ブックレビュー「日本人拉致」
本書は1978年に後に結婚した奥土祐木子氏と共に新潟県柏崎市中央海岸で北朝鮮に拉致され、その後24年間不自由で理不尽な生活を強いられ、2001年に帰国した蓮池薫氏が今年の5月に発行した書籍である。
著者自身が北朝鮮で経験した数々の作業を通じて知り得た情報、現地で接触した他の被害者、北朝鮮の工作員たちとの会話から、北朝鮮がどのように「五人生存、八人死亡、二人未入境」を捏造してきたか、その一貫性の無さと人権を無視する非合理性を暴いていく。
中央大学法学部三年生在籍時に拉致された蓮池氏の姿は、時には丁寧に北朝鮮の虚構を崩して見せる検察官のようにも見えるが、幸運にも帰国に至った当事者の一人として、まだ帰国に至っていない拉致被害者への思い、特に若干13歳で拉致された横田めぐみさんとそのご家族への思いには強いものがある。
そして何よりもご本人と奥様が北朝鮮に子供たちを残してでも戻らないことを決意した心の痛みは想像に絶する。
本書によると、日本人拉致の主な目的は、①北朝鮮の対日工作員が日本人に完全に偽装するため(旅券等の偽造によるなりすまし)、②対日工作員に日本の言語や習慣などを教える日本人を確保するため、③「よど号」グループが日本革命を起こすのに必要な人材の獲得(マインドコントロールによる洗脳)、の三つである、という。
この内①と③が直接的な目的で、②は副次的な拉致被害者の利用であるが、実際には①も③も上手く行かず、このため②を蓮池氏らは余儀なくされた。
拉致被害者への人権侵害行為にも関わらず、北朝鮮の日本人拉致は計画性が全く見られない。①についてはパスポート所持者が拉致されたわけでは無く、③については当初は工作員に仕立て上げようとしたが、マインドコントロールが難しいことがわかり、また工作員として養成したレバノン人が亡命を図ると、北朝鮮工作員への語学教育係にシフトし、それも上手くいかないことがわかると翻訳作業へと変わっていった。
結局2000年代に入る前に、北朝鮮はイデオロギー優先の経済政策の失敗、自然災害などが重なり、慢性的に経済的に困窮し、日本から韓国に支払われていたと同様の日本による植民地支配に対する賠償を手にしたいことから、国交の正常化を考えるようになった。そのためには日本側が求める拉致事件解明が避けて通れない。
拉致被害者の中でも、自分たちの秘密が露呈したり、拉致問題処理のシナリオに否定的な印象を与えうる被害者は、「死亡」「未入境」とし、それ以外から筋書き通りに動かせる人物を選んだ。特に常日頃日本に帰りたいという強い思いをもっていると判断された者や、家族がおらず、発言を強要するための人質がいない被害者は生存者リストに入れなかった。
本書の最後に著者が述べているように、帰国後23年間は、「なぜ自分は拉致されたのか」、「その結末はどうたったのか」、「自分たちだけが帰国できたのはなぜなのか」等を自問自答してきた歳月だった。
このため、拉致の全体像が見えてきたのはつい最近だ、という。著者自身もう若くない年齢や記憶力を考えると、被害の当事者として拉致の真実を活字にし、人々に知ってもらい、拉致問題への風化を避けたかった。それが本書のキッカケとなった月間「世界」への連載執筆だった。
これまで断片的に日本人拉致問題の情報を入手してきた私にとっても、当事者である著者のこういった形での全体像の提示は大変役に立った。
日本人拉致問題が政治に翻弄されることなく、あくまでも人権侵害問題として、まだ北朝鮮に残された被害者が帰国することを祈念してやまない。
