いちばん好きなアニメ『ちはやふる』を観返した感想
こちらのランキングにて 1位、すなわち正真正銘のオールタイム・ベストアニメとして挙げた『ちはやふる』を配信サイトで見返して、最高の作品だという想いを強くした。
1, 2期はdアニメストア ニコニコ支店で、3期は唯一配信しているHulu(2週間の無料期間)で観た。3期もお願いだからニコ動で配信してくれ〜〜〜他の人の新鮮なコメント/感想に飢えてるんじゃ〜〜〜
各1話は無料で今すぐ観れます。今すぐ観よう
ちなみに1, 2期を観るのはこれでおそらく6, 7周目。3期は放映以来なので2周目だが、放映当時も各話を2, 3回ずつ見返していたのでもう少し多い。飽きるどころか見返すたびに新しい面白さ・奥深さを発見する作品である。
このアニメは面白すぎるので一度見始めたらマジで止まらなくなり、普段わたしがあらゆるコンテンツに対しておこなっているようなプレイ中の感想メモ("感想実況")をとることができない。そんなことしている場合ではないのだ。
そのため、細かいメモではないが、合間合間でしたためた少しばかりの感想を以下に載せる。書いてあるのは本作にわたしが感じた良さの100分の1にも満たないが、それでも公開することには意味がある。
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※ 1期全25話はマジで一気観したのでロクに感想らしい感想を書いていない。千早がかわいいことしか書いていない。

年々ちはやがかわいく思えてくる。原作を読み始めた頃は歳上だったのに。
高校生がどんどん年下になっているから?

デフォルメ顔・顔芸が多彩なキャラに最近惹かれがち。
・2期5話まで
1話無料


ちはやが眩しくて仕方ない……
・2期16話(総集編)まで
高校選手権全国大会決勝が始まった。いちばん盛り上がるところ
話のテンポが抜群に良い本作において、準決勝の明石第一女子戦はたった1試合におよそ3話分もかけているのが珍しい(たぶん決勝戦より長い)のだけれど、見返してみると本当に息もつかせぬ白熱した名勝負だと思わされる。逢坂恵夢の多属性かつ得体のしれないキャラ=本性が試合の中で次第に明らかになり、更に本人も知らない姿へと変貌していく様子。それを写真部の追っかけ古風オタク3人組のカメラを介してコメディチックに見抜いていく構成。(3人のセリフがきれいにハモっているキモさ=面白さもアニメならでは!)
あと、恵夢たんと主将の夕部慶子さんの関係は『ちはやふる』史上最高の百合だろう。(ちはや×詩暢とか ちはや×カナちゃん とかもいいけど。)ピクシブに二次創作漁りにいきたい。「男らしい」と評される夕部さんがドSの恵夢たんに攻められる様子がイメージできるできる……(「イメージや」by 綿谷永世名人)
・2期完走(全25話)
今回観返して特に印象に残ったのは、高校選手権個人戦の千早vs詩暢ちゃんの一戦。ベスト8だったのね。もっとすぐ当たってたと思ってた。(3試合目がベスト8ってことは合計32人(不戦勝もいるから実際には32以上64未満)か。高校生でA級なんてほぼいないからまぁ妥当な人数か。)
試合終盤で詩暢の幼少期の回想が入ってきて、途中で現在に戻って案外あっけなく勝負がつく。この試合の本番はむしろ終わってからだ。
怪我をしている右手で苦しみながらも戦った千早を見て「もう何枚か取らせてあげれば良かったやろか」と、幼い頃の友達(になりたくてなれなかった子)を思い出しながら独りごちる詩暢ちゃん。誠意を持って本気でやるほどに1人になっていく業を背負った彼女に千早は「手加減しないでくれてありがとう。また試合しようね」と泣きながら感謝する。
そのあと「いつや?」「クイーン戦で」という号泣必死のやり取りがあるが、今回新たに見つけたポイントとしては、その後で1人になった千早が「終わっちゃった……詩暢ちゃんとの試合。私の夏」と泣くところ。詩暢ちゃんだけでなく、千早サイドもまた「憧れのクイーンと出来るだけ長く試合をしていたいけど、手を抜いてほしくはない」というジレンマを抱えていたことがここで明らかになる。しかしそんな葛藤は詩暢本人の前ではおくびにも出さない。というか、千早は詩暢ちゃんに配慮して出さなかったのではなく、心から「手加減しないでくれてありがとう。また試合しようね」と思って彼女の手を握ったに決まっている。それでも、それと同時にやっぱり「もっと長く詩暢ちゃんと試合をしていたかった」という後悔の気持ちもある。感謝と後悔。この両義性を一身に抱きとめるキャラクターの描き方が本当に上手い。『ちはやふる』の真骨頂だ。そして、そのジレンマを越える唯一の方法は「かるたがもっと強くなる」ことだとして、3期のストーリーへと繋がっていく構成まで完璧である。
・団体戦と個人戦をめぐるキャラの扱い
2期で描かれた2年目の高校選手権編では「団体戦に賭ける人々/個人戦に賭ける人々」というテーマが一貫している。このテーマの扱い方も信じられないほど奥深く、何度も何度もたくさんの登場人物を通してこのテーマを多彩な角度から検討し、語り直し、そうして最終的に、あの新と詩暢ちゃんの決勝戦、「うちはクイーンやから」で締める、という構成がもう…………
主人公が最終的に倒すべき相手、絶対的なラスボスをここで負けさせるのにも関わらず、格が落ちるどころか逆に上がる、というプロットが上手すぎる。どうやったらこんなことが描けるんだ。「登場人物の一人ひとりが挫折し成長していく自らの人生の主人公である」のを徹底している。マジで応援したくなるキャラしかいない。
そして、格の違う2人の決勝の終盤をちょこっと観戦しただけで、あまりの〈遠さ〉に打ちひしがれた千早に、新がかささぎ(電話)を介して伝える、自身の強さの真実。あまりにも遠いと思っていた相手の中には、実は自分がいた──これを聞いて作中で初めて千早は明確に「新が好きなんだ」と発する──という流れがあきれるほどに美しい。筋が通っていて、かつドラマチック。熱血スポ根モノであり、そして恋愛少女マンガである、という両義性(またしても)はもはやここでは完全にひとつになっている。
あと、太一がようやくA級を掴み取る瞬間に発した台詞が「そして、いつか千早に勝ちたい」なのが最高。千早だけを見続けて、追い続けてかるたをやっている太一にとって、かるたで強くなることは千早に自分を見てもらうための手段でしかなかった。そうした価値観の下では、千早とは、かるたを使って最終的に勝ち取る報酬のようなもので、決してかるたの対戦相手ではなかった。それが、千早と同じA級になる、その座を勝ち取る瞬間に強く願っていたことが「千早に勝ちたい」だというのが、太一の成長とかるたへの想いの深まりと、そしてA級選手たる資格すべてを証明している。
山城今日子さんのCV、読手の詠みと通常時の台詞で別の人が担当してるんだと知らなかった。てっきり本物の読手の人が頑張って声優にも挑戦してるのかと。
・「千早振る」演出
千早が入院している病院の雰囲気とか、夏の暑さをガラス一枚隔てた静けさが感じられる画づくりが本当に秀逸だと思った。画面にハレーション?をかけて眩しさと透明感を表現している。こういうところは漫画よりも優れている。
音をもっとも大切にする競技かるたを題材にした作品だからこそ、一種の無菌室・防音室というか、喧騒が満ちた外界に対して閉じられた理想的な空間を定立する必要があり、このアニメはその要請をきわめて高いレベルで満たしている。
というか、「どんな外界の喧騒をも弾き返す理想的な空間」というのは、作中で語られる〈ちはやぶる〉の枕詞の意味そのものである。「ちはやふる」とは、完璧なフィクションを指す言葉である。
・19話ラストシーン

団体戦を戦い抜いた千早と、観戦すら出来なかった新。舞台の上と下の境界であり、なおかつ、団体戦にコミットする者と個人戦にコミットする者を隔てる敷居でもある両義的な斜線。

それが、次のシーンでは千早側から新へと駆け寄る(=団体戦の舞台を下りて個人戦の舞台へと立つ)ことで敷居を越える。
「団体戦は興味無いなんて言わないで」と泣きながら。そうして3期、新が1期の千早と太一の後を追うようにかるた部設立を始める──という流れが神がかっている。個人戦では作中最強格の新を千早と太一が必死に追いかけながら、団体戦のフィールドでは逆に新が2人のあとを追う。本作において「個人戦」「団体戦」とは、決して競技かるたでの試合形式に留まらず、各人の「生き方」「信念の貫き方」といった意味にまで抽象化され重み付けをされている。
・必死な顔の両義性
そういえばまた1つ良かったポイント思い出した。
22話の詩暢ちゃん戦で、千早が痛む右手を酷使しつつも本気で目標のクイーンに挑む〈顔〉は肯定的な意味合いを持っていた。しかし数話後(25話)、新に対して千早が問い詰める「どうして笑えるの?私はあんな顔してしか取れなかったのに」という台詞において、同じ〈顔〉が否定的に言及されていた。格上の宿敵にたいして果敢に挑む激アツな場面での〈顔〉が、後から振り返ると怖い顔であり、千早の未熟さの象徴という烙印を押されるのだ。

この↑、千早の詩暢ちゃんへの真剣な顔が両義性を付与されていてすばらしい。
いちど肯定的に描かれた対象(名シーン)を、のちに(当人が)否定的に塗り替える、という展開には『進撃の巨人』を思い出す。(といっても具体的に何のシーンだったか思い出せない。でもそういう感じの絶対にあったはず!!!)
考えてみれば、これはまさに千早がまだ「ちはやぶる」に到達できておらず、「あらぶる」レベルであるってことじゃないか。
1期での須藤さん戦での最後の「ちは」の取りとか、2期の甘糟戦での最後の取りとか、無心になった瞬間が「ちはやぶる」なのだろう。本作ではそういう状態がいちばん強い、という世界観を採用している。(なんてったって『ちはやふる』なので)
3期
例によって1話だけはニコ動で無料配信している。
5話まで観た。
3期1話のアニオリ導入がすごく上手い。2期からかなり間が空いての続編だから、これまでのあらすじや競技かるたのルールを丁寧にかつコンパクトに説明している。それに、3期で見せ場のあるみちるちゃんを違和感なく登場させるため、中学時代の千早(原作では描かれず小説版に載ってるやつ)から始める采配が見事。
原田先生の声優(石塚運昇さん)の交代、こればかりは仕方ないけど残念だ……3期は特に原田先生が主役の『はらだふる』なのに。しかし段々と三宅さんの声にも慣れてくる。原田先生のキャラが濃すぎて。
桜沢先生(CV. 林原めぐみ)の存在感はヤバい。あと猪熊さんとの関係が良すぎる。ちはやふる史上もっとも強い百合がここにあった。はる×みど。2児の母×独身カリスマ教師の5歳差ライバル親友百合……。桜沢先生、めっちゃカッコイイけど割と泣き虫なのが本当に良い……
『ちはやふる』は千早がクイーンになるまでの物語だが、中盤で元クイーンを登場させて、「クイーンになった後の人生」をも描いている奥行きがやばい。みんなが挫折してもがいて、それでも情熱を持って前に進んでいる。情熱を失わないために必要なのは人との繋がりである、という思想も一貫している。
3期になってキャラデザがちょっと変わった。顔がややデフォルメ寄りになってる? 特に目が大きくなってるのと、顎の輪郭・口の形が少し角張った感じになっている。1-2期のほうが写実的だった。
3期は太一と千早の関係の更新ももちろん見どころだけど、新側の描写もまた良いんだよな。これまで新は基本的にネガティブな葛藤・弱さを持つ描写が少なかった。あってもお爺ちゃんとの関係・トラウマ周りの件だけで、千早・太一との関係の中ではつねに泰然自若な雰囲気を貫いていた。更には詩暢ちゃんをも破ることで、新の強さ・正しさがかなり絶対的な色を帯びていた。そんな中での「太一に嫉妬する」描写。これが素晴らしい。
太一と新、互いに嫉妬しあい、それでもかけがえのない友人でもある……この(原義の)ホモソーシャル感がたまらなく良い。重松清『きみの友だち』で描かれるブンちゃん-モトくんの関係みたいな。こういうのホント好き……
この作品に絶対的な存在はいない。原田先生や桜沢先生といった大人でさえも、いまだもがき続け挫折し続け挑戦し続ける「青春」の只中にいる。(ヒロシさんの名言「青春は、何度だって来る!」) 競技マンガにおけるラスボス=チャンピオン、周防名人とクイーンでさえも「弱さ」が描かれる。決してお涙頂戴やご機嫌取りの背景描写ではなく、彼らもまた物語の中でもがき続け、刻々と変化していく様が長編漫画のスケールのなかで丁寧に描かれる。一過性の描写はない。「これで十分。はい終わり」というような扱われ方のキャラは1人もいない。山本由美さん、立川梨々花ちゃん、村尾さん、ヒョロくん、須藤さん……
3期で驚いたのは、北央学園の城山くん(ぐるぐるピンの人)がここにきてしっかり描かれたこと。彼は1期から登場していたが、3期になって太一の覚醒への布石になる、というロングスパンでのキャラの扱い方が上手すぎる。
そういえば肉まんくんだって、最初はぽっと出の使い捨て敵キャラ感が半端なかった。モブだと思っていた人物が、大会で一回当たっただけの相手が、今後の人生に大きく深く長く関わっていくことになる──そんな可能性を誰もが誰に対しても潜在的に秘めているのだ、という「縁」の思想を体現したストーリー構成。
・ジェンダー保守的な描写
3期に入って、男女ともにジェンダーのしがらみ的な描写が続いている。
産休明けの元クイーン猪熊さんの育児描写(授乳・搾乳シーンがポルノ的でなく深夜アニメで描かれることの貴重さよ!)とか、千早に準決勝を譲った坪口さんの「まつげくんなら全力で潰しにいってたかも」とか……。(この坪口さんの台詞は千早=女/太一=男 というだけの話ではなく、2人と付き合いの長いヒロシさんと原田先生だからこその想いがあるのだろうが)
そもそも和歌の時代からして文字通り旧来の価値観なのだし、かなちゃんが尊ぶ「女たるもの」の規範や、明石第一女子主将:夕部さんへの「男らしい」評、それから太一が母親から教わってきた男らしさの規範など、ジェンダーに関する反動的な描写は一貫して多い。それをあえて置いているのかどうかが問題。
競技かるたは男女が平等に戦えるスポーツである。それは間違っていないが、「平等」だからこそジェンダーの差は浮き彫りになる、というのもまた真だろう。
・完走した感想
25話みた。これで1-3期すべて観返しおわった。
原作通りだとほぼバッドエンドみたいな終わり方になるところを、最終話の神がかった再構成によって希望が見えるエンドにしていて素晴らしかった。1期から積み上げてきた歴史があるからこそ。いつまででも4期を待ちます。
ちょうど1週間で1〜3期の合計75話を駆け抜けたことになる。1, 2期を見るのはもうこれで6周目くらいで、3期は2周目だったけど、こんなに何度も見返しても面白すぎて一気観してしまうアニメは他にない。プリパラをちびちび観進めているのとは雲泥の差だ。
3期終盤で初登場した田丸翠(妹)のCVが水瀬いのりなのウケる。4期で出番が増えたら集まるであろうヘイトをCVで中和しようとすな〜! 声が想像してたのより可愛すぎてまだ違和感がある。でも、来期メインのキャラに有名声優をキャスティングしてくれるという采配に、4期を何年かかっても作る気なのだというスタッフの主張が伝わってきて嬉しくなる。(2期最終話のエンドカードにヨロシコ先輩を置いたのと同じ。)田丸妹ほんと好き。花野菫以上に登場初期の印象が悪いキャラをここで主人公チームに投入する気概と、そのあと絶対に魅力的なキャラにまで持っていく技術がすごい。ユーミンとか北野先生とか、ちはやふるは割と性格に難のあるキャラも出てくるけれど、そういう奴ほど好きになちゃう。
・ニコ生の描写
あと3期の名人戦・クイーン戦はニコニコ生放送による中継がガッツリ作中で描写されるが、これが当時の歴史的資料としても価値があると感じた。……というのも、実際に自分が中学生〜大学生くらいの頃はニコ生で名人戦クイーン戦を配信しており、毎年わたしも楽しくコメントしながら観ていたのだが、数年前からYouTube Liveへと移ってしまったのである。YouTubeだとコメントが匿名ではなくアカウント名と紐付けられてしまうので、ニコ生のようにコメントで盛り上がることはできない。それがすごく悲しいので、アニメの中に、たしかにニコ生で名人戦クイーン戦の生放送が行われ、コメントで皆で盛り上がっていたのだという時代の刻印を発見して、懐かしく、とても嬉しかった。しかも、実際に生放送でコメントを打っていた人間として、「ちはやふる」のニコ生コメントの描写はめちゃくちゃリアルだという太鼓判を押したい。かるた経験者が細かいルールについて長文コメントを投下しての「←長文乙」とかマジで何度も観たことある。
またニコ生でやってくれ〜〜〜・・・・・・・・(叶わぬ願い)
・「がらんどう」と「からっぽ」
3期見返して気付いたが、作中の実質的なラスボスである名人の周防さんの初回想で彼の経歴と人となりの一部が明らかになったが、ここで「(俺は)他人の情熱を食べるしかない、がらんどうだ」と表現されているところの「がらんどう」って、千早がいちばん良い取りをするときの「からっぽになった」状態と内実はかなり近い。つまり、ラスボスの正体と、主人公の目指すべき到達点が一致しているのだ。それでいて、「がらんどうの天才」である周防さんの「がらんどう」は深い深い虚無・暗闇・ネガティブな色を持っているのに対して、神の枕詞「千早振る」のイメージである「からっぽ」は、余計な気負いがなく集中しきった状態をさし、圧倒的な光属性である。善と悪、光と闇の両極がほとんど同じ単語で表現されている。これもまた両義性だ。
とりあえず今回は以上。
みんなも『ちはやふる』観よう&読もう!
