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祈ることすら罪ならば 第2話

先程まで優しく微笑んでいたその人は今は怪訝そうな顔で首を傾げている。
「君の咎なら不老不死の私を殺せるって?」
「はい。僕の咎は無効化の咎です。」
実紀が意識を集中させると手の中に弾丸が一つ現れる。
その人は実紀から弾丸を受け取ると振り返って拘束されている自失を見た。自失は拘束されたまま糸の中で暴れている。
「無効化されないけど。」
「そ、そんなはず…!」
「それに普通こういうのって銃も一緒に出てくるものじゃないの?弾丸だけ出されても撃てなきゃ意味が…。」
ブチブチと音がしたので振り返れば自失が拘束を解こうとしていた。
その人は糸を出そうと自失に手をかざすが糸は出てこない。
拘束を解いた自失が二人に向かって襲い掛かってくる。
「驚いた。本当に無効化の咎か。」
そう言うとその人は実紀のことを蹴り飛ばした。地面を転がった実紀はうずくまり痛みに耐える。平和な境の国で普通に生きてきた実紀にとってそれは初めて感じる強烈な痛みだった。
ぐちゃりと嫌な音が聞こえてなんとか顔を上げる。実紀を蹴り飛ばしたことで回避が間に合わなかったのだろう。その人は肩からどくどくと血を流していた。斬られた肩は治らない。
「随分と私に都合のいい咎だね。」
その人が咎を使うため弾丸を捨てようとしたその時、一発の銃声が響く。

パキっとガラスの割れるような音が聞こえた。暴れていた自失はあっけなく倒れる。ピクリとも動かなくなった自失は黒と桃色の煙を出しながら徐々に小さくなっていき、やがて跡形もなく消えてしまった。
「結。貴様油断しすぎだ。」
自失の後ろから拳銃を持った一人の男性が出てくる。不機嫌さを隠しもしない声だった。
「ああ、法月。ちょうどいいところに。君は今不老不死かい?」
「は?当たり前だろう。貴様が生きている限り俺は不老不死だ。」
何を馬鹿なことを言っているのだと疲れた様子で答えた法月は結の傷がいつまでも治らないことに気がつき首を傾げる。
「その怪我はなんだ?」
法月の顔を見て結は面白そうにわらった。
「普通の怪我だよ。咎が無効化されているから血が止まらないんだ。」
そう言うと結は実紀を指差した。
「無効化の咎か?」
法月は実紀の腕に刻まれた模様を見て興味深そうに問う。結が先程咎を使うために捨てた弾丸を拾った。再び血が流れ始める。
「うん。触れていると咎の影響を受けなくなる弾丸だそうだよ。」
「触れる前に発動した咎は問題なく機能すると?」
「君が今不老不死ならそうだね。」
「それは…。」
口に手を当て少し考える素振りを見せた法月は、顔を上げると不敵に笑う。何を考えているのかよくわからない不気味な笑顔だった。
「随分と貴様に都合のいい咎だな。」
「だろ?」
結が嬉しそうに笑う。その顔を見て呆れたようにため息を吐いた法月が実紀の方に意識を向けた。
「貴様名は?」
「一瀬実紀です。」
「所属は?」
「第3教育院高等部2年です。」
端末を素早く操作した法月は怪訝そうな顔で首を傾げる。
「烙印を見せろ。」
「烙印?」
「咎を手に入れた時、手に痛みを感じただろ?」
実紀は弾丸の模様が刻まれた自分の利き手を見る。
「そう、それだ。その模様のことを烙印と呼ぶ。」
大人しく手を見せた実紀の烙印を端末で撮影し、法月はさらに続ける。
「咎の属性は?」
「属性?」
法月は露骨にため息を吐き結を睨み付ける。
「結。貴様何も説明してないのか?」
「君は私が戦ってるのを見ていなかったのかい?」
怖いので目の前で喧嘩をするのはやめてほしい。
「咎は強い願いから生まれ、何を願ったかによって七つの属性に分かれる。色も属性ごとに違う。貴様の咎は何色だ?」
「赤です。」
「わかった。」
法月は操作していた端末から顔を上げた。
「一瀬実紀。貴様は咎人になり特別になった。境の国は普通に生きる人々のための国。特別になった貴様には国家運営委員会に所属し国民に奉仕する義務がある。異論はあるか?」
「いいえ。」
元々普通に生きる事に窮屈さを感じていたのだ。特別になることにも運営委員会に入ることにも恐怖はない。
「ならば共に帰ろうか。我等の本部に。」
「今日からあそこが君の帰る家だよ。」
そう言って二人は運営委員会の本部である国の中央にある大きなタワーを指差した。

「少し待て。車を呼ぶ。」
法月が端末を片手に少し離れていく。
「これ返すね。」
結が差し出した弾丸を受け取れば流れていた血が止まる。
実紀は少し迷った後弾丸をポケットにしまった。
「あの、結さん。」
咎について聞こうと話し掛けた実紀の言葉を結の言葉が遮る。
「悪いんだけど。私名前で呼ばれるの嫌いなんだよね。」
結は少し寂しそうな顔でそう言った。
「みんなには先生って呼ばれてるから君も先生って呼んでよ。」
「わかりました、先生。」
「ありがとう。」
結が嬉しそうに笑う。
「結。」
法月の結を呼ぶ声。
法月だけは結を名前で呼ぶことを許されているのだろうか?
結は不機嫌そうにムスっと顔を歪めた。
「君ってほんとに空気読めないよね。」
「あ?」
「何でもないよ!」
どうやら納得しているわけではないらしい。
面倒くさそうな法月と不機嫌そうな結。この二人と車に乗るのか…。と実紀は心の中でため息を吐いた。

***

運営委員会の本部に入る。就寝時間をとっくに過ぎているのに本部はとても賑やかだ。エンジニアの討論する声や食事をとりながら笑い合う声がそこかしこから聞こえてくる。運営委員会の本部なのだからきっと堅苦しい場所だろうと考えていた実紀にとって笑顔あふれる本部の姿は拍子抜けだった。
エレベーターに乗り込めば外に街の様子が見える。街灯以外の電気がすべて消えった町並みはとても寂しく見える。

局長室と書かれた部屋に通された。高級感のある部屋なのに積み上げられた書類や本のせいで台無しだ。
勝手に触るなよと法月が釘を刺す。その声に反応したのか社長机の上で何かがもぞもぞと動いた。
「晶。貴様人の机で勝手に寝るな。」
「…うん?」
眠そうな声を上げて晶と呼ばれた女性がゆっくりと体を起こす。
実紀は晶を見て驚いた。晶の右目には宝石が埋まっているのだ。左目は眼帯をしているのでどうなっているのかわからない。
目は見えているのだろうか?
「ごめん寝ちゃってた。」
「眠いなら部屋に戻ればいいだろう。」
「法月さんと先生が帰って来るの待ってたんだよ。」
晶は立ち上がると椅子を法月に譲った。法月は席に座りノートパソコンを触り始める。
「あれ?誰かいる?知らない子だよね?」
目が覚めてきたらしい晶が実紀の方を向いて不思議そうに問う。
晶はやはり目が見えないようだ。
「うん。新しい咎人だよ。一瀬実紀。無効化の咎だ。」
「へぇ~。無効化の咎か。」
晶は家具にぶつかること無く実紀と結の元まで歩いてくる。
「先生。何が起きたのか報告してくれる?」
「うん。」
晶が結の頬にそっと手を添える。結がじっと晶の右目に埋まった宝石を覗き込んだ。晶の右手に刻まれた宝石模様の烙印が桃色に光る。宝石の中で結の記憶が乱反射しているのが見える。
晶がそっと右目を閉じ左目の眼帯をめくると何も埋まっていない左目の中から宝石が一つ出てきた。
「ありがとう先生。」
出てきた宝石を大切そうにポケットにしまうと晶は実紀の方に向き直った。
「君も報告してくれる?」
緊張と驚きで固まっている実紀の頬に晶が手を添える。
「はい…。」
実紀が晶の目を覗き込めば実紀の記憶が宝石の中で乱反射する。晶はそっと目を閉じて宝石を生み出した。その宝石も大事そうにポケットにしまう。
晶は一瞬不思議そうな顔をしたもののすぐに笑顔に戻った。
「へぇ~。先生の特別になるための咎。しかも変革の咎か。これは将来が楽しみだね。法月さん。」
「そうだな。」
法月はPCから顔も上げず適当に相槌をうつ。
「気持ち悪い?」
「え?」
いきなりの質問に驚いた実紀に晶は困ったように笑う。
「初めて見た人は気味悪がる人が多いんだ。」
普通じゃなからねと付け足して晶はコンコンと右目に入った宝石を軽く叩いてみせる。
「これが私の咎なんだ。属性は創造。物を生み出す咎だよ。」
晶の烙印が桃色に光る。
「宝石を覗き込んだ人間の記憶を見せてもらって、その記憶を見やすいように編集して宝石に埋め込んで取り出すんだ。君も見てみるかい?」
晶が先程ポケットにしまった宝石を取り出す。実紀は不気味に思いながら恐る恐る宝石を受け取った。
「覗いてごらん。」
結が楽しそうに笑う。宝石を覗けば結と法月が自失を追いかけている光景や実紀と出会ってからの光景などが頭の中を一瞬で流れた。不要と判断されたのか本部に向かって移動している間の映像などは切り取られている。
「便利な咎だろ?」
「はい。すごいです。なんでも記録できるんですか?」
「人の記憶ならね。」
実紀の嫌悪感の消えた純粋な賞賛の声に晶は嬉しそうに答える。
「私はこの国の書記長なんだ。この国で起きた出来事を記録するのが私の役目。私は五百年間この国の記憶を記録し続けてきたんだよ。」
「五百年?」
「うん。私も不老不死なんだ。」
晶は右の手首に巻き付いた赤い紐でできたブレスレットを見せる。
「このブレスレットは結の咎だ。つけけている者に不老不死を授ける。」
そう言って法月が右手を上げる。法月の手にも同じブレスレットがあった。
「この国は俺達三人で作った国。咎人が普通の人間を守る国。咎人の国と人間の国の境に位置する国。境の国だ。」
結が続ける。
「私達運営委員会はこの国の奴隷。普通に生きる人々が当たり前の日常を過ごせるよう民に奉仕する者。」
晶がそっと実紀の肩に手を置いた。
「ようこそ運営委員会へ。君も今日から私たちの仲間だ。」

五百年もの間国を守り続けてきた大人たちが笑っている。
今日からお前もこの国の奴隷だと笑っている。
自分が今まで信じていた普通とは何だったのだろう?
自分の中の普通が崩れていく音を実紀は静かに聞いていた。