ちょっと休憩【プーさん社長と「二人の大阪」―忘年会で失ったもの】オバハンの独り言⑧
お茶くみもお酌も当たり前の時代
出勤して一番最初にする仕事は
社長の"コーヒーを淹れる"ことから始まる
「社長、おはようございます」
社長のデスクにコーヒーを置く
社長はカチッと煙草に火をつけ
こちらの仕事の都合など関係なく
「和田、水も一杯入れてくれ」
私はまた給湯室へ急いで向かう
社長は仕事の上でも
何かと無茶ぶりをしてくる人だった
⸻
その年の忘年会は
"カニ道楽"
取引先の社長や従業員も来ていて
かなり大人数の宴会だ
会社を出る前
社長に言われた
「和田、今日はしっかり接待するんやで」
⸻「はい、わかりました…」

私はカニを味わう暇もなく
愛想笑いを浮かべながら
取引先の社長たちにお酌して回る
「いや〜 和田ちゃん、気ぃ利くなぁ!」
などと言われながら
ひたすらビールを注ぎ続ける
私のカニは
最後までほぼ手つかずで
⸻
そして二次会は
カラオケスナック
その頃には私も返盃ですっかり酔っていて
気づけば
取引先の“プーさんみたいな社長”
と肩を組み
「二人の大阪」を熱唱
くるくると回る
ぷーさんと私
会社員なのか
スナックの盛り上げ担当なのか
もうよく分からない
⸻
帰り際
社長に肩をポンと叩かれ
「お疲れさん」
と声をかけられた
けれど私は
“仕事をやり切った達成感”など
1ミリも感じていない…
ただただ
ぐったりと疲れ切っていた
⸻
そして数日後
あの“プーさん社長”の会社の従業員が営業に来た
営業の方にコーヒーを運んだ
「和田さん、この前の二次会で
うちの社長と肩組んで歌ってたやろ」
「うちの社長な…
あの写真、自分のデスクに飾ってるで」
とニヤニヤ笑う

「そうですか、写真飾っていただいてるんですね」
私は愛想笑いしながら
なんとも言えない
ゾワッとした気持ちになった
プーさんの汗ばんだ手の温もりが蘇る…
⸻
そして翌年の忘年会、蟹を食べ終えた社長が
当然のように言った
「ほな、今年も二次会行くで〜!」
もちろん、今年もプーさんは来ている
私はお腹を押さえながら
「あの…
ちょっとお腹痛くて…」
と人生初レベルの
魂のこもった仮病を使った
社長は少し残念そうな顔をしながら
「へ? なんで? お前いかへんの?
盛り上げ役やん!」
「何やねん おもんないやっちゃなぁー」
「まぁ、ハラ痛かったらしゃあないか」
「ほな、また明日」
⸻私は
“社会人として必要な愛想”
を失った代わりに
プーさんと
“二人の大阪を肩組んで熱唱しない人生”
を選んだ
その後
忘年会シーズンになると
私は毎年、ほんまに
ちょっとだけ お腹が痛くなっていた

次回
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