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洗われたぬいぐるみから思い出は消えるか


彼は私のたいせつな、たいせつな宝物だ。

彼の名前は忠太朗。
ちゅうちゃん、と呼んでいた。
ピンク色のねずみのぬいぐるみだ。
正確には、貯金箱型のぬいぐるみだ。
いつのまにか貯金箱部分は無くなって、ただのぬいぐるみになっていた。

彼は姉が友人から貰ったプレゼントだった。
当時幼稚園生だった私は、そのぬいぐるみを大層気に入って姉から譲ってもらった。

どこに行くにも彼を連れて行った。
友人の家に行く時も、買い物について行く時も。
私が小学生になっても、学校に行く時以外はいつも彼と一緒だった。

彼は私の友人であり、子どもでもあった。
母に叱られた日は決まって彼を抱きしめながら、「ママは大丈夫だよ」と話しかけていた。

息ができないほど泣いていても、彼を抱きしめれば眠ることができた。

当時の私は、彼という守るべきものを作ることで自分自身を守っていたように思う。
彼にかけた「大丈夫」は自分に言い聞かせていた。

毎日一緒にいるものだから、彼のプラスチックの目はだんだん白く擦れていった。
私は「ちゅうちゃんの目が見えなくなっちゃう」と本気で思っていた。
白く擦れるたびに、黒いマジックペンで目を塗って、目の周りの生地が黒く滲んでいた。
お世辞にもかわいいぬいぐるみではなかったろうが、私には彼だけが私を必要としてくれる存在だったのだ。

そんな風に毎日持ち歩くと、ぬいぐるみであるからして薄汚れてくる。
母がそろそろ洗いなさい、と言ってきた。
私は洗ってしまったらちゅうちゃんが溺れてしまう!と本気で思っていて、母にそう訴えた。
母は困ったように笑って、お風呂に入れてあげようと言ってくれた。

洗濯用洗剤を溶かした洗面器の中で優しくちゅうちゃんを洗った。
脱水にかけるのが怖くて、そのまま干したものだからいつまでも乾かなかったのを覚えている。

私が中学生になり、高校生になり、彼を抱いて眠ることはなくなっていった。
結婚して家を出るとき、こっそり荷物の中に彼を入れた。
私はもう一人で泣く術を覚えたし、きちんと自分に大丈夫と言ってあげられるようになった。
でも、きっとあのときの私には彼だけが味方であり、彼を守るという使命をつくらなければ夜を乗り越えることができなかったのだと思う。

ぼんやり擦れたちゅうちゃんの目は、あのころの私を覚えてくれている。




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