そして僕は「怪獣」と暮らすようになった
あれは、僕が5歳(幼稚園)の頃だった。
両親の仲良し友人家族と一緒に、毎年の恒例行事ともなっていたBBQを地元の河川敷で楽しく行っていた日のことだ。
絵に描いたような青い空に、流れる川。
大人達が肉や野菜を焼きながら談笑しているすぐ近くで、僕達子供はそれぞれ川に入ったり、石を積み上げたり、水切りをしたり。
それはもうただただ楽しく遊び散らかし、全力ではしゃいでいた。
あの日のことは、大人になった今でも鮮明に覚えている。
それぐらい楽しい一日だったのだ。
だが、それと同時、あの日は僕にとって、決して“忘れることのできない日”ともなった。
あの日の出来事が、その後の自分の人生を、それはそれは大きく変えた。
そうだ。
僕は一生、「あの日」のことを忘れることはない。いや、忘れたくても到底忘れられないだろう。何故ならあの日、僕は人生で初めて……
『怪獣』と遭遇したからだ──。
皆で楽しくBBQをした「あの日」のことは、鮮明に覚えている。
川に入って楽しく遊んでいた僕達は、ようやくお腹が空いた。
だから皆で肉を焼いている親達のところへ向かったのだ。
「お肉食べたい!」
「焼きそばがいいー!」
「喉乾いた……」
「俺はまだお腹減ってないよ!」
同じ年頃の僕達は皆、それぞれに意見を元気よく飛ばしていた。
そんな僕達に対し、親達は慣れた手つきでササッと一人ずつの要望に応えていく。
そして皆でわいわいがやがやと仲良くお昼ご飯を食べた僕達は、「ごちそうさまでした!」の挨拶が、同時に午後の遊びのスタートの合図ともなった。
一斉に川に飛び込む僕達。
バシャバシャと遊び、ほどなくしてトイレに行きたくなった僕は、3つ上の幼馴染のお姉ちゃんと一緒にトイレへ。
そこからすぐに用を済ませた僕達は、再び皆のところへ戻るべく走り出したのだが、その時だった。
「怪獣」がやってきたのは。
僕が皆のところに戻ったのと同じタイミングで、ちょうど両親の友達家族がもう一組やって来た。父親と母親と子供の三人家族。
しかしその家族は、人間以外にも「怪獣」を一匹連れていた。
怪獣の正体──それは他でもない……『犬』である。
そう。
僕にとっての「怪獣」とは『犬』なのだ。
何度も言うが、この日のこの出会いは本当に鮮明に覚えている。
そもそも、僕の家は犬を飼っていなかったし、犬と身近に触れ合う環境でもなかった。だから当時5歳だった僕が覚えている限りの記憶でも、ちゃんと犬と接したのはこの日が初めてなのだ。
つまり僕には、犬に対する免疫が一切なかったと言えるだろう。
そんな僕が、初めて犬と出会った。
しかも相手はチワワや柴犬のような小さな犬ではなく、白い毛をフサフサさせた、大型のゴールデンレトリバーだった。
次の瞬間、僕は人生で初めてゴールデンレトリバーと目が合った。
そして直後、ゴールデンレトリバーは僕に向かって走ってきた──。
当時5歳の僕は、犬に一切の免疫がない。触れ合う環境もなかったし、当然ながら家でも犬なんて飼っていなかった。
だからこそ、5歳の僕は自分とほぼ同じ目線のゴールデンレトリバー……しかもいきなり自分目掛けて走ってくるこのゴールデンレトリバーが、一瞬で「怪獣」に見えてしまったわけだ。
分かっている。
大人になった今に覚えば、あの時のゴールデンレトリバーは、ただ子供の僕と遊びたかっただけ。じゃれ合いたかっただけ。
しかし、そんなゴールデンレトリバーの気持ちが微塵も分からなかった僕は、ゴールデンレトリバーがこちらに向かってきた瞬間にそれはもう、本当にそれはもうとんでもない恐怖に襲われ、一目散に逃げ出してやった。
しかし、僕のその判断が大間違いだった。大失敗だった。世間知らずの犬知らずだった。
僕が「逃げた」ものだから、「遊んでくれる」と勘違いしたゴールデンレトリバーは僕をめちゃくちゃ追ってきたのだ。
「逃げる」僕と、「遊ぶ」ゴールデンレトリバー。
その差は明確で、その内容には天と地ほどの差がある。
ゴールデンレトリバーはよほど楽しかったのだろう。嬉しかったのだろう。舌を出しながらずっとずっと僕を追いかけてきたが、一方の僕はそれどころではない。
なにせ、相手は一般的には「可愛い存在であるワンちゃん」だが、その時の僕にとっては人生で初めて出くわした恐怖の『怪獣』だ──。
そりゃあ「可愛い」なんて感情はこれっぽちもない。ただただ、未知の怪獣に追われているという絶望だけである。
そんな背後から迫る絶望に、5歳の僕は、当時の持てる力を振り絞って全力で走ってやったさ。昔から確かに勉強は苦手だったが、その代わりに運動には自信があった。幼稚園でも足は速いほうだった。
逃げ切れる、と僕はそう思った。
でも、現実はあまりにも残酷だった。
全然逃げきれなかったのだ…。
ゴールデンレトリバーという名の怪獣相手では、5歳の全力疾走など軽いウォーミングアップにならなかったに違いない。
あの時の僕は、本当に本気で、ゴールデンレトリバーに食べられるという恐怖しかなかった。
うまく息が吸えない。心臓がバクバクと高鳴る。恐怖で体が変な感覚に襲われる。
その全てを今でも鮮明に覚えているぐらい、とにかくただ怖かった。
しかも更にその時の僕が不運だったのは、周りにいる他の子供や大人達から見ると、パッと見では『僕とゴールデンレトリバーが楽しそうに遊んでいる』ように見えてしまったことだろう。
命懸けで逃げていた僕は、全力で走りながらも誰かに助けを求めようと、横目でチラッと他の子供達や大人達を見たんだ。だが、子供も大人も全員が笑っていた。
これがダメ押しとなった。
周りから見れば遊んでいるように見えたかもしれないが、僕は違う。
命懸けで逃げていた僕には、皆のあの時の笑顔が悪魔に見えたぐらいである(笑)
実際では、僕がゴールデンレトリバーに襲われた(ゴールデンレトリバーからしたら遊んでいただけの)時間は20秒にも満たないぐらいだろうか。
確かにたった20秒の話であるが、5歳の僕に「一生分のトラウマ」を与えるには十分すぎる時間だった。
その結果、僕は犬が大大大嫌いになった。
いや、嫌いと言うより、「怖い」と言ったほうが正確だろう。
僕は『怪獣恐怖症』を患ったのだ。
そしてこの日の怪獣との出会いによって、晴れて僕の人生は犬に怯え続ける人生となった──。
それからというもの、僕の「怪獣恐怖症」は至るところで発症した。
仲の良い友達や知り合いが犬を飼っている時や、通学などで散歩している犬とすれ違う時など。
とにかく普通の生活を送るのに、犬という存在は案外と身近なものであることに改めて気付かされた僕は、幾度となく犬に苦しめられた。
友達の家に行って遊びたいのに、犬が怖くて渋ってしまう。入りたくない。
散歩ですれ違う犬が自分に寄ってくるのも凄く嫌だ。頼むから近寄らないでくれ。犬を「可愛い」なんて、僕には到底思えない。
その場だけだとしても、社交辞令だけだとしても、僕は目の前にいる犬に「可愛い」とは絶対に言えないのだ。
かといって、あからさまに「嫌だ」と言えるわけないし、当然逃げるわけにもいかない。友達や知り合いの犬となれば、尚更そんな態度は取れないだろう。
しかし、僕の言い分も少しは分かってほしい。
こっちはとにかく、犬という怪獣が怖いんだ。
野菜が食べられない。虫が嫌。早起きが苦手。高い場所が怖い。
誰にだって苦手なものの一つや二つはあるはず。それが僕にとっては「犬」だったというだけの話だ。
結局、5歳の頃に患った「怪獣恐怖症」は、20歳を超えても治らなかった。
そんな中、怪獣恐怖症の人生で最も僕の頭を悩ませたのが、22歳の時から3年ほど付き合っていた彼女の家が、めちゃくちゃ「愛犬家」だったことだろう。
付き合った当時から、もちろん彼女の実家に怪獣がいることは分かっていた。
不幸中の幸いだったと言えるのは、彼女の家族も僕が怪獣恐怖症であることを理解し、温かく見守ってくれたこと。
ここでもし「怪獣恐怖症のような人は無理だ」と白い目で見られていたならば、間違いなく僕は彼女と別れていただろう。
しかし、ここからだった。
ここから、実に15年以上も発症してきた僕の不治の怪獣恐怖症に、奇跡的な兆しが見え始めた──。
まず、僕は彼女と付き合うことになったことがきっかけで、嫌でも怪獣と接する時間や回数がシンプルに多くなった。
そして当時、彼女の家で飼っていた怪獣の種類は、世間一般でいうところの「トイプードル」と「ダックスフンド」という犬種の2匹だったのが、この怪獣達が僕のイメージを大きく変えたのだ。
具体的に言うと、大きく変わったのは次の3つ。
そのまず1つ目が「時間」である。
僕は当時の彼女と結婚するまでに3年ほど交際を経ていたのだが、この3年の間は、僕の中で最も怪獣と接することが多い時間となった。簡単に言えば「時間=慣れ」だ。「嫌でも怪獣と接しなければいけない」という環境が、徐々に僕の怪獣恐怖症を和らげていったと思う。
2つ目が「大きさ」だ。
そもそも僕が怪獣恐怖症になったきっかけは、5歳という小さい僕が、自分の身長と同じ目線の大きなゴールデンレトリバーに追いかけられたことだ。つまり、あの「大きさ」が恐怖の一番の原因だった。
しかし大人になるにつれ、当たり前だが僕は身長が伸びていった。いつの間にか僕のほうが大きくなり、犬を見下ろす高さになっていた。
些細なことではあるが、これは精神的恐怖をかなり和らげる形となった。
そして最後の3つ目は「信頼」です。
これは後に分かることだが、彼女の家にいたトイプードルとダックスフントは、人間でいうところの「性格」が良かった。
僕が怪獣を怖がっていた理由の中には、「いきなり吠える」「いきなり飛び掛かってくる」というものがあった。
だが彼女の家の2匹は当時、そこそこ歳を取っていたこともある、とても大人しくてのんびりした犬だった。
だから焦ることなくゆっくりと、着実に「信頼関係」を築けたのだ。
そんなこんなで、紆余曲折を経た僕はなんとなんと、15年以上も悩まされた最大の病、『怪獣恐怖症』を遂に克服してしまった!
怪獣恐怖症だった僕は、人生で初めてちゃんと犬を見て、ちゃんと犬と接して、ちゃんと「犬が可愛い」と思えるまでに成長もしたのだ。
他の人からしたら何でもない。だが僕にとっては世紀の大革命である。大袈裟ではなく、人生が大きく変わった。
ただ正確に言うと、完全に怪獣恐怖症を克服したわけではない。
恐怖症を克服したのは、いわゆる「小型犬」というサイズのワンちゃん達だ。
ゴールデンレトリバーやドーベルマン、その他の「大型犬」のサイズは未だにちょっと怖い。
しかし、それでも以前よりはだいぶマシになったと自分でも言える。
柴犬やビーグル、シュナウザーぐらいの中型サイズも怖くなくなった。
流石によく吠えたりする元気な中型以上のワンちゃんはたまにビビるが、それも許容範囲だ。
ともかく、自分自身でも一番驚いたのはやはり、怪獣恐怖症だった僕が怪獣──ワンちゃんを見て、付き合いや社交辞令でもなく本音で「可愛い」と思えるようになったことだろう。
本当に驚きだ。昔の僕なら考えれない快挙を成し遂げた。
だが、そんな過去の僕が更に更に驚くことといえば、それはやはり、今の僕が「怪獣(犬)と一緒に暮らしている」ことに違いないだろう──。
もしこの世にタイムマシンがあったとして、未来の自分から「将来、怪獣恐怖症が治って怪獣と一緒に暮らすよ」と言われても、僕は絶対に未来の自分を信じられない自信がある。
それぐらい、自分でも予想だにしていなかった奇想天外な今を生きているのだ。
当時の彼女とそのまま結婚した僕は、後に長女と次女が生まれ、今ではめでたく4人家族となっている。
そして我が家には更に、“5人目の家族”として小さな「怪獣(トイプードル)」もいる始末だ。
本当に、人生というのは何が起こるか分からない。
もうかれこれ怪獣と暮らし始めて2年が経とうとしているが、僕は自分の家にいる小さな怪獣を見るとふと「僕はなんで怪獣と暮らしているんだろう」としみじみ思う時がある。
怪獣恐怖症だった僕が怪獣と暮らし、怪獣にご飯をあげ、怪獣と散歩をし、怪獣と昼寝をする。
摩訶不思議な人生となっているな…。
実は、我が家に「怪獣」がやってくることになった経緯にもちょっとしたドラマがあったわけだが、それは別の機会にでもまたゆっくりお話させてほしい。
まぁそんなこんなで、僕の「怪獣恐怖症」の人生はとりあえず一旦、一区切りとなった。
まだ完全ではないが、以前の僕と比べればほぼ完治してると言ってもいいぐらいだ。
5歳で己の人生を変える怪獣と出会った僕は、15年以上もの歳月を経て、怪獣恐怖症を見事に克服した。
そして今、僕は「怪獣」と暮らしているのだ──。
おしまい。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
最後に我が家の「怪獣」をちょっとだけ載せておきます。
親バカならぬ「怪獣バカ」ですみません。。。









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