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アニメ『ハイキュー!!』第1期をようやく観た感想



視聴期間:2022/8/13〜21

原作漫画は20巻くらい?まで読んだハズ。白鳥沢戦は終わって、東京代表決定戦の手前までだったかな、よく覚えてない。アニメでいうと4期とかそのくらいだいぶ先の話になるのだろう。(なのでこの第1期で描かれるストーリーは当然すべて漫画で読んで知っている前提で観た)
アニメ『ハイキュー!!』も絶対に面白いだろうことは分かっているから、はやく観なきゃなぁとは前からぼんやり思っていたが、ようやく気が向いて観始めた。そしたら案の定止まらなくなった。

以下、観たところまでの感想メモ。


・1話から5話(3on3終了、ようやく本格的に入部成功)まで。
いい「アニメ化」だ…… 原作の少し荒っぽい線がアニメではスッキリと直されているが、そのぶん漫画にはない空間的な広がりや奥行き、カラーによる見栄えの良さなど、全体的に「地に足のついた」形になっている。それでいて、もちろん迫力や臨場感を出すための映像的・音響的な演出のクオリティも申し分なく、高く「飛翔」することも出来ている。
初っ端から毎話いいけど、とくに第3話は神回だった。日向が初めて影山からトスを上げてもらえる回。

田舎アニメとしてもいい。宮城県の片田舎。日向の通学路の山々に満ちた風景とか、高台にある学校とか。

最後の2つは音駒合宿回のもの


オープニング曲もいいなぁ〜。さすがに聴いたことがあった。これ絶対アニメ最終話で流れて号泣するやつやん……


並行してみているアニメ『バッテリー』とは綺麗に正反対の、ちゃんとした王道のスポ根モノ。王道だけど決して陳腐ではない。細かい展開や設定がうまいんだよなぁ〜。序盤でキャラ数を絞りつつもじわじわとメインふたり以外の先輩陣のキャラ見せもしていく手際とか、先輩がみんな良いひとな代わりに同級生(月島)がヤな奴、というバランスのとり方とか。部長, 菅, 田中の3名以外の先輩はまだモブ同然だけど、3on3ですぐ服を脱ぐ田中をイジったりと徐々にしれっと描写を入れ込んできている。
そういや日向も影山も自宅での家族描写がまだほとんどない。日向の妹は一瞬登場したけど。

『ハイキュー!!』のふたつのびっくりマークって、もしかしてバレーネットを支えるポールが意識されてる? ネットを横から見たときにちょうどセッターとスパイカーが重なり合う角度。日向と影山のふたりだから2個、としか思ってなかったが。



・第10話(vs町内会おわり, 烏野レギュラー正式揃い)まで
エース旭復活(「もう一度トスを呼んでくれ、エース!」「菅ァ!もう一本!!」)の9話めっちゃ神回でふつうに泣いたけど、さすがに旭さんのスパイク前の葛藤シーンが長くて「これもうボール落ちてね?」とか思っちゃう。マンガだと瞬間的な回想の挿入ってそんなに違和感ないけど、時間芸術のアニメだとそこの演出が難しいよなぁ。。 とはいえ、基本的にはこのアニメはそうしたテンポ感や間の演出も練られているため凄く良い。だからこそ気になる点があるのは珍しくて引っかかっちゃう。


・11~13話 音駒練習試合編おわり
これで1クールがちょうど終わったのか。
はじめての音駒戦めっちゃいいな~~ ライバル校の造形うますぎるだろ。田中とあのモヒカンの子みたいに、露骨にポジション的にも対になるキャラを置いているんだけど、主人公の翔陽は同じ1年ミドルブロッカーとしての好敵手の犬岡だけじゃなくて、2年セッターの研磨とも深く関係を築いている。ふつうなら研磨みたいなライバルキャラを1年MBに置くのに、あえてズラすことで翔陽だけじゃなくて烏野/音駒というチームとしても対照的なライバル校であることを演出している。
研磨がダウナーで、試合中も"猫"背気味で棒立ちしてる画が好きなんだけど、研磨が突っ立ってセッターをやれてるのは、他のメンバーのレシーブ力が高いからこそで、研磨の「猫背」がそのまま音駒のチームとしての強さを象徴していると気付いて、研磨も音駒もより好きになった。

あとキャプテンの黒尾鉄朗クンが女子からの二次創作人気がえげつないってことは知ってる。黒バスの笠松先輩みたいに、ライバル校の苦労人主将キャラは一部から絶大な支持を得るのが世の必然なのじゃ。
音駒の皆さん(監督・コーチ含む)は東京から東北新幹線で宮城まで来たようだけど、その交通費って音駒持ちなんだろうか。それとも武ちゃん先生が必死に誘致したんだから烏野持ち……? さすがにそんなことはないか。でも部活動の資金問題ってこういうスポ根ではほとんど扱われないから、逆に気になっちゃうんだよな。(気になってしまう年ごろ(=大人)に自分もなってしまった・・・・・・)


・14-16話 インハイ県予選前夜~1回戦(常波戦)
もっと激アツで盛り上がる回やストーリーが大きく動く回は他にあれど、第16話「勝者と敗者」は、『ハイキュー!!』という作品をもっともわかりやすく象徴する回だろう。ハイキューがここまで愛される理由がよくわかる。
王道スポ根モノであり、「バレーボール」賛歌であり、「スポーツ」賛歌であり、そして「部活」賛歌でもある。日本独自のこの(異様で歪で有害な)文化をそれでもここまで文化として根付かせているものが何なのか、それに青春を賭ける若者の清濁をたった1話で描き切る傑作エピソード。

烏野高校のインハイ県予選の初戦にして、「堕ちた強豪、飛べないカラス」の鮮烈な復活劇を、あえて相手の対戦する弱小校の視点から描く。そこに、同時刻に別会場で行われている烏野高校女子バレー部の1回戦を、大地先輩の「主将仲間」の道宮結(CV.瀬戸麻沙美)視点の物語を重ね合わせて群像劇に仕立て上げる。烏野女バレと常波男バレという《モブ》の最後のきらめきを、トス-スパイク-レシーブというプレー単位でコラージュさせてアニメーションとして映し出す。

同校と対戦校、強豪校と弱小校、スタメンと補欠、プレーヤーとサポーター、生徒と大人、男子バレー部と女子バレー部、勝者と敗者。「バレーボール」という競技が持つ二分性(コートのこっち側とあっち側)を突き詰めて敷衍して、「高校バレー」に、部活動に携わるすべてのひとが「ここにいる」と、「バレー、やったよ」と高らかに謳い上げる。

ここの、主将としてみんなの前では泰然とふるまい、一人になったあとで思い切り泣く道宮と、同じく1回戦負けをしても涙を流すのではなく、たださまざまな感情がないまぜになった心地のよい空虚感に浸る池尻の対比がとても良い。道宮の号泣はある意味では(視聴者が目撃してカンタンに感情移入して気持ちよく泣けるという意味で)フィクショナルなものだが、それとバランスをとるかのように呆然とした池尻の描写がある。これまでの部活生活のすべてで本気だったわけでも満足がいくわけでもない後ろめたさのある「弱小校」の敗者たちがそれでも心から悔しくて流す涙はもちろん尊いものだが、しかし涙を流すことがゆいいつ正しい敗者の在り方なのではなく、涙とはまた別のかたちでの「負け」の引き受け方もあることを描いている。

そして、この回のなにが素晴らしいって、単に人知れず敗北していくモブに焦点を当てただけの風変りな回なのではなく、「負けたらもうコートに立っていられない」という敗者の運命(テーゼ=テーマ)は、この物語の《主人公》である日向翔陽のスタート地点、この作品じたいの原点でもあるところだ。このスポ根モノの最大の倫理は「勝つ」ことではなく「負けない」こと、正確にいえば「できるだけ長くコート上に立っている」ことであり、勝ち負けも試合もすべてはそのための副次的なものでしかない。
烏野を「めちゃくちゃ強い対戦校」に据えて、弱小校のモブにいったんは視点を明け渡した物語は、勝者と敗者の握手によって、テーマが一貫したままに再び烏野高校男子バレー部のもとへと還ってくる。

画面が円いレンズ状になって各会場、日本全国で6月頭に《夏》を終える名もなき敗者たちの姿をスライドショーで映したあとで、画面が再び通常形にもどったあとで常波高校の池尻の去っていく背中を見つめる翔陽のあの瞳、かつての──そしてこれからの自分じしんを見つめるあの眼差しこそが『ハイキュー!!』という作品の説得力の根本である。さらにいえば、低身長でも天性の身体能力でも天真爛漫な性格でも鮮やかな髪色でもなく、この”眼”を持っていることこそが、日向翔陽が『ハイキュー!!』の主人公たる理由なのだろう。

ちなみに原作漫画では円いレンズ状の演出ではなく、マンガであることを駆使した小さな無数のコマでモブを群像的に描いてひとつの見開きページにしていた。アニメでは「小さいコマ」とか「見開きページ」という形式が使えないぶん、原作で表現していることを、円レンズ演出によってアニメの文法のなかで表現することにしたのだろう。


・17話~24話 伊達工戦&青城戦
だてこー戦も激アツだなぁ~~。。 2年生強力リードブロッカーの青根のキャラも良いんだよなぁ。ああいう、ガタイがあってカタブツで試合中は恐ろしい「強敵」のキャラにあえて親しみやすい可愛げを出す、この作者の常套手段。東峰さんもそんな感じ。

しかし、やっぱり青城戦の面白さは別格。菅さんのくだり良すぎる。菅さんが交替して出場することで影山の成長にも繋がってるのが泣ける。ピンチサーバーの山口忠のくだり、アニメで観ても結果知っててもマジでヒヤヒヤする。ここもハイキューを象徴する展開だよな~。

そして何より、及川さんの絶対的強者感・ライバル感が最高。「ここでまた及川のサーブかよッ……!!」というくだりを、3セットのうち4, 5回はやってると思うんだけど、毎回「うわあああ~~~ここでかぁ~~~マジかぁ~~~」となってしまう。ラリーが長くなる3セット目の終盤はずっと口を開けながら観ていた。

やっぱりバレーってアニメ映えするなぁ。「ボールを繋ぐ」競技を、カットを繋いでいくアニメで描く意義。(ちなみに原作の「コマ」を繋いで読ませる漫画形式とバレーの競技形式とを重ねて論じていた記事がねりまさんのブログにあった。これはそのパクりです。)

 バレーボールのゲームをマンガに落とし込むなかで、それがまさしく、コマとコマとを「繋ぐ」マンガの運動として表れているのが素晴らしい。バレーボールとはいかなるゲームか、という問いに、この作品そのものの在り方によって回答しているというスマートさ。それによってボールが繋がり、コート上の選手たちがさながら一つの有機体のごとく運動しているさまが、生き生きと描写される。この群れとしてのチームのほとんど異様な一体感こそ、このバレーボールというゲームが生み出すドラマの核心なのだと『ハイキュー!!』は教える。

漫画と違ってアニメは時間芸術だから、スパイク→レシーブの猛スピード感とか迫力の演出に見ごたえが出る。漫画だと、どんなに強力なサーブやスパイクでも、次のコマ/ページにこちらが目を移さなければ、いつまでもボールは動かないしコートに落ちない。時間の不可逆性をアニメではそのままに表現できるからこそ、最後の1球の重みがあんなにも伝わってくる。
(もちろん、原作漫画よりこのアニメのほうが上というわけではない。原作至上主義者だし、ハイキューもふつうに原作が至高だとは思う。それでも、アニメも負けず劣らず超面白いし、こうしてわざわざアニメ化することで新たに生まれた魅力がないか注目して観ることが、原作付きアニメの醍醐味だと思っている。)


ねりまさんもアニメ1期だけ観て感想を書いていた。「おもしろいマンガがおもしろいアニメになっている、その誠実な職人芸にめちゃうれしくなる」マジでほんとにそう。


・24話 青城戦終了回
名シーンのオンパレード。及川さんの「でもそれは、今日じゃない」は台詞単位でいえば漫画『ハイキュー!!』でいちばん印象に残っている大好きなシーン。

これで烏野はインハイ県予選に敗退した(日向と影山ペアにとって初めての挫折)わけだけど、及川徹率いる青葉城西にあと一歩力が及ばなかったから負けた、という単純な話じゃなかったんだな。この回のサブタイトルは「脱・孤独の王様」であって、影山が明確に成長・覚醒し、烏野はチームとして確実に脱皮して強くなった様子を鮮烈な演出で描いている。

しかし、最後の1点に限っていえば、まさに影山が孤独の王様から進化して、烏野のみんなを信頼できるようになったからこそ、日向への変人速攻トスが及川に完全に読まれたことで負けた。つまり「烏野が強くなったからこそ負けた」ということで、烏野にとってポジティブな負けだといえる。進化の途中で一時的に脆くなってしまうとか、成長痛みたいなもん。もちろん初めて公式戦で敗退した日向たちにとっては、目の前の「負け」に向き合って消化することで精いっぱいだろうけれど、それを画面越しに客観的に観ているわれわれ視聴者にとっては、ポジティブな負けであるということが「物語の続き」への期待感を暗に増幅させるので、ほんとうに上手い構成だなぁとしか言えない。

↑ここの、外で喧嘩して地に這いつくばる日向と影山を武ちゃん先生が鼓舞してから、ふたりがゆっくりと立ち上がるカットはアニメならではですごく感動した。漫画がコマ単位の不連続な視覚物語メディアであるのに対して、やっぱりアニメは連続的な、ともすればのろのろダラダラとした動きの演出でこそ真価を発揮する。それはエンディング後Cパートの飯屋での超名シーンの食事作画でもおんなじだった。本当に素晴らしい。コメントでジブリっぽいと言われてて確かにとも思った。日常芝居のリアルな作画。

この2つのシーンって、顧問とコーチ、ふたりの大人が試合を終えた選手/生徒たちを見事にケアする展開であって、こういうところのキャラの活躍どころの配置がマジでハイキューは神がかっている。台詞のセンスも相変わらず圧倒的だし。


・1期 全25話 おわり!!
いやぁ~~~いいアニメだった…… 2クール25話で、原作のちょうどインハイ県予選編までが終わって、春高への新章が始まるところで第2期に行くんだな。区切りが良すぎる……作者ここまで計算してたのか??(シリーズ構成および監督の手腕だろう)
2期ではおそらく最初っから新マネージャー加入エピとかをやるんだろうな。漫画原作の1期2クールでめっちゃ区切りがいい部活スポ根アニメということで『ちはやふる』とどうしても重ねながら観てしまう。谷地ちゃん≒花野菫??
作画も美術もずっと素晴らしかった。とくに個人的なフェチとして、キャラを遠くから映したときの、簡略化した作画がすごくいい。

「良い田舎アニメ」として風景美術がひとつの魅力だったのは上述の通り。自然の風景だけでなく、インハイ予選編ではほとんどずっと体育館のコートを映しているわけだけれど、観客席のモブの描写も含めて室内美術も良かった。

「エアーサロンパスのにおい……!」ということで、ハイキューってその場所や空間、それから(東峰-西谷の折ったモップのように)「物」までも重要な要素として描いている作品だと思う。1クール目のオープニング冒頭で映される、烏野高校の渡り廊下から体育館への入口の画は最終話でもリフレインされる。「青春」や「部活動」をここまで丁寧に描くうえで、場所に沁みついた記憶はすごく大切。

それから、ほとんど言及するのを忘れていたが、このアニメを傑作にしている大きな要因は音楽・劇伴にあるだろう。特に試合中のBGMが素晴らしい。今思い出せるような、耳に残る音楽ではなくて、試合の盛り上がりを妨げずにひそかに貢献する役割を劇伴は果たしていた。マジで外してなくてすごいと思う。あ、もちろんオープニング/エンディングの計4曲もぜんぶ大好きです。スキマスイッチにはやや驚いた。映像もぜんぶ良い。

これは原作漫画を読んでいるときから変わらないけど、ハイキューって特に好きなキャラとかがあんまりいない。全員が魅力的だから。そりゃあ潔子さんは美しくてかわいくて好きだし、及川徹はすげぇ良いキャラで好きだけど、「推し」と呼べるような明確な対象はいない。推しを作らせてくれないほどにおもしろい。じぶんは逆張り人間なので、あんまり活躍しない、人気のなさそうなキャラに惹かれることが多いのだが、ハイキューではみんなが主役として細やかに描かれているので、やっぱり誰も特別に好きにならせてはくれない。
(とかいっておいて、2期観始めたら新マネージャーにコロッと堕ちる可能性はある)

2期にいくぞ~~~~!!! 原作で読んだところまでアニメで追い付いたら、先に漫画を最終巻まで読みたい。



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