展覧会 #47 藤田嗣治 絵画と写真@東京ステーションギャラリー
今年(2025年)は藤田嗣治の生誕140周年を記念して各地で展覧会が開催されています。
藤田嗣治を知る良い機会なので、SOMPO美術館の「藤田嗣治 7つの情熱」(2025年4月12日~6月22日)に続き、東京ステーションギャラリーの展覧会も観に行きました。
藤田嗣治 絵画と写真
会期:2025年7月5日(土)~8月31日(日)
※会期中展示替えあり(前期:7/5土~8/3日、後期:8/5火~8/31日)
名古屋市美術館 会期:2025年9月27日(土)~12月7日(日)
茨城県近代美術館 会期:2026年2月10日(火)~4月12日(日)
札幌芸術の森美術館 会期:2026年4月29日(水祝)~6月28日(日)
東京ステーションギャラリー
東京都千代田区丸の内1-9-1
藤田嗣治(1886-1968)は、乳白色の下地に描いた絵画で世界的に知られた、エコール・ド・パリを代表する画家です。そんなフジタの芸術を「写真」をキーワードに再考する展覧会です。
※この展覧会は写真撮影禁止となっています。
藤田と写真の関係性が「絵画と写真につくられた画家」「写真がつくる絵画」「画家がつくる写真」という3つの視点で語られ、藤田にとって写真は自己をブランディングする手段であること、生涯多くの旅をした藤田はそこで出会った人々や風景をカメラで記録し、それを元に作品を描いていたこと、またカラーフィルムに早くから取り組み膨大な数の写真を残したことを知りました。
特に写真家との接点や交流について初めて知ることが多く、興味を惹かれるポイントがいくつかありました。
プロローグでは「パリの華やかな風景ではなく平凡で見過ごされがちな周縁の風景に惹かれていた」という共通点を挙げて、藤田が描いたパリの風景画と写真家ウジェーヌ・アジェの作品が紹介されていました。
ウジェーヌ・アジェは東京都写真美術館のコレクション展で好きになった写真家で、藤田の作品の中でも私は初期の風景画が好きなのですが、その二人が思わぬところで繋がりました。
第1章「絵画と写真につくられた画家」では、アトリエにいる藤田を1941年から断続的に撮影していたという土門拳の《作品の前でポーズをとる藤田》(1948年頃)とそこに写っている絵画作品《優美神》(1946-48年頃》、《猫を抱く少女》(1949年)が並べて展示されていました。写真の中のものが実物で観られるのはちょっと特別な感じがして良かった。《優美神》は大きな作品で見ごたえのあるものでした。
第3章「画家がつくる写真」では、藤田が残した膨大な写真をスライド投影で観ることができました。1952年からカラー写真に本格的に着手したという藤田の撮影した写真は木村伊兵衛によって見出され、当時の写真家や画家からも高い評価を受けていたそうです。
《パリ、藤田嗣治》(1954年)は木村伊兵衛が1954年にパリ・モンパルナスにあった藤田のアトリエを訪れた際に撮影した、カフェでくつろぐ藤田のスナップ写真。
木村伊兵衛と土門拳について、藤田の人格を総合的に捉えようとした木村とは対照的に土門は画家としての藤田を徹底的に見つめたと解説されていたことが興味深かった。
言われてみれば、土門拳の写真はセルフブランディングとして「見せたい自分」を演じている藤田と写真家が捉えようとする画家の姿がせめぎ合う緊張感を感じるし、それに対して木村伊兵衛が撮った藤田はリラックスした柔らかい表情が印象的。
二人の写真家がどのように藤田を捉えようとしていたかを知ることでより深堀りして写真を観ることができました。
自身の写真を「単に参考品として記憶から呼び返す図書館の字典」「再び忘れぬように手帳に取る箇条書き」と喩えていた藤田が南米や中国を旅して描いた作品では、旅先で撮影した写真からどの部分が使われているか図解などで解説されていました。
複数の写真から異なる要素を取り出し、それをカンヴァス上で再構成しているプロセスを垣間見られる展示は面白かった。こんな風に写真を制作に活用していたことは初めて知りました。
終戦後に戦争協力者として非難にさらされた藤田は、日本を去って10年ぶりにパリに戻りフランスで生涯を閉じました。
エピローグで紹介されていた写真や作品を観ると穏やかそうな晩年の様子が伺えて何となく自分の気持ちも落ち着きました。
そんな中、最後の展示室で気になったのは《7歳の藤田嗣治》(1943年頃)という作品。幼少期の写真をもとにした自画像で、戦争記録画と同時期に描かれたもの。なぜこの時に7歳の自画像を描いたのか、理由や経緯は定かではないとされています。
詰襟の制服のような服装で直立している幼少期の藤田。東京国立近代美術館で藤田の描いた戦争記録画を何度も観ている私にはその服がどうしても軍服に重なってしまいます。表情から感情を読み取るのは難しくて何とも言い難いのですが、どのような気持ちでこの自画像を描いたのか気になります。
個人的には藤田嗣治を扱ううえで戦争記録画のことはスルーしないで欲しいと思っていて、
この展覧会では画業を語る文脈の中できちんとそこに言及されていたので変な言い方かもしれないけれど安心しました。
「写真」という新しい切り口で藤田嗣治の芸術を紐解く試みはとても面白かった。
藤田嗣治が「写された」「写した」写真を通して作品を観るというのは新鮮な体験で、制作のプロセスの部分に触れることができる内容でした。
