【かつて剣聖だった老騎士の全盛期帰還】第三話/#創作大賞2026 #エンタメ原作部門
【3話】
地面に生まれた夥しい量の血溜まり。その中央では一人の男が倒れていた。すぐ近くには両腕と両足が無造作に転がっていた。血溜まりに倒れる体に四肢はなかった。胴体だけだった。
血溜まりから続いている長さ三、四メートルほどの血の筋の先には、まだ肌の温かみの色が残る頭部が一つあった。見覚えのある、口髭の男の頭部だ。
もう辺りの日は沈みかけていた。夕刻の茜色の日差しが、血溜まりに反射する。口髭の男の頭部も半分だけ照らしていたが、ほどなくして日は沈んだ。地面に倒れる四人の死体に、肌寒い夜風が吹き抜ける。口髭の男の頭部の短い髪が僅かに風で揺れた。
**
「……ロイ……皆──」
口髭の男達とケリをつけ、帰宅したジェイル。彼はひたすら地面を掘り、いくつもの家族の墓を作って埋葬していた。若返った張りのある頬には、乾いた涙の跡が何本も付いている。掘っては泣き、掘っては泣きを繰り返した。
全ての墓を作り終えたジェイルは、項垂れるように地面へ座り込んだ。ずっと現実を受け入れられない。だが、時間が経つほどに現実だと実感する。
(最愛の家族が皆殺されてしまったというのに、どうして死んだ筈のわしだけ生き返ったんじゃ……。しかも若き肉体にまで戻っておる。まるで説明がつかぬわ)
ジェイルは無意識に溜息を零した。夜空に浮かぶ満月をふと見上げる。
「あの男達の正体も、わしが狙われた理由も結局は分からず終いじゃの。本当に訳が分からぬ……」
刹那、満月を見つめていたジェイルが何かを思い出したかのように目を見開いた。
「そうじゃ。もしかしてこれは、若い頃あいつに掛けられた“呪術”が関係しておるのではないか?」
ジェイルの脳裏に、一つの遠い記憶がフラッシュバックした。
**
遡ること六十年前。
若かりしジェイルは、一人の女性と何やら会話をしていた。
「ねぇジェイル。もし“寿命を代償に一度だけ生き返られる”としたら、貴方ならどうする?」
突拍子もなく聞いたのは、ジェイルと同じぐらいの歳の魔術師。ミリアスだった。
「いきなりなんだミリアス。しかも質問の意味が分からねぇ」とジェイル。
気怠そうに、素っ気なく返す。
「だから、もし寿命を代償に一度だけ生き返られるとしたら、貴方ならどうするって」
「どうするも何も、仮に生き返られたとして、そもそも死んだ奴が寿命を代償にするってどういう理屈だ?」
ジェイルの言葉に、ミリアスは呆れた表情を浮かべた。
「流石は剣バカね。質問を質問で返すなんて、話が進まないじゃない」とミリアス。
「いちいちうるさいな 先にバカなこと聞いてきたのはお前だぞ」
「いいから答えなさいよ」
「勝手だな」
ジェイルはやれやれ、といった表情を浮かべて答えた。
「そうだな。まぁそん時の死に方にもよると思うが、もし生き返られるなら生き返りたいかな」
「OK、分かったわ!」と食い気味に言ったミリアス。
明るい表情で、いつも相棒のように持っている魔術師特有の杖を握った。更に続けて口を開く。
「じゃあ貴方でこの“呪術を試す”わね!」
「は?」
思わず間抜けな表情になったジェイルを他所に、ミリアスは微塵の迷いなく魔力を高めた。魔術師が魔法を発動する時に見られる青白い輝きが、ミリアスと杖に集まる。そして次の瞬間、ミリアスが魔法を使った。
「──!」
ジェイルに呪術が掛けられた。
**
「いや、まさかのぉ」
遠い遠い記憶。ジェイルはいつかのミリアスとの会話を思い出したが、確信は持てない。確かめる術もない。だからジェイルは遠い遠い記憶の糸を懸命に辿った。あの時、ミリアスとはもう少し会話があったはずだ。
ジェイルは眉を顰めて唸りながら、必死に会話を思い出した。
**
「はい、出来た! 上手くいったわ」
ミリアスが上機嫌で言った。
「え、なんかしたのか? …って勝手に俺で試すな」とジェイルが突っ込みを入れた。
「しかも今、呪術とか恐ろしい単語が聞こえたぞ。俺に何したんだお前!」
「呪術を掛けただけよ。だって生き返りたいって言ったじゃない。だから」
「ふざけんなお前。めちゃくちゃにもほどがある」
淡々としたミリアスの態度に、ジェイルは怒りを通り越して呆れそうだった。
「何もめちゃくちゃじゃないわ。ちゃんと許可取ったし。それに凄い上手く呪術が掛かったからむしろ良かったと思うけど」
ウインク付きで言ったミリアス。とても満足そうだ。
「なにも良くねぇ、ちゃんと説明しろ! 俺に掛けた呪術はなんだ! そもそも、死ぬのに何で寿命を代償に生き返るってどういう意味だよ」
「ったく、変なとこ細かいわねぇ。天下の剣聖様が呪術如きにビビるんじゃないわよ」
ミリアスは「仕方ないわね」と言わんばかりに、続けて面倒くさそうに説明を始める。
「何度も言ったけど、これは死んでも一度だけ生き返られるようになる呪術なの。つまりジェイル、貴方が死んだ時に初めてこの呪術の効果が発動されるわ」
「じゃあ死なないと本当に掛かってるか分からないじゃねぇか」と即座にジェイル。
「まぁ確かめるにはそうね。でも、私が失敗する訳ないから安心して」
「そういうことじゃねぇ」
「あ、それから、一応だけど注意点もあって。この呪術はただ生き返るだけじゃなく、生き返った時に色々“縛り”があるの。例えばね――」
**
遠い遠い記憶を必死に辿ったジェイル。しかし、思い出せたのはそこまでが限界だった。
「うむ。ひとまずこれはミリアスの呪術で間違いなさそうじゃな。肝心の縛りとやらが全く思い出せん」
ジェイルは視線を落とした。埋葬した家族の墓を儚げに見つめる。
(わし一人だけ生き返っても、こんな人生に価値などない。じゃが……)
無意識にグッと拳を握ったジェイル。目に闘志が宿る。
(こうして生き返った以上、あの男達の正体を暴いてわしの家族の仇を討ってやろうかの)
改めて家族を殺した男達に激しい憎悪を抱いたジェイル。復讐を決意する。
「確か奴ら、最後に任務やら報告やらと言っておったな。ということは、他に仲間がいる。わしを狙うよう指示した“上”の存在がいると考えるのが自然じゃな」
ジェイルは冷静に状況を整理していく。過去のことも思い出し思考するが、明確な答えは見つからなかった。
(一体誰がわしを狙ったんじゃ? 正直、検討もつかんの。なにせ一昔前は大戦争時代……。毎日のように人の命を奪ったし狙われた。どこで恨みを買っていても可笑しくない)
ジェイルは再び考えようとして、すぐにやめた。
「恨みは恨みしか生まない……。嫌というほど戦争で実感した筈じゃが、今回のこれはちと勝手が違うの」
家族の墓を見たジェイルは、かつての剣聖時代の冷酷な瞳を浮かべた。
そして、静かに歩き始める。
(この第二の人生の“残りの寿命”とやらがいつまでか分からないが、全てを使ってでもわしの家族を奪った奴ら全員、必ず始末してやる)
家の広い庭の片隅。木造の小屋の扉を開けたジェイル。多くの物が無造作に置いてある小屋の一番奥、埃が被っている木箱に手を伸ばした。手で深い埃を払うと、そのまま木箱を開けるジェイル。
細長い木箱の中には、一振りの「剣」が入っていた。
「まさか、またこいつを握ることになるとはのぉ」
満月の光が剣の刃を淡く照らす。銀色の刃にはジェイルの儚げな瞳が反射していた。
剣を持ったジェイルは小屋を出る。
「なによりまずは、奴らの情報が欲しいの。それに重要な呪術の縛りとやらも思い出せぬし……うむ。しょうがない」
ジェイルは再び歩き出した。庭から敷地の出入り口へ。家の外へと出た。
(ミリアスのところに行くとするか。預けてあるわしの“もう一振りの剣”が必要じゃ)
家を出たジェイルはかつての仲間、魔術師ミリアスへの元へ何十年振りかに向かう。
(アリシア……皆……。わしが不甲斐ないばかりに、助けられずにすまぬ。許してくれとは言えなぬが、お前達の無念だけは絶対に晴らすからの。そしてそれが済んだら、わしもすぐに皆の元へ逝くつもりじゃ。じゃから少しだけ待っててくれ──)
満月に照らされる夜空の道を、ジェイルは静かに歩み始めた。
同時に、少し離れた位置から何者かの気配を察知していたジェイル。振り向かずに視線だけを動かした。
(あやつ……わしが男達と戦っている時からずっと監視しておるな)
直後、離れた位置からジェイルを監視していたであろう謎の人物の気配が消えた。
ジェイルが気配を感じていた方向を向く。
「うむ。これは思いがけない手掛かりじゃ。一旦ミリアスのところへ行くのは後回しにしようかの」
次の瞬間、ジェイルは体から奥拉の光を溢れ出させると、奥拉の力で身体能力を強化。グッと足に力を込めたジェイルは直後、思い切り地面を蹴った。凄まじい速度で道のすぐ隣に広がっていた林の中を駆け抜ける。
「若いとはなんたる価値じゃ」とジェイル。
改めて自分の若い肉体を実感したジェイルは、久々に気持ちが高揚していた。
そしてその僅かな高揚が収まるよりも早く、優に五百メートル以上はあった差を一瞬で埋めた。ずっと己を監視していた謎の人物に追いついた。
「ちょっと尋ねたいことがあるのじゃが」
「──!?」
謎の人物も林の中を走って移動していた。黒いマントを被っている。顔が見えない。謎の人物は急に目の前に人が現れたことに驚き、目を見開いた。いきなり人が現れたことに驚いたことももちろんだが、それ以上に一切の気配を感じ取れなかったこと、なにより目の前の人物がジェイル・セシルバーであったことが驚きだった。
刹那、謎の人物は反射的に後方へ跳んでジェイルと距離を取った。いつの間にか腰から抜いたであろう剣も握っている。
「お主、奴らの仲間かの?」とジェイルが聞く。
剣を構えて警戒する謎の人物。ジェイルよりも僅かに背が低いだろうか。マントでしっかりと確認はできないが、華奢な体格をしているようであった。
ジェイルが何気なく聞いた瞬間、マントを被った謎の人物がジェイルに突撃。躊躇なく剣で攻撃を仕掛けてきた。
だがジェイルは冷静に自らも剣を抜き、謎の人物の攻撃を軽々と受け止める。
「わしは無駄な体力を使うつもりはない。ただ聞きたいだけじゃ」
攻撃を受け止めながら、飄々と言うジェイル。目の前の謎の人物は、攻撃時の勢いによってマントが取れていた。顔があらわになる。満月の光が彼女の顔を淡く照らした。
濃い赤髪に赤眼。色白な肌。端正な顔立ち。若返ったジェイルと同じ年頃の女の子だった。
彼女は力強さを感じる赤い瞳で、真っ直ぐとジェイルに言い放った。
「人になにか尋ねたいなら、まずあんたが名乗るべきじゃないかしら──」
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