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最近愛読しているブログ3選


私がここ最近特にハマっているブログを3つ紹介したいと思います。


1. みそは入ってませんけど

このブログに出会ったのは、ご多分に漏れず、ちょっと前にバズった(炎上した)記事がきっかけでした。

※『みそは入ってませんけど』の筆者(名乗っていないため、一部界隈では「みそ氏」とか「みそ兄貴」などと呼ばれ始めている)はツイッターをやっておらず、ツイート主は全くの他人です。

まず言っておきますが、私は件の記事『リアリティーショーを批判しているオタクもVTuber見てんじゃん』(通称:リアV)の主張が正しいか否かには興味がありません。VTuberに特に思い入れがないから、というのが一番の理由ですが、他にも重大な理由があります。それは、この記事は文章それ自体がめちゃくちゃ面白いので、主張の正当性にばかり目を向けるのはあまりにも勿体ないと思うからです。

例えるなら、この記事の主張を擁護したり非難したりするのは、幾世紀も前の文学作品の価値を現代の価値観・ポリコレ観に反する描写があることを理由に全否定するようなものです。・・・いや、これでは「倫理/論理的に問題がある」ことを前提にしているため適切じゃないな……。只今の例えは撤回します。これを読む各人が有効な例えをひねり出してください。

閑話休題。すこーし目を通すだけで明らかなように、この記事は全編が──ごく少数の選ばれた者にしか書けない──超絶オモシロく、かつ洗練された文体によって織り成されています。

視聴者は過激なものを求め続ける。女性同士が話し合ったらやれレズビアンだ米を炊け金をまけと大騒ぎする。オフコラボでもしようものなら、性交の隠喩や、もっとどぎつい修飾語が飛んでくる。対人関係は戯画化され続ける。それも、あなたの現実世界の対人関係がだ。あなたがうっかり話したバイト先の先輩はレズビアンにされ、あなたと毎晩、黒光りする双頭ディルドでハメ合っていることにされる。あなたを守るキャラクターの壁はない。顔だけが美しくなったおまえが、インターネットの祭壇にあげられる。おまえの日常は、おまえが話すほど、徹底的におもちゃにされる。それに耐えられるだろうか? そして、これと『あいのり』や『テラスハウス』のようなテレビ番組とは、何が異なるだろうか?

もし、ここには善意があるから大丈夫だ、というなら、それは間違えている。視聴者は暗に陽にキャラクターを勝手にインポーズして、再解釈して、生身の人間に押しつける。「デビューから一年たってついに同期のことを呼び捨てになるのが尊いんだよな」。「XXに告白され限界オタクになってしまうYYYの絵です」。1000人以上の人から、週三回、「エッチだ……」とリアルタイムで言われて、精神的に健全でいられるというなら、あなたはおそらくすでに狂っている。

アアアアアア気持ち良い。私はこうした文章を、ある種の小説を読むときにしか訪れない恍惚感とともに読む。何度でも読む(しかしこの恍惚感が純粋にその文体から来るのか、それとも私が暗に有するVTuberへの嫌悪感に端を発するのか、正直なところ判別がつかない。この告白をもとに一部のひとは私を非難し軽蔑することができる)。

おっといけない、引用元に引っ張られて常体になってしまいました。戻します。しかし、それこそ一部のひとはこの文章を読んで思うはずです。「海外小説の翻訳モノっぽい文体だな」と(あるいはその劣化版)。それもそのはず、この記事を読んでテンションが上がってしまい、喜び勇んでプロフィールページに飛んだ私を目に飛び込んできたのは・・・

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ド王道の現代海外文学ファンまるだしの「お気に入り」ラインナップでした。白水エクス・リブリスも新潮クレストも(ド嬢最新刊でやっと紹介されたけど作者はまだ読んでなさそう感がハンパなかった!)、ガイブン好きに「好きな文庫は?」と聞いたらまず間違いなく返ってくる『ハヤカワepi』も、そしてこの呼び方がグローバルスタンダードでないことを最近知って驚いた『なっちゃん全集』こと『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』まで……まさにお手本というべきデッキじゃないですか!
(ここに国書刊行会<文学の冒険>シリーズが加わると""古参""マウント感が増し、松籟社「東欧の想像力」シリーズや水声社<フィクションのエル・ドラード>が入ると""通""マウントパラメータが上がる)

こうして同じ穴の狢であることを確信した私は、さらなる良文を求めて『みそは入ってませんけど』を漁りまくったのでした。特にお気に入りの記事をいくつか貼ります。

そして私は犬モードのボタンを押す。キーから『犬モード』の連絡が行き、テスラが(当然の帰結として)犬モードになる。テスラは突然、私のそばにぐっと寄ってくる。私がびっくりして後ずさると、テスラも、はっと(ギアをRに入れて)距離を取る。テスラがバッテリーをショートさせて、私の目の前でパチパチと放電をさせる。おびえる私に、イーロン・マスクが「テスラは噛まない。近寄ってやって触ってやるといい」と言う。「そうでもしなきゃ、レモネードを売った意味がないだろ」と笑う。マスクは私と誰か別のアジア人を混同している。

『リアV』の次にひっそりと投稿されていた良SF掌編。落ちが現代アメリカ文学の短編っぽいと思った(ミランダ・ジュライやレイモンド・カーヴァーを想起した)が、ここで「お前は読んだことのある現アメ短編作家の名前を並べているに過ぎないのではないのか」という疑念が頭をもたげる。実際「むしろウィリアム・トレヴァーでは?」と言われたら返す言葉もない。なぜなら私はウィリアム・トレヴァーを1編も読んだことがないからだ。(そしてトレヴァーはアイルランド作家である)


八歳の娘で自慰行為をするようなやつはチャーチズのメイベリーでも抜く。彼女の政治的スタンスなど関係なしにだ。我々はそういう時代に生きている。

この最高の書き出しで始まる、リアVと同等かそれ以上にキレッキレの文体。私はこの、相変わらず言ってることが正当なのかどうか考えるのがアホらしくなってくる文章を読んでいて再び確信した。この人は「正しいこと」を書こうとしてるんじゃない、当人にとって「面白い」と思える文章を目指してひたすら修行している最中なのだと。これらの記事はその修業過程で産み落とされた「廃棄物」(尊敬の念を込めて、敢えてこう表現する)に過ぎない。

じっさい、みそ氏の書く文は非常にクオリティ(あいまいな言葉!)が高い(あいまいな表現!)と思う。翻訳小説に強く影響されたことがうかがえる文体・技法を手にしている一方で、VTuberについてあれだけの長文を書く程度には根っからのオタクでもある。文学性とオタク性の幸福な結婚──彼の作風をこう呼んだら怒られるだろうか?


なんと料理記事(もちろん写真付き)まで投稿している。何者なんだアンタは。


こちらは1クリックするだけで自動的に文が切り替わってゆく実験的な短編。ふだん文学を読まないひとがクリックしたら「なんかすご〜い」と言いそう。私はこれがその実験性に値する(あるいはその実験性にも関わらず)傑作であるかどうか、私見を申し上げることなどできません。


また『みそけど』は、既存のブログサービスを使わずにお手製のプログラムを書いて運営されています。スゴい。(どれくらいスゴいのかはよく分かりません)

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広告もシェアボタンも置かない仕様には「面倒だから」以上の意味──拡散に次ぐ拡散で地獄と化して久しいSNSへの高潔な反抗心──を見出してしまうのは邪推でしょうか?

というわけで、『みそは入ってませんけど』は海外文学かぶれのオタクの兄ちゃん(仙人属性アリ)がその才能を遺憾なく発揮して日々良質なオモシロ文章を投稿しているオススメのブログです。みそ兄貴、愛してます。




2. LWのサイゼリヤ

はい、伏線回収です。("伏線回収"というだけで高尚な属性が付与されると勘違いしている年頃の男子のドヤ顔がここでポップアップする)

さきほど載せた『リアV』バズの震源地ツイートをした張本人であり、数日後に気合の入った応答記事を投稿したLWさん。リアVへの反応をみそ氏と同様にエゴサ(エゴサではない)していた私は、前述の通り主張の正当性にはあまり関心が無く、むしろその文章の上手さ、みそ氏という卓抜した才能の"発見"に衝撃を受けた同類を探すことをモチベーションとしていたため、応答記事を読んだ時点では「めっちゃ頭のいい人がいるもんだなぁ」と思ったくらいでLW氏への興味は芽生えませんでした。

LW氏および『LWのサイゼリヤ』へ強く興味が惹かれたキッカケとなったのはこちら。その月に消費したコンテンツ(きわめてオタク臭い言い回し)への評価・感想をまとめたこの記事のぶった切り感が半端なく「このひとめちゃくちゃ面白え!」と一気に落ちてしまいました。

特に映画『君の膵臓をたべたい』へのdisが突き抜けていて大笑いしました。(未消費コンテンツへの他者のdisに便乗して快楽を得る行為は端的に醜悪なので控えるべきですが、それはそれとしてテンションが上がるのは生理的反応なので仕方ない。)どれぐらい突き抜けていたかというと、2日後にみそ氏が丸パk…便乗記事を書くくらいです。

その後『みそけど』と同様に過去記事を漁りまくったところ、LW氏の特徴が掴めてきました。第一に、彼は論理のオタクであるということです。これはべつに論理学の専門家という意味ではなく、今どき珍しいほど典型的なスノッブ、教養のある理知的なオタクであり、そしてその教養が付け焼き刃でなく本物であるためにスノッブと表現するのは適切ではないほどです。

教養とは学問・文化的な知識の所有のみならず、それらをうまく活用して物事を捉え、自分の考えをきちんと言語化する能力まで含みます。LW氏はこの意味でほんとうに教養があるのだと、記事を読むたびに痛感しました。

例えばこの記事ではアニメ『リゼロ』におけるループ者の倫理性について詳しく論じ、これまでの「ループもの」と比べてどの点で進歩しているのかを明らかにすることによって「優れた作品」であると結論付けます(欠点についても理路整然と指摘している)。LW氏の記事は考察内容の興味深さももちろんありますが、だからといって自らの頭の良さを徒に自慢するような読みにくい面がほとんど無いのも素晴らしいと思います。ガッツリ哲学・倫理学・人文学などの思想に絡んだ話をしているのに読みやすいんです。みそ氏とはまた別の意味で「文章がうまい」と思います。

みそ氏の模索している文体は文学に傾倒している修行中の人間が書く良質な文章ですが、例えば大学のレポートなんかでは絶対に認められない上手さです。いっぽうLW氏の文章はそのままレポートとして提出できるような「座りの良い」文学的でない上手さがあります。(純文学での良文≒一般文書での悪文)

書く文章は普段その人が読んでいる本に強く依存します。LW氏はあまり文学には関心がないようで、代わりに現代思想や倫理学、哲学などの専門書・一般書を読み漁っているということです。

こちらは個人的に永久保存版の記事です。これがキッカケで重い腰を上げて『動ポモ』を読み(いまいちピンとこなかった)、『私とハルマゲドン』『可能世界・人工知能・物語理論』を借りました(ろくに読まないまま返却期限が来ました)。

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最高評価(☆5)のこちらは昨年読んでいました。「響けユーフォニアムを見て生理的な気持ち悪さを感じ」るどころか大好きですが、この本はめちゃくちゃ面白かった覚えがあります。(むしろその気持ち悪さを好んでいるのだろうか)


こちらも極めて理知的に論を進めていくので読んでいて気持ちが良い。教養のない"浅い"オタクとしては「なるほどなぁ、そうだよなぁ」と馬鹿みたいに肯きながら読むしかないのでした。

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LWブログの「読みやすさ」の要因のひとつに、補足・注釈を最後に付けず文章中に載せる点もあると思います。学問を嗜んだ教養のあるオタクが書くブログ記事は往々にして注釈を最後に並べます。当然これは学術論文の体裁に則ったものですが、いちいち行ったり来たりと読みにくさが爆増するため、このやり方が(ブログのスタイルとして)私は苦手です。LW氏のこの親切なスタイルには、式番号を書かずそのつど式を再掲する数学ガールのユーザーフレンドリーさにも近いものを感じます。

俺にしては珍しいことに国民的漫画を高く評価するという順張り中の順張りなのだが、俺から見れば何故この漫画が一般に支持を得ているかよくわからない。この漫画、どう見ても王道ではなく、思想的にかなりピーキーな邪道である。俺が順張りに転向したのではなく、ワンピースが逆張り漫画というのが率直な感想だ。

思想的テーマ性を見出したり構造的な洞察を進めたり、このように理知的に作品を評価していくそのやり口には「自分もこういう考察ができたらなぁ」「こういう論理的に整理された文章が書けたらなぁ」と強く強く憧れます。しかしその一方で、私にはLW氏のような消費の仕方は根本的に無理だろうな、とも思います。それは端的に『リアV』への反応に現れています。

LW氏はリアVの主張をどこまでも実直に吟味しています。おそらく彼にとって「主張の妥当性に気を取られて文章の面白さを堪能できないヤツは馬鹿www」という私のリアVへの態度は「逃げ」とか「それはむしろ元記事への冒涜だろう」と一笑に付されてもおかしくありません。

私はみそ氏を文学(かぶれの)オタクであると言いました。LW氏のことは論理のオタクであると言いました。こうしたレッテル貼りは彼らのあまりにも多くの個性・実態を取りこぼしています。本当はみそ氏だって文学性の一点張りであの長文を書いているわけではないことはわかっています。そして、LW氏がまるで感情のない冷酷な論理考察マシーンであるかのような物言いももちろん間違っていて、十分に主観的な好みに基づいた価値判断をしていることもわかっているつもりです。

それでもこのことを一旦棚に上げるならば、みそ氏の文学性に惹かれ、その一方でLW氏の論理性に惹かれる私は、結局のところどっちつかずで中途半端の凡人であるということなのでしょう。この才能ある2人と自分を対比するだけでもおこがましいですが、2人のブログの愛読者であると同時に、どうしても自分との差を痛感して悩んでしまいます。


・・・なんだか不相応に暗い?感じになってしまいましたが、両ブログにこのタイミングで出会えたことにはめちゃくちゃ感謝しています!よ!


両ブログには相互リンクが貼られるようになり、どうやら2人は連絡を取り合い飲みに行くまでになったようです!いやぁ〜〜〜、推しと推しがこうして近付いてゆく様を見ていられるのは健康に良いですね。(そうやって生身の人間を消費するのは倫理に反しているとお前はリアVで学ばなかったのか?)

というわけで、ほんとうの意味で頭がよく教養のあるオタクであるLW氏がオタクコンテンツや時事ネタなどに対して行う鋭い洞察をめちゃくちゃ読みやすい文章で読めるのが『LWのサイゼリヤ』です。
LWさん、尊敬しています。勉強会参加してみてぇ〜




では3つ目のブログです


3. タイドプールにとり残されて

note公式のブラックリスト入りを目指しているので、平然とオススメのはてなブログを紹介し続けます。

ブログ主のsoudaiさんは、今回紹介する3人中、唯一相互フォローの関係にあります。(絡んだことはほぼありませんし、無許可で勝手に紹介していますが……)

『タイドプールにとり残されて』はこの記事で言及する3ブログのうち、もっとも"ゆるい"ブログです。そのゆるさの大部分は「毎日欠かさずに更新する」という非常にゆるくない縛りから発生していると思われます。

じっさい、2019年5月20日に初投稿されたこの記事(初記事がこれって尖ってんなー)から、一日たりともサボることなくブログを書き続けています。(月別アーカイブを見るかぎりは)

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SNS全盛期のこのご時世に1年以上毎日欠かさずブログを更新するだけでもかなり特異な存在ですが、「毎日更新」しなくてはいけないことから必然的にネタ不足になり、結果的に記事の内容が非常にバラエティ豊かなのが『タイドプールにとり残されて』の一番の魅力だと思います。

まえになにかの記事で見たのだけど、サッカーのサポーターであるようなひとびとの平均幸福度は、そうでないひとびとの平均幸福度より若干低いらしい。実感からすると、まったくそのとおりだと思う。
であるからして、贔屓のクラブを作るということは合理的な行動では決してない。それはあらがえない本能的なLOVEの感情なのでしょう。どのようにしてひとはクラブを好きになるのか? あるいは一般に、愛というのはどのように生じるのか? 僕のこの一年を振り返りながら確認していく。

soudaiさんの趣味のひとつにサッカーがあります。この記事では彼が欧州サッカーに贔屓のクラブ(推し)を見つけて愛を深めていく様が切実な筆致で綴られています。私はサッカーには興味ありませんがsoudaiさんには興味があるのでいつも楽しく読んでいます。

そのなかでもいちばんの自信作が、僕が高校のころに考案した、新しい居眠りのしかただ。これは画期的な方法で、いままでの居眠りにあった難点をすべて解決することに成功している。

これはこのブログを象徴する記事です。こんな感じで、誰の害にも(得にも?)ならないような記事がたくさんあります。この居眠りスタイルについては「ふーん」と思い一瞬試しましたが、本番(睡眠)では未試用です。


現代アメリカ文学でもカースト最上位に君臨する神作家、ジョナサン・フランゼンの最新作『ピュリティ』も、そういう「おもしれー女」の物語である。

本も読みます。この書評が面白くて本書を購入し、ちょうどおととい読み始めました。現代文学読みである点はみそ氏と同じですが、みそ氏には文学的に洗練された面白い文章を書こうという"気負い"が見られるのにたいして、soudaiさんの語り口はいい意味でとても「気が抜けて」います。文学読みとしてのプライドや自負といったものはほとんど感じさせず、ただただ「好きだから紹介している」感が強いのが特徴です。まさにブログのあるべき姿ってかんじ。


 まずは画の引き出しの多さがすごい。基本的に漫画家というのは自身の画風というものを持っているものだけど、久井諒子は天才なので話の内容に合わせて画面を描き分けることができる。短編集を読むと本当に短編ごとに画がぜんぜん違う。ひとつの短編のなかで、話の展開に合わせて絵の描きかたを変えているときもある。

オススメ漫画の紹介記事もあります。先日投稿した『この漫画が(俺の中で)スゴい!2020』にて言及した通り、この記事がキッカケで『進学天使』を読み、衝撃を受けました。わたしがこの漫画を大好きなのはsoudaiさんの紹介文によるところも大きいと思っています。素晴らしい作品を教えてくれてありがとうございます。

と思えば、ほんっとにくっっっだらねえ(褒め言葉)記事もあります。というか、このようなネタ記事の割合がかなり高いです。

かと思えば短歌も作るし

小説だって書くし(これはsoudaiさん一番のお気に入りだそうです)、

昔はまっていたという算数パズルについて語るし、

YouTuberも紹介するしで、もはや何でもアリです。守備範囲の広さがすごい。

みそ氏ほどギラついておらずLW氏ほど理路整然としていませんが、soudaiさんも文章がうまいし面白い。素の文章力があるから、どんな話題を扱っても記事の面白さの水準を高く保っています。


soudaiさんは音楽(特に洋楽)にも造詣が深いようです。どんな音楽遍歴なんだろうと思っていたら、こんな記事がありました。

サブスク無料期間をいいことに「3ヶ月で10,000曲聞く」などという頭のおかしい企画を1人で思いついて実行に移したときの様子が克明に描かれています。

なにを聞けばいいのかもいまいちわからなかったため(そもそも聞きたい音楽なんて10000曲もない)、とりあえずロックの歴史的名盤と呼ばれるアルバムを一通り聞いていった。もし今僕が音楽について一般的な日本人よりも多少詳しいのだとしたら、それはこのときの10000曲ブートキャンプの影響が大きいと思われる。
 ついに年(2015年)が終わった。あと1か月だ。
 冷静に考えて、最初の二か月で5000曲しか終わっていないということは、残りの一か月で今までと同じ数の曲を聞かないといけない。一か月あたりで考えると二倍のペースである。普通に考えるとチャレンジの達成をあきらめるシチュエーションではある。しかし僕には勝算があった。この年、僕の通っていた大学の学事歴は特殊で、1月以降はまるまる4月まで冬休みだったのである。
 つまり、僕は時間のすべてを音楽を聞くことに費やすことができる。勝負はここからだぜ。

アホかよ……
ちなみにこの頭のおかしいシリーズは落ちまで完璧に決まっていて爆笑しました。


こちらの書評?記事もお気に入りです。海外奇想文学の短編集を「忙しい人のための〇〇」というニコ動の定番ネタにのせて紹介しており、ちょっと読んでみようかな……という気にさせてくれます。

このフエゴ島の空気を感じたときは、僕は自分から誘いの口火を切るほうが好みで(この局面に限らず、誰でもいいけれど誰かがやったほうがいい、ということがある場合、僕はそれを自分から進んですることが多い。逆に自分が絶対にやらなきゃいけないことは怠けがちだが)、その結果、まれに誤発注してしまってすこし寂しい気分になったりする。どんな状況下でも誘いを断られるというのは多かれ少なかれショックなことだけど、それ以上に、さっきまで感じていたフエゴ島の空気が僕片方の勘違いだったという事実が余計につらい。

この記事もとても好き。文章が端正でいいなぁと心から思います。

 あなたのいちばん好きな文明はなんですか?
 僕がいちばん好きな文明はキクラデス文明である。

この人ほんとうに守備範囲が広いというか、何でも書くな……いや毎日更新のためにひねり出してるんだろうけど……

好きな記事が無限にあるのでキリがありません。そろそろ終わりにしましょうか。

好きなことや知ってほしいことを飾らない文体で語るスタイルは、みそ氏のように毎回凝りに凝ったギラギラの文章も、LWさんのように深い知見に基づく考察も書けない私にとって目指すべき理想形なのかなぁと思います。このnoteでもボカロや文学やサカナクションや漫画や岡田麿里やストリートダンスやラップ登山、数学ガールなど、かなり雑多な内容を扱ってきました。……まぁ「目指すべき形」なんて想定する時点で肩の力が入りすぎていますね。気楽にいきましょう。

・・・少し自分の話題になってしまいましたが、『タイドプールにとり残されて』は、毎日更新しなければいけない業を自らに課したことにより頭のいいひとが右往左往しながらネタをひねり出している様子が堪能できる、地味かもしれませんがとても面白いブログです。

soudaiさん、いつも楽しいブログをありがとうございます。






これら3つが、最近私が愛読してやまないブログです。3人は出身大学や大まかな年齢など共通点もありますが、それぞれに読み味が違くてどれも大好きです。これからも愛読させていただきます。なお、完全に無許可で紹介・引用をしているので、問題があればすぐに対応させていだきます。




2年前にも「愛読しているブログ3選」を書いていました。こっちは全て書評ブログです。


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