発せず、護送車に勇人を押し込んだ。汗臭い中に、怒りの匂いが混ざっていた。
勇人の周りだけだれも話さない。離れた場所では、無線や怒鳴り声やぶつかり合う音が、海底から聞こえてくるようだ。
友里とリナは丘を少し下った民家の地下室へ出た。庭に真っ赤な山茶花が朝日に照らされていた。二人はそれが永遠に続くように感じた。リナは電動バイクで逃走した。まっすぐ行くリナを見送って、友里は力いっぱいロードレーサーのペダルを踏んだ。
リナは朝焼けの中を南へ走った。表情がない。子供の頃の、牧師の両親の顔を思い出した。どうしてあんなに感情を抑えられたのか。それが今、分かったように思った。
23
防犯カメラの録画は、スティーブと権田に、ほぼリアルタイムで共有された。鉄男は自力で確認した。
友里は霞が関へ向かった。
勇人から聞いていた、あの政治家の秘書を、直接、事務所に訪ねた。
「朝一番に 連絡がありました そして 奥様が 今 ここに いらっしゃる 正直 驚きました 」
友里は、お茶のお代わりを頼んだ。
秘書は、それをゆっくり飲む友里を、黙って見ていた。
「それも 主人から 聞いていました 」
壁を指さした。『見義不為、無勇也』
秘書は友里を奥の部屋へ案内した。
リナは青葉台へ来ていた。
「権田さんから 連絡がありました 大丈夫ですよ 」
リナは風呂に入って、少し休みたいと、青葉台の主に頼んだ。
シャワーを頭から浴びて、バスタブの中、座り込んだリナの目は、熱を帯び、前を睨んでいた。
いつも父と母を頼りにしていた。それじゃあ、ダメなんだ。
私が力を持たないとダメなんだ。
勇人は、警視庁の地下にある拘置所らしきところに入れられた。
かなり特別扱いだ。敵の焦りが見える。誰が出てくるかな。勇人は楽しもうと考えていた。
そして、二日間、だれも勇人の取り調べに来なかった。弁護士は呼べるかと聞いたが、返事はなかった。
どうするか揉めているのか、それとも消されるか。それとも・・・ まあいいか。勇人は寝ころんだ。
24
「議員会館も 盗聴に 気を付けないといけません 」
とても事務的な雰囲気の部屋だ。パイプ椅子と事務机。
「それで 」
秘書は、友里の言葉を待った。
友里は、秘書の目をまっすぐに見た。
「すこし 待ってください ご主人の様子を確認して お伝えしますので 」
友里は、目の力を弱めて秘書を見た。
「アメリカにも 相談してみましょう こっちは 時間が 掛かるかもしれません 」
友里は、霞が関の部屋を二つ借りていることを、秘書に話した。その名前も。
秘書はスマホを操作した。
「私たちより インターナショナルだ 上海大学ですか 」
友里は、目を見たが返事せずに、車を頼んだ。
それ以上、秘書は話さなかった。
友里は、リナが静かに逃げ延びることを願っていた。
スティーブと鉄男から、同じ内容の連絡が、霞が関のアメリカサイドの事務所に来た。
『ウニヴェロジーのトップが日本へ行く。』
そして、その日のうちに、亀田泰路から会いたいと連絡があった。
友里は、指定場所に急いだ。コートの下に、法衣を着て。
リナは、青葉台の主と昼食を取っていた。
「で これから 私たちが お手伝いすることは 」
「警視庁に プレッシャーを 掛けたいんです 」
主は、一瞬、驚いた表情になったが、下を向いて、
「分かりました 少し動いてみましょう あの二人の学生も使ってもらって結構です 」
いつの間にか、黒縁の同じような眼鏡を掛けた学生と呼ばれた男性が二人立っていた。
もう友里に頼れない。自分の決断がすべてだ。両親はこの日のために教育してきたのだから。
主に丁寧に礼を言い、青葉台を出て、NPに連絡を取った。
25
NPは、会いたくないと言ってきた。
「あぶない 」
連絡もしてくれるなと。でも一つだけ、最後に手伝ってあげる。お遊びだけど、攪乱と陽動作戦になる。
NPは2日後に作戦を決行した。それをあの二人の黒縁眼鏡の男性に手伝ってもらうことにした。タイミングはドンピシャだった。
リナ自身は、下手に動かなかった。鉄男に掴んでいる情報を教えてもらおう。
・・・・・そして、事態が進んでいることに驚いた。
友里は、日本で一番大きなプロテスタントの教会にいた。
泰路は、大柄の白人の紳士と待っていた。
「ご紹介します ミスター・オーエンです ウニヴェロジーの 創始者です 」
しまった。調べておくべきだった。
「実は ハーバーのことに 興味を持っておられまして 」
友里は、身構えた。
「なぜ ウニヴェロジーの 創始者が プロテスタント教会に 」
「アメリカ国内のバランスですね 簡単に言うと ぶつからない者同士は 引っ付きやすいんです 」
そして、勇人と会う予定だ。と言ってきた。
「明日 警視庁へ 行くので ご同行をお願いします 」
友里は、大きく目を見開いて、オーエンを見た。
オーエンは、やさしい微笑みを浮かべた。友里は、苦手な笑い方だと心の中で思ったが、笑顔を返した。
「ありがとうございます ご同行いたします 」
別れ際、オーエンは、法衣がよく似合っていると、流暢な日本語で言った。
泰路は、リナはどうしてるか聞いたが、友里は答えなかった。
26
そのラストオレンジの小さなドローンは、警視庁の上空に現れた。午前9時9分9秒、ドローンは急降下した。早い。玄関扉が開いた瞬間、1階のメインフロアーに滑り込んだ。そして、天井付近を8の字を描いて飛行し出した。微妙に上下して。捕まえようとした者もいたが、爆発物であったら危険だと、全員を退避させ、監視カメラで見張ることにした。15分が経った。しかしまだ飛んでいる。爆弾処理班が入って来た。ドローンは霧状のものを噴霧しだした。慌てた処理班は転びながらフロアを出た。10分後、ドローンは着陸した。ガスマスクをした1名が鳥籠を持ってフロアに入ってきた。安全を確認した後、マスクを外した。いい匂いがしていた。『生命の喜びが溢れる』と比喩された香水だった。
その情報はアメリカ大使館にも入った。警視庁長官名義で、来られるのは後日がいいのではないか。という内容だったが、オーエンは気にしないと言って、14時に到着した。
長官の部屋で、勇人は友里に再会した。友里は落ち着いた花柄のワンピースにベージュのコートを着ていた。足元のMiuMiuのパンプスを見て、勇人は微笑んだ。
身柄をアメリカに引き取りたい。それがオーエンの希望だった。日本側は、ほぼ命令と受け取った。
数日中に、準備を終わらせるように。オーエンは返事が帰って来るまで、長官を睨みつけた。
部屋を出たオーエンと泰路は、1階フロアで、香水の香りを嗅いで、顔を見合わせ、親指を立てた。
「ハーバーは 面白いね 」
勇人の待遇は変わり、二日後には、アメリカ大使館に二人はいた。
「なるように なるよ でも リナが心配だ あの子は直感で動きすぎる 」
勇人は悲しい目で友里を見た。友里は眼差しの中に、少しの後悔があることを見た。
27
車がリナを迎えに来た時、リナの姿はもうない。すべての情報は鉄男から入っていた。
「悪いけど 私は アメリカに行かない 」
大阪に向かい、バイクを飛ばしていた。
ROSTの4人も釈放された。そのほかのユーチューバーも。ハーバーのこともメディアに上がらない。過去のものになりつつあった。
髪をベリーショートにして革ジャンにデニム。だれも『サビ色のワンピースの女』とは思わない。
昨日までの出来事が、何年も前の出来事のように思えた。
「どっかで 権田さんに お土産を買っていこう 」
しかし、大阪に着いたリナにイヤな情報が届いていた。NPが中国に送還された。
権田は、どうしょうもないよと、悲しく笑った。この人のこんな顔、見るとは思わなかった。
青葉台の主にも、おとなしくするようにと、警告が来たそうだ。
もう、トウイにも会うことはない。 私は、トウイを利用していたのか。自問自答した。バイクに乗るリナの頬を流れる涙が、それを否定した。
リナは、また行方不明になった。
それから1週間後、勇人と友里は、ロサンジェルスにいた。
「ハーバーという名前は使いません 名前は GORE ゴアです 」
オーエンは命令口調になっていた。横にはいつも泰路がいた。
「ハーバーの進化した形態が 理想です 暴力は暴力によって 潰されます 」
ハーバーの戦略を用い、敵対する組織を潰していった。
オーエンは泰路にも、監視を付けていた。
勇人と友里は、ゴアで活動しながら、日本の監視社会を終わらせる方法はないか。諦めていなかった。
リナの情報は入らない。無事を祈るしかなかった。
28
2年後、ウニヴェロジーと福音派が応援した政治家が、大統領に就任した。
そして、日本政府に対し、監視社会は、人道的ではないと圧力を掛けた。予算は大幅に削られた。しかし、監視者がアメリカに代わっただけだった。そして、泰路はジャパンハンドラーとして暗躍を続ける中、何者かにロサンジェルスで暗殺されていた。知りすぎた人間は消される。泰路は警戒していたが、自分の想像より早くその時が来た。すべてはオーエンの指示だった。
その間、中国は静観していた。が、浸透工作は地下で温存されていた。相変わらず、NPの消息は分からない。
リナの姿は、長崎の外海にあった。鉄男もそこにいた。鉄男は15名のホワイトハッカーのグループを束ねていた。リナは、秘密裏に新しくハーバーを立て直し、トップになっていた。二人は並んで、外海の海を見ていた。風は二人に優しく吹いたが、リナは、厳しい表情のままだった。トウイの顔も思い出せなくなっていた。
6月のじめじめした日、ニュースが飛び込んだ。ワシントンの高速道路で、トラックと乗用車が追突する事故があった。トラックは自動運転だった。二人の日本人と一人のアメリカ人が死亡した。勇人と友里、スティーブだ。病院に運ばれたが、そこで死亡が確認された。知らせを聞いたリナは、しばらく理解できなかった。なにかの音が聞こえていた。ギターのノイズか。「ああ、これで一人だ。」と思ったとき、なぜか涙は出なかった。
その前日、勇人たちは三人でワシントンの有名なレストランで食事をしていた。三人とも、アメリカに来て、すごく時間が経ったように感じていた。リナの話になったところで、スティーブが思い出話を始めた。『作戦・に』が、決行されずに、スティーブがアメリカに戻る前日の夜、リナと話をする時間があった。リナは自分の生い立ちと両親について思いを打ち明けた。自分は養子で本当の親を知らない。しかし本当の親より勇人と友里を愛している。彼らのためなら何でもできる。今の活動も、プロテスタントの教育と両親の愛により、生きて、役に立ちたいと思っている。でも、その活動も、本当に自分のものだと思えるようになってきた。だから、私は一人になってもこの活動を続ける。と。
聞いていた勇人と友里は、リナを巻き込んだことが正しかったのかどうか。実は今も悩んでいると、スティーブに打ち明けた。
・・・・・・・・・・・
両親の葬儀を終えたリナは、アメリカから戻ると渋谷にいた。頭上には、あのラストオレンジの小さなドローンが一機、音もなく旋回している。新しい計画の開始だ。
スクランブル交差点のど真ん中、見上げたリナは、そのもっと上空の、肉眼では見えない偵察衛星を感じた。世界は見えない所で静かに錆び付いていた。リナは髪をサビ色に染めていた。
