ブックレビュー「音盤の来歴~針を落とす日々」
どうしてこの本を手にとったのかよく覚えていないが、読み始めてみると、著者の音楽嗜好、LPレコードを買い集めていること、Peter BarakanのRadio番組にRequestを出してそれが読まれると喜んでいること、米国に8年ほど住んだことがある等自分と共通する部分が多い。
とはいっても、著者は滋賀県生まれで沖縄県伊江島育ち、同志社大学神学部修士課程を修了後、台湾・長栄大学に留学、米・ユニオン神学校S.T.K修了で、黒人神学を学び、現在は文筆家、翻訳家だという。キャリア自体に物語が沢山ありそうだ。
実際の文章も流石文筆家だけあって、とても私のような素人が書ける文章では無い。村上春樹のように翻訳の香りのする日本語だ。
同じ米国といっても、彼の場合はSan FranciscoのBerkleyからNorth CarolinaのCarrboro、そしてNew YorkのManhattenと日本人が暮らすのには厳しい環境を渡り歩いているので、私のように海外駐在員の多く住む街での生活とは随分と異なる。
神学を学ぶために大学の施設にパートナーと住んだり、教会を手伝いながらそこで出会う人たちも不法移民、日系米国人や教養のあるホームレスなど独特な境遇の人が多い。
彼らとの交流をモチーフに想い出の音盤、すなわちLPレコードを語るという構図と翻訳のような日本語で表現する文章が本書を全体として垢ぬけた印象を持つものとしている。
ここでは彼が紹介した音盤を紹介しながら、そのエピソードを少し紹介していきたい。なお、ご覧になった通りどれもPeter BarakanのRadio番組で流れそうな曲ばかりだ。
1. Allen Toussaint‐”Life, Love & Faith"
1958年頃からArrangerやComposerとして活躍していたAllen Toussaintがソロデビューしたのは1970年。本作は1972年発表の第三作でかつ次作の”Southern Nights”と並んで彼の代表作とされている。私もその二作をCDで所有していて購入した順番は”Southern Nights”が先で”Life, Love & Faith"が後だ。
著者は2022年6月に日本へ帰国する直前に馴染みのレコード店で餞別代りの値引きをもらって本レコードを40USDで購入している。意外に入手し辛いということか。
また2014年の秋にSan FranciscoのSF Jazzというライブ会場でPreservation Hall Jazz Bandとの共演でAllen Toussaintを観たらしい。
残念ながらAllen Toussaintは2015年にMadridのコンサート後に急死。Hurricane Katrina後にManhattenにいる頃にちょうど私のOfficeがManhattenにあったのでLiveを見るべきだったと後悔している。
2. Ry Cooder-”My Name is Buddy”
Ry Cooderの2007年作。放浪の赤猫Buddyが筋金入りの労働組合員ネズミと盲目でゴスペルを歌うヒキガエル牧師と大恐慌時代のアメリカを旅するというコンセプトアルバム。
筆者はこのアルバムを細野晴臣の深夜ラジオで知ったと書いている。日曜の深夜に今でも続いている”Daisy Holiday”だろう。
その後渡米してから、『紫の峡谷』、『流れ者の物語』、『ジャズ』、『ボーダーライン』を一ドルや二ドルの投げ売りコーナーから買い集めた。
そしてManhattenのTown Hallで行われる予定のRy Cooderのコンサートを観るために出かけた先のレコード屋で『パラダイス・アンド・ランチ』を25USDで購入している。
私もRy Cooderは数枚のCDとLPを持っているが、まだ本腰で聴き込んでいないMusicianの一人。五十嵐正氏の書いたAlbum Guide & Archiveは購入済みだが、ずっと積読状態にある。そろそろ取り組まねば。
3. Leon Redborn-”Double Time”
今週のPeter Barakanの”Weekend Sunshine”は1975年特集の第二弾で、偶然Leon Redbornを「Bob Dylanが、もしレコード会社を立ち上げるなら彼と契約する」と言ったというエピソードが紹介されていた。全く偶然だが、同じエピソードが本書でも紹介されている。
著者は渡米して間もない頃、まだレコードが聴ける環境に無いにも関わらず、San FranciscoのFlea Marketで本アルバムに一目ぼれ。わずか数ドルで購入。North Carolinaに引っ越して一年目の春の2018年、長女が生まれる頃にレコードプレイヤーを購入、スピーカーとアンプを個人間売買で調達、最初に本レコードを聴いた。
4. Mavis Staples-”We'll Never Turn Back”
2007年に発表された本作のProducerはRy Cooder。1950年代、60年代の市民権運動に関する歌や詞で貫かれたコンセプトアルバムである。Mavisは2005年のHurricane Katrinaや1999年にNY警察の銃弾を浴びたAmadou Diallo事件を受けて本アルバムを制作した。
著者はNew YorkのHarlem近くにあるユニオン神学校で受けていた黒人神学者のゼミでPBSの”Eyes on the Prize”というDocumentary Seriesを観て、その主題歌が”Eyes on the Prize”だった。
また著者は2019年にNorth CarolinaのDarhamにあるCarolina TheaterでMavis StaplesのLiveを観ている。残念ながら当時は本レコードは再販前で会場では入手できなかったらしい。
Mavis Staplesは今年の3月に来日、チケット代は高かったが、私は是が非でも見たかったのでBillboard TokyoのMemberになり、最高の席で観ることができた。
5. Miles Davis-”Seven Steps to Heaven”
本書では本アルバムはHerbie Hancockが抜群の演奏をしているアルバムという文脈で紹介されている。
著者は日本に帰国する二日前に車を売却した帰りに配車サービスを頼んだところ、二十代後半ぐらいの黒人の若者が迎えに来た。その若者はその夜にHerbie Hancockのコンサートに行くらしいのだが、なんと彼を聴いたことが無い、という。
近頃の若者は…と言いたくなりそうなエピソードである。
6. Donnie Fritts-”Oh My Goodness”
2019年に亡くなったDonnie Frittsの”Oh My Goodness”は2015年リリース。ProduceはJohn Paul White。
著者は本アルバムがリリースした2015年にNew YorkのUnion Square近くのJoe's Pubで観た。
さらにPeter Barakanの年間ベスト企画で本アルバムをリクエストして「海外在住の榎本空」と名前が呼ばれたという。
Donnie Frittsは本書でも紹介された”Prone to Lean”をCDで持っており、愛聴盤の一つ。Liveでは観たことが無いので、正直、筆者が羨ましい。
7. Rubber Band-”Xmas!”
著者は米国在住時代に、クリスマスの度に本物のもみの木を購入していたらしい。私は巨大なイミテーションのツリーを帰国者から引き継いだので一度も購入したことがないが、香りが良いのに対して虫が出てきたり結構大変な目にあった人が多い。
筆者が高校時代にThe Beatlesの最新アルバムと間違ってRubber Bandの”Xmas!”を購入してから愛聴盤になった。その後も毎年Nick LoweやらPhil Spectorやらのクリスマスアルバムを欠かさず購入していたのだが、ガザでの虐殺が、混じりけの無い歓びを不可能にすることから、クリスマスアルバムをボイコットする。
このRubber Bandは全く私のレーダー外だったが、これは楽しいアルバムだ。1998年に買った「Beatles Vibrations~ビートルズのフォロワーたち」というムック本を見てみると、しっかりとこのアルバムが掲載されていた。
8. Bobby Charles ”Save Me Jesus”
台湾からSan FranciscoのBerkleyへ移った際に、著者と奥さんのももこさんは神学校の寮に住むのだが、奇妙なことに熱心なクリスチャンのJohnとホームレスのDr. Qと同室で暮らすことになった。
著者はこの奇妙な同室者二人と真夜中の音楽鑑賞会を始める。参加者は筆者を含めて三名で、John、Dr. Q、筆者の順番で好きな音楽をかける、というルール。
Johnはクリスチャンミュージックをかけるが、Dr. Qはそれが気に入らない。Dr. QはNeil Youngの”Harvest”から一曲をリクエストする。
最後に筆者が選んだのがこのBobbie Charlesの”Save Me Jesus”で、二人が共に気に入るだろうと思い選んだ。そして皮肉屋のDr. Qも流石にこの曲には文句が無かった。
Bobby Charlesは私もこのCDを持っている。間違い無く名盤だ。
9. Aretha Franklin-”Amazing Grace”
著者が翻訳中の本にAretha Franklinの”Amazing Grace”について触れられており、2021年のドキュメンタリー映画を見直すと圧倒された、という。
Arethaは当然のこと、Supporting Musiciansの見事な演奏、そして教会そのものが発する熱気が凄い、という。
確かレコード棚にこのアルバムがあったはずだ、と思い著者は探し始めるが、見つからない。なぜか”Soul ’69”は二枚ある。
このドキュメンタリー映画は当時評判だったが、私もまだ観ていないので是非観てみたいと思う。
10. Keith Jarrett-”My Song”
1978年にリリースされた本アルバム。筆者は2018年に長女が生まれた頃、ずっとこのアルバムを聴いていた。特に本アルバムに収録された”Country”が好きだ、という。
そして筆者は2017年2月にまだ脳卒中で倒れる前のKeith JarrettをCarnegie HallでKeith好きのお父さんと一緒に見ている。
その時のKeith Jarrettは意外なほど饒舌で、Trumpが最初に大統領になることが決まり、「これは私が知っているアメリカではない」とTrumpと彼の政治の話をしていたようだ。
私の友人もこのレコードの大ファンで、私も最近本レコードを入手した。本書にも登場する”Koln Concert”に比べると随分聴きやすいように思う。
11. Mary Lou Williams - ”Black Christ of the Andes”
筆者が最初の本である「それで君の声はどこにあるんだ?」を執筆した際にアートディレクターの有山達也さんから「このアルバムみたいだ」と言われ光栄に思ったそうだ。
当時筆者はMary Lou Williamsも”Black Christ of the Andes”も知らなかったので、早速聴いてみたが、「一聴しただけでは消化しきれない、特別な音楽体験」だった、という。
1964年に発表された本アルバムは、キリスト教の礼拝で演奏されることを企図しており、「聖なるジャズ」、あるいは「ジャズ讃美歌」と呼ばれている。
私はこのアルバムは全く知らなかったが、凄まじい迫力を感じる。
12. Charlie Haden - ”Spiritual”
筆者が岐阜の豚舎でアルバイトをしていた頃に、その豚舎の主である弦くんが、Peter BarakanのRadio番組と一緒に教えてくれたのがCharlie Hadenの”Spiritual”だった。
弦くんは豚飼いでベーシストで詩人。こういう人が登場するところが本書の特徴の一つだ。
13. James Baldwin's Home Records
筆者はJames H Coneの「誰にも言わないと言ったけれど (「黒人の炎」を受け継ぐために ―― 黒人神学の泰斗、その人生のすべて)」を翻訳しており、その中でJames Baldwinと出会った。
James Baldwinはスイスの寒村でデビュー作「山にのぼりて告げよ」を書き上げた際に、「二枚のベッシ―・スミスのレコードとタイプライター」で「武装した」という。
本書で筆者はJames BaldwinのレコードコレクションがSpotifyで公開されている、と紹介しており、おそらくこのPlaylistがそうではないかと思う。
もちろんPlaylistは彼のコレクションを垣間見ることが出来るわけだが、筆者はこのプレイリストは「何かが決定的に欠けている」という。大切なのは「彼が何を聴いていたかだけではなく、彼がそれをどうやって聴いていたか、それが並べられていた部屋そのものが必要なのだ」という。
14. 細野晴臣 - "HoSoNoVa"
東日本大震災の年に、著者は初めて細野晴臣のアルバムをリアルタイムで聴くことを楽しみにしていた。それが大震災を挟んで世界は混沌とし、一か月後に同CDを入手してから延々と”HoSoNoVa”をパソコンで聴くことになる。
著者は”HoSoNoVa”が、「世界の終わりを想像していたかのよう」に「時代の空気をまるごと録音したような音」をしていた、「わたしにとって、あのときの世界とどうにか折り合いをつけ、咀嚼し、やはりわたしもそこに居るのだと信じるために欠かせぬ文法のひとつになった」という。
そしてその年の5月に日比谷野音公会堂で”HoSoNoVa”発売記念コンサートを見に行く。
時は流れて、2017年に再び細野晴臣と遭遇する。アメリカからの一時帰国中、研究も兼ねて慰霊の日前後の沖縄に滞在していたところ、細野晴臣と久保田麻琴が「Road to Okinawa」というイベントでトークショーと演奏を行った。
著者はその後”HoSoNoVa”と”Heavenly Music”がレコード化された時に二枚とも購入したが、レコードプレイヤーを持っていなかったので、実家の押し入れにしまっていたところ、残念ながらレコードが反ってしまったらしい。
こういうトラブルもレコードとの思い出の一つだ。
私は細野晴臣は、高田漣のゲストとして、松本隆芸能生活40周年コンサートでのはっぴいえんどとして、細野晴臣50周年のコンサートで、さらに細野晴臣単独で一回、Liveを観ている。
面白いことに、最も最近会ったのは先のMavis StaplesのBillboard TokyoでのLiveが終わった後にElevator。筆者ほどには固まらなかったけど、流石に少し驚いた。
15. Don Covay - ”One Little Boy Had Money”
ある時、著者はNorth Carolinaのレコード屋で大量の7インチレコードが段ボールに無造作に放り込まれているのを見つける。店に確認して200枚近くのすべてを無料で持って帰る。
50年代から70年代のヒット曲ばかりで、状態は悪い。それらは、いつからか子どもたちのものになった。子供用のプレイヤーで聴くことになる。
この時子供たちが気に入ったのがDon Covayの”One Little Boy Had Money”だった。
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Apple Musicでこららの曲を含む本書に登場した沢山のレコードをPlaylist化したので、ご興味のある方はどうぞ。
