気配を察するあいまいさ
知人が新幹線窓側席にいた。
隣(通路側)はロシア人女性、
「京都行ってきたぜ!!」
ブログをノートパソコンのキィボードを集中して叩いてる。
ロシア語が読めたわけではなく、写真でわかる。
「あと10分で名古屋に到着します」車内アナウンス。
京都ロシアは集中し、微動だにしない。
困った。
コートを取る。
気づかない。
カバンに、出してた小物たちを入れる。
気づかない(Она не замечает).
どうしたものか。
日本人だったら、確実に、気づいてくれる。
そうだ。
倒していた椅子を元に戻せば、さすがに隣席、気づいてくれるだろう。
ぐっとレバー上げた。
隣の京都ロシアの背もたれがぐっと垂直になった。
「Sorry!!」あわてて誤った。あ。ソリーはロシア人には言っちゃいけないのかも・・・
ロシア京都、さすがに気づき、笑顔で「だいじょうぶ」的な感じ言ってくれた。
この話をきいて、
日本人と外国人との大きな違いは
「気配を察する」
かな、と思った。
朝ウォーキングしてて、狭い道、前方10メートルに人がこっちへ向かって歩いてくる。
日本人なら、まず間違いなくお互いよけるルートを取る。
カフェで、オーダーしたい。
ちゃんとしたホテルのカフェであれば、すみっこに立っていても、
確実に、察してくれて、こちらの席に来てくれる(昨日、名古屋観光ホテルカフェ)。
昔の京都。雨。狭い路地。すれ違う。「ちょいと傾け」軽く会釈。
映画『MERCY マーシーAI裁判』観た。
2029年。ロサンゼルス。
目覚めると椅子に縛り付けられ、
妻殺しの容疑で起訴され、
90分以内に自分の無実を証明できなければ
即刻死刑になる。
裁判官であり、死刑執行人はAI。
演じるレベッカ・ファーガソン、好きな俳優さんだ。
彼女に叱られ、有罪判決されたら、諦めるだろうなあ。ぼく。
日本の俳優さんで、このAI役を演じられる人って、誰だろう。
すぐには浮かばないなあ。
敢えて、なら池田エライザだけど、まだ若すぎる。
大竹しのぶだとコワすぎる(笑)
言うまでもなくAIは
「気配を察する」
できない。
日本人は、昔から、「線引き」のない空間で生きてきた。
縁側は、外でもないし、外でもある。
中でもあるし、中でもない。
あの、あいまいさがいいんだよね。
ドラマ『ひらやすみ』のテーマは、
この、キリキリと忙しい現代社会の中、
ぼんやりと生きる
なんだけど、
縁側
がとても重要な役割を果たしている。
エスカレーターに乗ってるのに、歩き出す日本人。
何が忙しいのか。
エスカレーターを歩くのはAIに任せればよろしい。
あいまい
よくわからない
ぼんやり
こそが
いま大事なんだと、思う。
そしてそれがMERCYとして、実る。
慈悲
情け
容赦
ありがたいこと
