鑑賞:医療的ケア児を応援するチャリティーコンサート『弦楽四重奏の愉しみ』
医療的ケア児を応援するチャリティーコンサート
『弦楽四重奏の愉しみ』
ルミノア・クァルテットが織りなす音楽と言葉の世界
2026年3月7日(土) 14時開演、16時終演
上越文化会館 中ホール
演奏:Quartet Ruminoa(桐朋学園大学音楽学部)
Vn.菊池美羽
大島みなみ(新潟市出身)
Vla.斎京法子(上越市出身)
Vc. 望月まり子
朗読:秋山瑞希、金子ゆず(ともに県立高田高等学校2年)
司会進行:斎京四郎(新潟県議会議員)
■プログラム
<斎京議員による主旨説明>
ハイドン:弦楽四重奏曲第77番『皇帝』<曲説明:大島みなみ>
<花埼碧士さんのお話>
花埼碧士:『生まれる』(男女2名による朗読)
<小菅淳一市長のご挨拶>
菅原京大作曲:『生まれる』(弦楽四重奏Ver.)<曲説明:斎京法子>
花埼碧士作詞、菅原京大作曲:『生まれる』(朗読プラス弦楽四重奏Ver.)
<休憩15分>
シューベルト:弦楽四重奏曲第14番『死と乙女』<曲説明:菊池美羽>
※アンコール
菅野よう子:『花は咲く』(弦楽アンサンブル四重奏)<曲説明:望月まり子>


■概要
主催:医療的ケア児を応援するチャリティーコンサート実行委員会
企画協力:UNISONクリエイト(イベント企画運営)
協力:竹灯篭 煌めく雁木の街プロジェクト実行委員会(ステージ装飾)
後援:上越市教育委員会
と書くとなにやら大業な感じもするが
詳細はコンサート実行委員会の中心人物となる斎京四郎議員のブログを読むとわかる
斎京議員が委員長を務めていた県議会の厚生環境委員会の視察の際に医療的ケア児の花崎碧士さんとたまたま知り合い、仲良くしていくうちに彼が作ったいくつかの詩を披露してもらう機会があり、その言葉の力に感銘を受けた
一方、娘さんの斎京法子さんたち4人は桐朋学園大学音楽学部弦楽科の室内楽の授業で2025年度の1年間チームを組んでおり
かつ法子さんの友達である同大学指揮科の菅原京大さんも花埼さんの詩のひとつ『生まれる』にインスピレーションを受け
朗読+弦楽四重奏の形で『生まれる』に曲を付けたものが完成
この『生まれる』の初披露を中心に、アウトリーチ活動での弦楽四重奏曲の定番『皇帝』と『死と乙女』を加えたチャリティーイベントが企画され、関係者たちはボランティアで活動を行った
斎京議員の友人であり音楽愛好仲間で上越市長の小菅淳一氏に至っては招待者として最前席で観客として鑑賞していたのだが、当日MC.を務めていた斎京氏に挨拶を依頼され、とても緊張しながら見事な挨拶を行っていた
。。という実行・運営は手弁当のかなりコンパクトなイベントだった上に
当日は朝から強風と激しい雹が降り続ける悪天候だったのだが
(昼頃に止んだ)
にもかかわらず、可動席170席が全て満席となる大盛況
その立役者のひとり高田高等学校校友会の方は、インスタグラムなどで地道な広報を行っていたそうだ
(当日たまたま隣の席だったので開演前に、朗読を担当する教え子や後輩の小菅市長の話などを伺った)

結果的に1年間の成果となった弦楽四重奏も、練りに練られ細かいところまで息の合った本当に素晴らしいもので
ラストは「ブラボー」の歓声があちこちで聞こえる大団円となった
上越タイムス電子版 芸術・文化
「医療的ケア児応援 チャリティーコンサート 朗読と弦楽四重奏披露」
■演奏の感想
●ハイドン『皇帝』
各楽器が対話するように順にメロディを受け持つ弦楽四重奏の教科書的楽曲
ルミノアの4人による安定したとても明るい演奏で
チェロがしっかりと落ち着いた旋律を奏でるなか、ヴィオラがその旋律を浮かびあがらせ
その上でヴァイオリンお二人が華麗ながら丁寧に遊ぶ、この曲の特徴がとてもよく表現されていた
お互いに各パートのキメどころを尊重しあいながら、華美に走ることなく一枚の絵に仕上げる息の合い方はさすがとしか言いようがなく
時間をかけてイメージをつくっていったであろう様子が思い浮かぶような、ある意味学生さんならではの完成度の高さだった
●花埼碧士さんのお話&小菅市長の挨拶
花崎さんは昨年上越特別支援学校高等部を卒業したあと、講演活動を行っており
とてもわかりやすい口調で、最近考えている「光」についてのイメージを披露
それを受けた小菅市長のアドリブでのお話が、個人的には特に印象に残った
いわく、市政はそれ自体が「光」となり得るような力ではない
ただ、「光」を安心して浴びたみなさんが「光」を放てられる場所だけは何としても守りたい
その力はあるはずだと信じて、ここまで頑張ってきた、と
話しながらたぶん緊張で手がずっと震えていて
この方は本当にそう心の中で信じて、でも黙って仕事を続けてきたのだろうと素直に感じた
●菅原京大『生まれる』
曲調は現代の音楽らしく、無音階とテクスチャー的な表現を散りばめながら
森の中のような静寂さとそこで年月をかけて繰り広げられる人生劇を美しく表現した一曲
ルミノアの4人の慈しみと、悲しさの中にも希望を見出すような力強い表現が見事にハマっていて
クライマックスは、言葉なしでもハッとさせられた
個人的には特に、チェロの鳴りをここぞという所で美しく響かせる表現力と
混迷に近い深みを静かに紡いだヴィオラの巧みさにゾクゾクさせられた
●シューベルト『死と乙女』
『皇帝』の調和的な構成とは打って変わって
ヴァイオリン(乙女)と低音隊(死)という対立的な構成を持つ一曲
たぶん予定されたものではなかっただろうが
前半の花崎さんと小菅市長の話を総括するような「光」と「影」を音として形にした
クライマックスにふさわしい素晴らしい名演となった
波状的に重く忍び寄るヴィオラとチェロの甘美で深みのある真摯なリズムと
その誘惑に惹かれながらも可憐に歌い紡がれるヴァイオリンの優しい音色は
若々しく純粋な美しさをまっすぐに表現していて、聴く者の脳を溶かすような破壊力があった
普通に「ブラボー」と叫びたくなるよなぁこれは、と周囲の激しい喝采を聞きながら思った
●菅野よう子『花は咲く』
東日本大震災復興の応援ソングとして名高いこの曲は
その明るく優しいメロディが今回のコンサートの締めにピッタリだったが
それに加えて、解説を行った望月まり子さんのお話がとても印象に残った
かつてみんなで、力をあわせて平和な生活をふたたび、という想いを込めて歌われた曲
彼女たち20歳になったばかりの世代にとって、それは本当に小さい頃の記憶でしかない
現実には今またウクライナやイランでは戦争が行われている
だからこそ、演奏を通じて平和でありたいという気持ちの尊さを紡ぐことができればというのが
アンコールという、彼女たちならではの表現の場でこの曲を選んだ理由なのだそうだ
どこまでもまっすぐで強い心、そのままの見事な演奏だった

■雑感:慈善活動と市民ホール
音楽と慈善活動が結びついたのは18世紀、ロンドンでのことだったらしい
その発端は、ヘンデルによる孤児院の支援のための『メサイア』の定期チャリティ演奏会
ヘンデルがこの世を去った後の19世紀においても、ヴィクトリア朝時代のイギリスでは
産業革命後の都市貧困層に対し、音楽による精神の浄化を目的としたボランティア演奏が活発に行われ
「セツルメント運動」などの形で文化が継承された
日本でも慈善演奏の文化は戦後復興期を皮切りにちらほらと現れてはいたが
「アウトリーチ」(手を差し伸べる)という明確な意思で根付きはじめたのは1995年
阪神・淡路大震災後の被災地での音楽家たちの活動が直接の契機となった
電気を必要とせず、室内楽として「最小のオーケストラ」を実現できる弦楽四重奏などは
無伴奏ソロとともに、荒れ果てた街に希望の光をともす貴重な切り札となった
アンコールの際の望月まり子さんのお話は学生として勉学に励む傍らオラトリオ・シンフォニカのチェロとして『メサイア』等の演奏に以前から参加されている彼女ならではのさすがのセンスだったと言える
一方で、市民ホールの役割もこの時期に大きく変わっていった
バブル時代をピークに過疎化対策の「箱もの行政」の一環として大量に作られた市民ホールは
単なる「貸し館」ではなく、地域住民の福祉や教育に貢献することが求められるようになり
今では多くの市民ホールで積極的にコンサートプログラムなどが組まれ、運営されている
しかし、集客という面でかなりのリスクを持つ地方都市では、やはりその継続は難しいといえる
今現在、全国の音楽大学や芸術大学で
キャリア支援に紐付ける形でアウトリーチを推奨する方向にあると聞いたことがあるが
今回の上越市、あるいは昨年上記の望月さんが参加されていた荻窪区の音楽祭や富山市の国際音楽祭、上尾市の「あげ弦」の活動などの真摯で前向きな試みの成功を見てきた身としては
演奏者やスタッフたちの並々ならぬ熱意や真心を受け止め、その心に共鳴してくれる地元民の積極的な協力があって初めて成り立ったのだと強く感じている
1995年からまだたったの30年ほどしか経っていないということを考えれば仕方のないことではあるのだが
願わくば、それが関係者だけの閉じたもので終わることの無いよう
「手を差し伸べる」者たちへ手を差し伸べる文化が、ともに育つことを
心から願いたい。

