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愛しの冷やし中華 #掌編小説

夏は冷やし中華に決まっている。

この猛暑。まだ暗くなる前の夏の夕暮れ。やっぱり美味いモノを食べるに限る。食べられるのは今だけ。僕はこの季節、会社帰りにいつもの中華料理店で必ず冷やし中華を食べる。

クーラーのがんがん効いた、出入り口そばのいつもの席。レジのおばちゃんも店の主人もよくわかっているようで、僕のためにとっておきを作ってくれる(と信じている)。

きゅうりとハムと卵の絶妙なバランス。スープにからんだ歯ごたえのある麺。からしが鼻にツンとする感じ。舌に馴染むゴマダレの冷たいスープは、夏の暑さを忘れさせてくれる香りがして、全部飲み干したくなる。

いつもなら、店は僕のような仕事帰りの男性サラリーマンばかり。なのに今週は人が少ない。ちょうど僕の席の斜め前に、白いブラウスの若い女性の姿が見えた。今日もいた。

あれは……『由美ちゃん』だ。上の名前は知らない。この間、店のおばちゃんが「由美ちゃん」って呼んでた。

由美ちゃんは、『また』冷やし中華を食べていた。そう。まただ。これで三日連続。

長い髪をヘアバンドで後ろに束ねて、客用の白い紙エプロンもして美味しそうに麺をすすっている。一心不乱というと失礼だけど、あまり周りを気にしていない。男性陣に混じって、物おじせずに食事している様子は、むしろかっこいい。

三日連続とわかるのは、僕も三日連続でこの店に来ているからだ。もともと常連だけど、美味いんだから仕方ない。

由美ちゃんはいつも一人。若い女性が、一人だけでこんな中華料理店に来るなんてあまりない。来ても女性同士のグループだ。でも、由美ちゃんはこの三日間いつも一人。誰かと一緒に来てる様子はない。だから目立つ。

でも毎日、夕飯が冷やし中華だと、若い女性には健康面であんまり良くないんじゃないか。そんな余計なお世話を考えながら、ちらちらと由美ちゃんの様子を覗き見る。

あの豪快な食いっぷり。すごい。もう、食べ終わったみたいだ。

あ、ちらっとこっちを見た。すぐに視線を逸らす。

食べているところを他人にジロジロ見られるのは、僕だって嫌だ。気づかなかったように、目の前の冷やし中華に目を移す。

「おばちゃん、ごちそうさま!」
由美ちゃんが立ち上がってレジに向かった。おばちゃんと何か話している。あ、また、ちらっとこっちを見た。なんか変な奴と思われたかな。なるべくレジのほうは見ないようにした。

「ありがとうございました」
おばちゃんの声がして、由美ちゃんがこちらに歩いてくる。ま、僕がいるのは店の出入り口のそばだから当然か。

気がつかないふりをして麺をすすろうとしたら、ふと足音が止まった。

見上げると、僕のことをじっと見ている。少し寂しそうな顔をしている。

え? なに? なんかあった?

「おばちゃん、ごちそうさま! 今日も美味しかった」
「いつもありがとね」
「あの……、ちょっと聞いていい?」
「……?」
「あそこの出入り口の隣のテーブル。なんで、小さなお皿を置いてあるの? あれ、冷やし中華でしょ」
「ああ、そこね」
「毎日、新しいのを置いてあるじゃない」
「……そこはね。常連さんの席なの。うちの冷やし中華が大好きだった」
「常連さん?」
「お盆だから……、食べに来てくれるような気がしてね……」
「……あれは……」
「常連さんの昔の写真……」

由美ちゃんが僕のことをじっと見ている。え、見えるの?

なんて言っていいのかわからなかったので、「ここの冷やし中華、美味しいでしょ」と、そっとつぶやいた。

そしたら、僕の声が聞こえたんだろうか。

「ええ、最高よね」と由美ちゃんは僕に少し微笑みかけて、静かに店の扉を開けた。

外はもう薄暗い。少し湿ったムッとする温かい風が、クーラーの効いた店内に入ってくる。

ひぐらしの鳴く声が聞こえた。


<了>

 


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