「国家『物の怪』執行局:第5話」#創作大賞2025 #エンタメ原作部門
「第五話」
~N.M.E.B・執務室~
翌日――。
チク。タク。チク。タク。
静かに鳴る秒針の音。次に口を開いたバーンズ局長の言葉からは、余り温度を感じられなかった。
「……成程。報告は以上であるな」
「はい」
退屈と言わんばかりの局長の態度を前に、ルルカは一言だけ返す。
「そうか。つまりこれまでの連続殺人は全てギルゼン1級魔操技士による計画的犯行。との事で間違いはないか?」
温度も感じなければ抑揚も感情もない。ただ文字を読んでいるだけの淡々とした口調。それも、局長は極めて怪訝な瞳でルルカを見ている。
「私の報告に疑いを感じるのも仕方ありませんが、全ての報告は事実です」
この数ヶ月、多くの魔操技士が投入され追っていた未解決事件を、配属されたばかりの新米が解決したのだから無理もない。局長が疑いの目を向けるのも当然である。
バーンズ局長は机の引き出しから何かを取り出すと、それを机の上に置いて再び口を開く。
「君から受け取った薬莢だが……鑑識から結果が届き、ギルゼン1級魔操技士が使用している薬莢と一致した。それに彼の部屋を捜索させた所、部屋からこんな物も発見された」
局長の机の上に置かれたのは1つの首飾り。銀で造られているであろうその首飾りは、細かいデザインが彫刻された綺麗な物。よく見ると、首飾りの裏には“アーティバッハ”という文字も刻まれていた。
「これが何を意味するか。君も分かるであろう?」
尋ねるなど愚問。局長の言葉にはそういう意味合いが込められていた。
対するルルカもわざわざ聞くつもりはない。何故ならそれが愚問に値すると承知しているから。この首飾りはアーティバッハへの“信仰”を意味する物。
こんな事はアーティバッハを信仰していない普通の人でも知っている、当たり前の知識であった。
「犯行動機はアーティバッハを信仰していた事によるもの。魔操法律に異議を唱えるべく、彼は無関係な人間を殺してその罪を全て物の怪に被せた。今回の事件は君の報告通りで間違いない」
てっきり自分の報告は疑われているものだとばかり思っていたルルカは、局長の余りにあっさりした答えに驚きと違和感を覚えた。局長は“初めから犯人を知っていた”のではないかと――。
ルルカがその真偽を問おうとした瞬間、局長が話の矛先を変えたのだった。
「神父として身を潜めていた物の怪の報告は?」
質問の返答に、ルルカは一瞬言葉が出てこなかった。 確かにあの神父は物の怪。
それは揺るがない事実。対象としていた終焉のマルコではなかったが、物の怪である事に変わりはない。
「神父は元の情報通り物の怪でした。ですが霊力係数を感知出来ませんでしたので、今回は執行に至っていません」
ルルカの発言は真実と虚偽が半々。
物の怪を庇うとも言えないこの報告が虚偽と分かれば、魔操技士の資格を剥奪されても可笑しくはない。
「……それで間違いはないかね?」
訂正するならば今。局長の目がそう訴えかけているように感じた。その鬼気迫る圧にルルカは呑み込まれそうになる。
しかし、彼の脳裏には昨晩の事が回想していた――。
**
~昨晩~
「どいつもこいつも俺もおちょくりやがって……。やっぱりお前だったんだな神父――いや、“終焉のマルコ”――」
ルルカは真っ直ぐ神父を見つめながら、迷いなき言葉で言い放った。
「……何の事じゃ?」
「しらばっくれてもダメだぜ。教会の時と違って今はお前を執行出来る。正直に白状した方が身の為だぞ」
何かの確信を得ているのかルルカに引く気配はない。再び灯らせる緋色の魔素が、その強き想いを宿していた。
両者の距離は3m弱。
いくらスピードが自慢の神父であっても、この距離ではルルカの魔法から逃れられない。それは本人が最も理解していた。
「その根拠はなにかね? 若き魔操技士よ」
「霊力の残り香だよ。教会でお前に会った時から変な引っ掛かりは感じていた。だけどその違和感がずっと分からなかったんだ」
構える手の銃をそのままに、ルルカは淡々と話を続ける。
「だが、今の戦闘でハッキリした。流石のお前も手負いの状態でギルゼン相手は厳しかったんだろうな。神父の霊力と別に“もう1つ”の霊力が零れてたぜ」
「……」
「まさかとは思って周囲を感知してみたが、ここにはお前以外に物の怪はいない。でも感じ取れた霊力は2つ……。まさかギルゼンのついていた“嘘”が本当になるとは思わなかっただろうよ、誰もな」
連続殺人の犯人はギルゼンだ。神父は1人も人間を殺していない。
神父が“終焉のマルコ”だと嘘をつき、それを周囲に真実だと思わせたのも、全てはギルゼンの策略だった。
つまり、今回の一連の事件にマルコなどハナから存在していなかったのだ。
しかし。
「“物の怪を食らう物の怪”――。それがお前の能力だろ? なぁ、終焉のマルコ」
駆け引きでも鎌をかける訳でもない断言。
ルルカは「お前がマルコだ」と言い切った。
「……」
問われた神父は無言のまま。だがこの状況での沈黙はイコール“答え”でもあった。
勿論、肯定の――。
「ホッホッホッホッ。流石0級の魔操技士じゃな。他の者達とは質が違うわ」
追い詰められて開き直ったのか、神父は愉快に笑った。
「久々にワシに気付く魔操技士に出会ったのぉ。それに緋色の魔法とは珍しい。面白いものを見せてもらった」
「どうでもいい事を話すな。マルコと分かった以上執行する。お前はN.M.E.BのブラックリストNo.4の物の怪だからな――」
ルルカの指先の光が強まる。後はもう撃つだけだ。
「ならば、どうでもいい事じゃない話はどうかね?」
「見え透いた真似をするな。時間稼ぎなどしてもお前ッ……「“始祖の物の怪”を知っている――と言ったら?」
「ッ!?」
一瞬心が揺らぐ。しかし相手は物の怪。それもブラックリストに載る手練れときた。そんな物の怪をどどうやって信じる事が出来ようか。
頭では分かっている。だがルルカの本能が、それを聞かずにはいられなかった。
「……なら奴はどこだ? 今すぐ言え」
「ワシにも正確な場所は分からぬ」
「ふん、やっぱりそうか。ならくたばれ」
ルルカが撃とうとした刹那、神父は抵抗しないと訴えんばかりに両手を上に挙げた。
「確かに今は始祖の物の怪の居所は分からぬ。しかし、奴の事はワシも探しておるのじゃ」
話がさっぱり読めない。でも神父の言葉は本当だ。ルルカは直感でそう感じ取っていた。そして、神父は驚きの言葉を口にした。
「君も始祖の物の怪を探していると言ったな。ならばどうじゃ? “ワシと手を組まぬか”――」
「……!?」
**
~N.M.E.B・執務室~
「無言が答えと受け取るぞ――」
局長の低い声が響き、ルルカはふと我に返る。
「……はい。間違いはありません。報告させていただいた事が全てです」
「結構」
相変わらず殺伐とした対応。局長は早く退室しろと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。
「それでは失礼します」
居心地の悪い執務室。早く帰りたかったルルカも早々に切り上げ、そのまま執務室から出て行く。
(よし。これでやっと自由に動ける。待ってろ……始祖の物の怪――。必ずお前を見つけ出し、家族の仇を討ってやるからな――)
確固たる決意を滾らせ、ルルカはN.M.E.Bを後にした。
**
ギルゼンの件から早1週間。
あれからN.M.E.Bや上層部、更にはアルダリア国全土にまで今回の劣悪な事件の全貌が明かされると、国中は瞬く間に震撼した。
「『魔操技士の歪んだ正義。再度問われる人類と物の怪』……だってさ。どっちがこの世の正義か分からないね。どう思う?」
報道から数日経った今でも尚、ギルゼンの事件は多くの国民の関心を惹きつけていた。
揺れる列車の中、座席に腰を掛けた少年が新聞を読みながらルルカに問う。
「さあな。そんな事より、本当にこんな所に始祖の物の怪がいるのか?」
「だから確証はないって何度も言っただろう。そんな簡単に見つかるなら僕だって何年も苦労していないさ」
呼んでいた新聞を畳みながら、少年はふて腐れた表情で言った。
「何で自分の“親”の居場所が分からないんだよ。ただの迷子じゃないか。これでいなかったらお前執行するからな」
「いやいや……! それは流石に御免だよ。互いに“協力”する約束だろ?」
話す少年の歳はルルカと同じぐらいか。黒く長い髪を束ね、何故か上半身は裸。辛うじて下着とズボンは履いているが、物の怪というのはつくづく理解出来ない存在だととルルカは思う。
「俺に協力するつもりなら先ず上を羽織れ。不審者扱いで捕まるだろ」
「国家魔操技士様なら大丈夫でしょ。これぐらい目を瞑ってくれるって」
そう。
今ルルカが当たり前の如く話している相手は他でもない、教会の神父――ではなく“終焉のマルコ”である。
ギルゼンを倒した後、2人は互いに始祖の物の怪を探している事を知る。そしてマルコからの提案で、2人は始祖の物の怪を見つけるまでの間手を組む事にしたのだ。
人間が……それも物の怪を執行する事が使命である魔操技士が、事もあろうかその物の怪と手を組むなど天変地異が起こっても有り得ない事実。
しかし、今こうしてルルカとマルコは、恐らく世界初となるであろう異色のタッグを組んでいた。
勿論ルルカは悩んだ。いや、寧ろ最も嫌な選択肢であった。だがそれはマルコもまた然り――。
奇しくも両者の“目的”は一致していた。ただ“立場”がまるで逆。
最後の最後まで頭を抱えて悩むルルカだったが、始祖の物の怪という未知なる強大な敵に挑む為、更に互いに利用し合えるメリットを活かす為に条件を出し合った。
マルコ側の条件は“自身への無執行”と“物の怪の情報”。
そしてルルカ側の条件が“霊力係数の解除”と“虚偽の発言”である。
ルルカはマルコは執行しないという代わりに、魔操技士の最大のネックとも言える霊力係数の解除を条件に出した。これは物の怪と手を組むという前代未聞のルルカ達だからこそ可能な条件。
本来ならば執行対象の物の怪が敵意を見せ、霊力係数が基準値を超えて初めて魔操技士は反撃出来るが、もしルルカが物の怪と遭遇した場合、協力関係にあるマルコが敵意を向ければ、ルルカはいつでも自由に執行する事が可能となる。
もう1つは情報と虚偽の発言。
これは互いに「始祖の物の怪を見つけ出す」という目的を前提に、無利益な駆け引きや心理戦、争いを無しにする条件である。
「お、やっと着いたか」
大きな汽笛が鳴り響き、駅に停車する列車は徐々に減速していく。駅のホームには多くの人。目まぐるしく人が行き交う中、一際目立つ『4番街』と記された看板がルルカの目に留まった。
「始祖の物の怪はどこだ?」
「だからまだ分からないって。こっちだって他の物の怪に聞いた情報なんだよ」
4番街の駅に降りる2人。
上半身裸だったマルコは上着代わりの法被に袖を通し、固まった体をほぐすように伸びをした。
「なんでそんな祭りみたいな恰好してるんだよ」
「服なんて自由でしょ。これが気に入ってるの。動きやすいし」
そう言いながらマルコは履いている足袋をルルカに見せびらかす。
「どうでもいい。行くぞもう。案内しろよ」
「君は協調性がないね~。友達いないだろ」
「執行するぞ」
2人はそんな会話をしながら、目的地へと歩みを進めるのだった。
**
~4番街・アンダー地区~
人影も疎らな閑静な土地。昔は賑わっていたのであろうか、活気がまるでない商店街通りは1つも店が開いていない。立ち並ぶ家や建物も空。4番街の中でもここ、アンダー地区の一角だけは廃れていた。
しかし。
「うおおお!」
「そこだ! 殺せッ!」
「いけえええ!」
廃墟となっている古い建物の地下――。
そこだけは何故か多くの人間と歓声、そして血生臭い異様な活気が満ち溢れていた。
決して広いとは言えない地下の1室。場にそぐわない数の人が密集している中央に、ルルカは何かを見つけた。
「あれは……檻?」
凄まじい熱量と歓喜を上げる人々の隙間から見えたのは大きな鉄格子の檻。この場にいる者達全員の視線が檻に注がれている。
檻の中にはいるのは人間だ。
「ここは“地下闘技場”だ。まぁ見たまんまだけどね」
さも当たり前にマルコが言う。
目の前の熱量とは真逆の態度。まるで興味がなさそうだ。
「ここの地区だけまともに人がいなかったのに、地下だけ凄いな。こんな所にいるのか? 始祖の物の怪が」
「それを確かめに来たんだよ」
「で、この後は?」
「さあ」
「は?」
人々の熱狂を横目に、ルルカとマルコのテンションは急激に下がっていく。どうやらこれ以上の情報をマルコは待ち合わせていないらしい。
「ふざけるなよお前」
ルルカは瞬時に緋色の魔素を練り上げる。
「ちょ、何でそうなる……ッ! だから初めから確証はないって何度も言ったじゃないか!」
冗談ではない。本気で執行するつもりだと、ルルカの目が訴えている。慌てたマルコは必死で彼を落ち着かせた。
その時。
「観戦希望っすか?」
「「……!」」
ルルカとマルコに現れた1人の少年。見た所まだ10歳前後だろうか。
不意に現れたその男の子は、ルルカ達を見るなりパッと表情が明るくなった。
いいなと思ったら応援しよう!
あなたのお気持ち(チップ)でこの記事が生まれています。ありがとうございます。