【トルクメニスタン】入国はツアーが必須!地獄の門への行き方&アシガバート旅行記
本記事にはアフィリエイトリンクが含まれます。ツアーには全額自費で参加しており、記事は依頼を受けていない私個人の体験記です。多くの日本人にトルクメニスタンを訪れてほしいという熱量だけで書いている記事です。読んでもらえればわかるはずです。
はじめに
トルクメニスタンという国をご存知だろうか。 おそらくこの国名を知っている人の大半は、「地獄の門」をどこかで見たからだと思う。
地獄の門。
なんとも日本的で文学的な名前で、一度聞いたら忘れられない。ただし世界的に「The Hell Hole」と呼ばれているわけではなく、正式にはダルヴァザの「ガスクレーター」と呼ばれている。
約50年前、旧ソ連が天然ガスを掘っていた地盤が崩れて陥没し、何らかの事故でガスに引火。そのまま50年間燃え続けているという、ほんまかいな?と言いたくなる伝説の場所に足を運んだ。今回参加したトルクメニスタンのツアーの全てをまとめた。

謎の国トルクメニスタン
地獄の門があるトルクメニスタンは、ソ連型の統制を色濃く残す、世界でも稀に見る政策をとっている国だ。「謎の国」とまで言われている。中央アジアを周遊した旅人でも、トルクメニスタンだけは行けていないという人が多い。入国には政府発行の招待状(LOI)が必須で、さらにアライバルビザが必要。ふらっと国境へ行っても入れてくれない。そしてインターネット規制は世界最高クラス。Facebook、Instagram、X、WhatsApp、全滅。SIMも空港に売っているのかもしれないが(未確認)間違いなく同等のインターネット規制で違いない。
北朝鮮と同じようにガイドと一緒でないと街中を歩けないのではないか?写真は撮ってはダメ?不思議な建築物を建てている?天然ガスで国民を養っている?ネット上にはこういう情報が溢れている。先に言っておくと、実際に行ってみて分かったのは「オンラインの情報の多くはデマ」だということだった。
私は2026年6月末から7月上旬にかけて、このトルクメニスタンにGetYourGuideで購入したツアーで入国し、マリ、アシガバート、そして地獄の門を3泊4日(+オプション1泊)で巡ってきた。結論から言うと、大正解だった。この記事では、LOI(招待状)の話、ウズベキスタンとトルクメニスタン国境までの行き方、入国手続きの実際、そして道中の全てを書いていく。読み終えたら、この記事を追体験するようにツアーを申し込んでトルクメニスタンへ行ってきてほしい。それがこの記事を書いた目的だ。トルクメニスタンが楽しかったからだ。
なぜトルクメニスタンは入国が難しいのか
第一関門はLOI(Letter of Invitation=招待状)。トルクメニスタンは観光であってもこの招待状がなければビザが下りない。入手方法は実質2つ。
現地の旅行会社にツアーを手配してもらい、LOIを取得する
現地の外交官や友人にLOIを取得してもらう
2のルートを持っている人はまずいないので、普通の旅行者は1のツアー一択ということになる。そしてこれは消去法ではなく、私はツアーこそが最もトルクメニスタンを楽しめる方法だと思っている。理由は文章の最後の最後に書いたが、この国は個人で動ける設計になっていない。

GetYourGuideでツアーを買う
私が選んだのはGetYourGuideに出品されていたトルクメニスタンツアーだ。
実は最初、現地の複数のツアー業者に直接連絡を取ってみた。結果は散々だった。1人ではツアーが組みにくい。組めるとしてもとんでもない価格を提示される。1人旅にはハードルが高すぎた。そこで見つけたのがGetYourGuideのこのツアーだった。

トルクメニスタンから帰ってきた今だから正直に言うが、このツアー、購入時点ではかなり怪しかった。上記の掲載を見てもらうとわかるが掲載の写真は微妙。なぜ引きの夜景やねん。催行会社は「Stantrips」という、AIに聞いてもよく分からない、日本ではまず名前の出てこない会社。サイトはあるが老舗でもなさそうな新興企業。怪しい。ただ、救いはGetYourGuideのプラットフォームが間に入っているという安心感だった。何かあれば返金や補償の窓口がある。この保険があったから買えた。
購入したツアーはこちら → [GetYourGuideリンク]
このGetYourGuideのツアー内容は要約するとこう設定されている。
集合場所はウズベキスタンとの国境「ファラップ」に午前9:00
マリ、アシガバートを経由してガスクレーターを巡る3泊4日
出国はウズベキスタン・ヒヴァ側の国境(オプションでアシガバート空港も可)

これだけの情報でよく申し込んだなと今更ながら思うが、結果は大正解だった。この記事でこのツアーがいかに内容の濃いものだったかをお伝えしたい。全ての旅程をYouTubeの動画にもまとめたので参考にして欲しい。
ツアー購入後、1ヶ月前からの準備
購入後、GetYourGuide(Stantrips)からWhatsAppでメッセージが来て、そこから調整が始まる。
パスポートのコピーとLOI申請に必要な情報を送ってくれと言われる
出国・入国・ホテルのオプションの相談をする
私の場合、帰路を通常プランのヒヴァ国境ではなくアシガバート空港からの出国に変更(USD110の追加)、ホテルを相部屋から個室に変更(USD65追加)した。入国場所・出国場所はオプションでかなり柔軟に調整できるようで、おそらくアシガバート空港での入国・出国にも対応してくれるはずだ。購入後に一度問い合わせてみてほしい。
【最重要】USDの現金を、多めに持っていくこと
先に書いておく。この記事で一つだけ覚えて帰るなら、これだ。トルクメニスタンはUSD現金の国。入国時に多めに持っていくこと。ウズベキスタンでとにかく準備しておくこと。トルクメニスタンではUSDはそう簡単に手に入らないと思った方がいい。送金など考えられない。これはStantripsからも強く言われる。ツアーの参加が不可能となるためだ。
クレジットカードは基本的に使えない。ATMも当てにならない。ごく一部のモールやレストランでMastercardが通ることはあるが、後述するがカード決済は正規レート換算になるため、実勢の5倍以上の金額を払うことになる。カードは使えないうえに、使えても罠。そして入国手続きから何から、支払いはことごとくUSDの現金で発生する。私が入国時などに実際に払った現金を並べる。現金のUSDがないとトルクメニスタンの入国はおろか、観光はできないと断言する。
必須となる現金USD:
ブハラ→ファラップ国境のタクシー:USD 25〜60(ほぼ必須)
国境の連絡バス(3回):USD 1 x 3回乗車(必須)
PCRテスト(現金のみ):USD 35(必須)
ビザ・入国費用(日本人):USD 41(必須)
現地通貨マナトへの両替:USD 50〜(現金がないとご飯が食べられない)
ツアーオプションで必要な現金USD:
ツアーオプション(空港出国+個室):USD 175
4日目のアシガバート市内観光:USD 35

現地通貨マナトが足りなくなった場合、調達手段はガイドに換金してもらうのがベスト。それ以外でマナトを手に入れるのはかなり難しい。ATMも使えるが正規レートで、マナトがかなり高くつく。USDは意外と街中でも使える。便利だった。USDは細かい紙幣(1ドル札)も国境のバス代で使うので混ぜておくといい。USD現金だけは、多すぎるくらいでちょうどいい。とにかくトルクメニスタンへ行くなら細かいUSDを忘れるな。
1日目:ファラップから入国・メルブ観光
6:00AM ウズベキスタン・ブハラからファラップ国境へ向かう
ツアーの集合場所はウズベキスタンとトルクメニスタンの国境「ファラップ」。ここが意外な盲点で、どうやって国境まで行けばいいのかの情報が少ない。旅慣れているとウズベキスタン・ブラハまで行くのは簡単だと思う。その先、ブハラからファラップ国境までの情報がかなり少ない。ウズベキスタンの国境側にアラトという街もあるが宿が少なく、ウズベキスタンのブハラからタクシーで直接国境に向かうのが一般的だ。



ブハラからファラップ国境までは車で約90分(私の車は50分で着いたが)。市内で普通にタクシーを拾えばUSD25(1台)ほど。私はホテルに手配してもらってUSD60(現地通貨の現金払い)だった。相場の倍以上。ただ、早朝の国境行きを確実に押さえる安心料と思えば、まぁそんな価格かとも思う。安心を買いたい人もいる。全く後悔はしていない。

ファラップ国境で他のツアー参加者と合流する。ここはまだウズベキスタンサイドだ。
私のツアーは合計13人。10人がこのファラップ側の陸路から、3人がアシガバート空港から参加していた。ヨーロッパからの参加者が多く、道中は日本のインバウンドビジネスにつながる話も多々できた。こんなレアな国を13人の旅の猛者と旅したことは、一生の思い出になったと今では思う。

実はツアー前に作られるWhatsAppのグループにはツアー業者とトルクメニスタン側のガイドのアザットさんも入っているので、国境付近でも連絡が取れて結構安心だった。
8:30AM ウズベキスタン出国、トルクメニスタン入国開始
8:30AM、ウズベキスタン出国開始。妙な緊張感。8:30AMに誰一人として遅れてくる人はいなかった。この緊張感があったからだろうか。8:30AMに国境のドアが開く。ここからは一切撮影ができないので文章だけの説明となるがご了承いただきたい。
まず、ウズベキスタン側でパスポートチェックが何度も続く。そして両国の間の、有刺鉄線ゴリゴリの緩衝地帯をバス(USD 1)で渡る。この妙な緊張感は忘れられない。
トルクメニスタン入国手続きの実際: PCR棟とWindows XP
ウズベキスタンを出国し、トルクメニスタン側(入国前)に着くと、ガイドのアザットさんが待っていてくれた。これにはツアーの我々は安心した。アザットさんがその場で自己紹介。ここからは入国に伴う手続きはガイドのアザットさんが慣れた手つきで案内してくれた。本当に安心した。ツアー客の我々の緊張も少しほぐれる。
まずは大統領の肖像画が掲げられた建物でPCRテストを受ける。USD35、現金のみ。綿棒は鼻に1cmくらいしか入らない。これはテストなのか?ちなみにこのPCRテストはあのコロナのPCRテストだ。必須なのです。まぁよい。
ガイドのアザットさんに我々のパスポートを預けると、ガイドは我々に代わってアライバルビザを取得してくれる。その間PCR棟でかなりの時間待つ。トイレは建物の外にあるがカバンは持っていけない。トルクメニスタン。かなり厳しい。
待っている間、建物のどこかから聞き覚えのあるWindows XPの起動音が聞こえた。2026年である。
そして1時間以上待っただろうか。ビザが発給となるのだが、ここで面白いことが起きた。入国費用が、日本人だけUSD41。他の国籍の参加者は全員USD71。 その理由は誰にも分からない。ツアーメンバー全員から「日本いいなー」の声が上がり、この時ばかりは日本政府に本当に感謝した。この事実、もっと知られるべきだと思う。

ちなみに待ち時間に、過去に日本を旅行したことのあるツアー客とパスポートの見せ合いが始まった。日本の入国スタンプ横に貼られる富士山シールが、彼らの間でちょっとした自慢になっていた。日本は本当に世界の旅行者に人気がある。ただ、誰一人として金沢へ行った者はいなかった。
11:00AMにようやく入国スタンプがパスポートに押され、持ち物のセキュリティチェックなどを行う。8:30AMにウズベキスタンを出国してから2時間半が経過していた。
11:30AM、またまたバス(USD 1)とパスポートチェックを数回経て、ついにトルクメニスタン入国。その間に一体何度パスポートチェックがあっただろうか。10回はパスポートを見せたような気がする。全部は書いてないがウズベキスタン出国からトルクメニスタン入国までバスの乗り換え3回。各バスでUSD1が必要。全てのゲートを通過するとStantripsが手配したkong-long.comと書かれた観光バスが待っていた。ツアー客の我々はここでようやくトルクメニスタンに入国したんだなという実感と安堵の表情を浮かべる。
マリへ——車窓は加賀市、富山

バスはまずトルクメニスタン第三の都市マリへ向かった。車内でアザットさんの国の説明が始まる。トルクメニスタンは1995年に永世中立国として新しくスタートした国で、天然ガスの埋蔵量は世界4位。
12:30PM、レストランで最初の食事。ドゥナという料理が美味しそうだったので注文し、Kola Cynarという謎のローカルコーラを飲む。悪くない。



13:30PM 車窓の風景に驚いた。水がたくさん張られた農作地帯が延々と続く。稲作なのか?そして郊外の風景が、どう見ても私がよく知っている加賀市や富山なのだ。農地の奥に点在する家々。マリ近郊に至っては中能登やかほく市。地球の裏側で、なぜか北陸の風景を見ている。農村風景はどこも同じということだろうか。


なお、SNSでよく見る「トルクメニスタンは撮影が厳しい」という話。実際は軍人・警察と政府の重要機関以外はどこを撮ってもOKで、全然厳しくない。SNSのデマが多い、とアザットさんは話す。

メルブ遺跡——モンゴルが壊滅させた大都市
マリの近郊には、かつての大都市メルブの遺跡がある。1221年にチンギスハーンの軍が襲来し、メルブは完全に壊滅した。モンゴルは遊牧民でここまでやってきたのかと驚く。13世紀のモンゴルの認識は遊牧的で、税による支配などの感覚がなかったと研究者はいう。そのために徹底的に破壊することでその価値を見出したという。また、破壊の見せしめでモンゴルの強さを誇示するという意味合いもあっただろうとの話。
1221年、日本は鎌倉時代。この少し後に元寇があった時代だ。日本は海があったからモンゴルの襲来を免れたのだろう。陸続きの大陸では遊牧民がいかに強かったか、廃墟の規模が物語っていた。




マリホテル到着——電気のつかないフロントと、LINEが使えた話
夜はトルクメニスタン第三の都市マリのホテル泊。トルクメニスタン最初の宿泊は色々と驚きが多い。まずホテルのフロントの電気がほぼついていない。なぜだ?セキュリティか?謎が深まる。後に調べると、6月からの想定外の猛暑で電力がひっ迫しているという情報にたどり着いた。世界中、猛暑のエアコンで電力がひっ迫しているのはどこも同じだなと。


マリホテル自体は遠目にはキレイに見えたが、ところどころ汚い。アメニティは石鹸2個と、一回プッシュ分の超少量シャンプーパック2袋。
そしてようやくまともにWi-Fiに繋がったのだが、ここでこの国のインターネット規制の実力を知ることになる。WhatsApp、Instagram、Facebook、X、全滅。Google検索はできるが、検索結果のその先にアクセスできない。そりゃそうか。ここはトルクメニスタンだ。Tailscaleはホストインジェクションされる。ある意味素晴らしいセキュリティ対策。
ところが驚いたことにGoogle Gemini、そしてなんとLINEが使えた(画像は送れなかったが)。IMOという謎のアプリは使えるなどと言われていたが、LINEが使えるとは。海外ローミングも入らない国なので、世界一、二を争う閉鎖的インターネット国というのは本当だった。
翌朝、ホテルのフロントでなんと日本人とすれ違った。日本語が聞こえると思ったらこんなところに日本人がいるとは。どうも国の事業で、おそらく川崎重工がトルクメニスタンでプラント事業を行なっているようだ。メンテナンスだろうか。日本語をこんなところで耳にするとは思わなかった。


2日目:マリからアシガバートへ
マリホテルを出発、ロシア正教会の教会など
8:00AMマリホテル出発。まずロシア人がマリに最初に建てたロシア正教会を見に行ったが、その近くに地元のスーパーがあり観光客からすればむしろそっちの方が魅力的で我々は店内の商品に夢中。これは本当に良い体験だった。観光客が見たいもの、現地の人が見せたいものはたまに大きく相違する。




9:00AM、マリからアシガバートへ向けて長距離移動。車窓には運河が多い。おそらくソ連時代のカラクーム運河に連なる歴史的理由だろう。
トルクメニスタンのガソリン価格
そしてこの移動中に知った事実に驚くことになる。トルクメニスタンのガソリン価格がなんと「リッター11円」だった。本物の産油国の実力に驚く。最初見た時には何度も間違いがないか確認した。やはり間違いない。日本のレギュラーに相当するA-92の価格が1マナト35テンゲ。実質の価格で11円ほどになる。信じられない価格だ。

公式レートと実勢レートを理解すると資源大国トルクメニスタンの実力を知る。
これを理解するために少し説明が必要になる。トルクメニスタンの物価を測る時にややこしいのが「公式レート」の存在。先ほども少し登場したかと思う。政府は為替レートを固定しているが、あまりに現実離れしているため、実際の経済は実勢レートで回っている。公式では1USD=3.5マナト。実勢では1USD=19マナト。このくらい違う。5倍以上。この実勢レートで計算すると1マナトは日本円でおよそ8円。先ほどのガソリン1.35マナトは、日本円で11円ほどになる。
ちなみにガソリンの種類はA-95が日本でいうハイオク。A-92はレギュラー。A-80は日本では見ることのないオクタン価の低い質の悪いガソリン。D-Ýはディーゼル。
さらに面白いのは、トルクメニスタンでは2008年から2014年まで、国がガソリンを国民に月120リットル無料で配っていた。年ではなく月毎だ。要するに12年前までガソリンは無料だった。 さらに調べていくと産油国のガソリン価格というものを知る。1リッターあたり、リビア=4円、イラン=5円、ベネズエラ=6円。面白いのは、トルクメニスタンは国際統計に公式レート換算(約69円)で載っているため、この最安グループには現れないこと。実勢で計算し直せば、実はほぼ無料の国の一つということになる。
トルクメニスタンの高速道路のサービスエリア
トルクメニスタンの高速道路のサービスエリアは、ほぼ全部同じ見た目をしている。2時間走ってきたのに同じ場所に着いたような感覚になる。アイスクリームは10〜50マナト。幅がありすぎる。10マナトのを買った。


13:30PM、昼食はトルクメニスタン風プロフ。カザフスタン、ウズベキスタンでも食べたプロフとほぼ同じ。サマルカンドプロフ。トルクメニスタンプロフ。レストランスタッフは全然違うといって説明してくれるが、ほぼ同じだ。

ここで面白い話を聞いた。トルクメニスタンでは馬は絶対に食べない。国の誇りであるアハルテケ種の馬には「馬の日」という祝日まであり、美しさと速さを競う。アシガバートからモスクワまで80日かけて走った伝説のレースの話もしてくれた。隣国カザフスタンでは馬肉が普通に食卓に上がるのだから、国境一本でここまで変わる。
白亜の都、アシガバート
謎の国トルクメニスタンの首都アシガバートに到着。あまりSNSでは街中の絵は出ないのではないだろうか。撮影制限があるのでは?と思われているが、撮影していけないものは軍人、警察、政府重要施設など。それ以外は問題なく撮影してよい。ただし禁止対象への制限は厳格。それは間違いない。
街の中心部の建物の多くが大理石で作られており、とにかく恐ろしいくらい真っ白で、綺麗を通り越してデジタル感があるというか、生活感がないというか、なんとも不思議な雰囲気に包まれている。一部SNSでは「アシガバートは人がいないハリボテだ」と騒がれているが、それは違う。デマが多い。
日中暑すぎて、そもそもそんなに外に出ないのだ。街中を観察していると、早朝の通勤通学時には結構人が出ているし、市場に行けば普通に中央アジアのマーケットが営業しているし、夜になればバスに乗る人も多く見かけるし、ショッピングセンターには何も変わらない日常がそこにある。カザフスタン・アルマトイに似ている気はした。中央アジアの一つの街である。謎の街というレッテルが偏見を増幅させているだけだろうと思う。とはいえ観光地へ行くと人は少ないので、少し怖い気持ちにもなる。観光客をそれほど入れていないということも理由だろう。美しい素敵な街だ。
エルトゥールル・ガジ・モスク——ブルーモスクのスーパーコピー
まず街中のモスクへ。これはトルコ・イスタンブールのブルーモスクのスーパーコピーだ。両方へ行ったことがある人は少ないだろうが、本当に似ている。違うのはサイズ感だけ。名前はエルトゥールル・ガジ・モスク。覚えられない名前だが、このモスクはソビエト連邦からの独立後にトルコからの贈り物として建設された。トルコの会社が作ったということだ。
このややこしい名前はオスマン帝国の創始者オスマン1世の父「エルトゥールル」からきており、トルコと中央アジア諸国共通の歴史的・文化的ルーツを称えるために作られた。とにかく似ている。色合い、内部構造。「ブルーモスクへ行ってきました」と言っても間違いではないのではないかと思うほど似ている。



中立記念碑——国連が認めた世界唯一の中立国

高さ95m。アニメの中に出てくるようなこの塔の雰囲気。この中立記念碑は、1995年12月12日に国連総会がトルクメニスタンの「永世中立」を決議で承認したことを記念して作られたもの。現実感がないから不思議だ。国連が個別の国の中立をわざわざ決議で認めたのは、世界でもトルクメニスタンだけとなっている。
あれ?スイスは?と思うかもしれない。スイスの中立は200年前、ナポレオン戦争後のウィーン会議でスイス自身が宣言し、イギリスやロシアといった当時の大国が条約で承認したもので、国連が認めたわけではない(そもそも当時国連は存在していない)。さらにモンゴルが2015年に同じ形の国連承認を目指して動いたのだが、決議案の正式提出には至らず、2020年に構想自体を取り下げている。現時点ではトルクメニスタンが世界で唯一の、国連のお墨付きの中立国ということになる。
オンラインで検索すると中立記念碑は金色をしているが、現在は国連の青色をしている。おそらくこの青色に変わったのは、中立30周年に合わせて2025年に行われた大規模修繕(12月に完成式典)の際と思われる。新しくなったばかりの中立記念碑だったということだ。もう少し話をすると、塔の三本脚は遊牧民が焚き火に鍋をかけるときの三脚(五徳)をモチーフにしている。市民からはそのままの「三脚(üçaýak)」の名前で呼ばれていたとのこと。塔のてっぺんには金色のニヤゾフ像(12m)が飾られていて、この像はかつて太陽を追って24時間回転していたようだが、現在は南向きに固定されている。脚の中のエレベーターで展望デッキに上がれるが、展望デッキは非公開と言われ、登るだけとなった。登った方がいたらレポしてほしい。

アレム観覧車——世界一大きい「室内」観覧車

この建物、なんだと思いますか?世界で一番大きい室内観覧車です。トルクメニスタンの建物は、とにかく世界一、どこにもないユニークなものを目指して作っているのではないかと思うほど、世界一にこだわったものが多い。世界一大理石が多い。世界一大きい。そのこだわりが半端ない。見たことのない建物が多いのも、そのユニーク性を求めた故のことなのだろうか。
この観覧車は50マナト(実勢レートで約500円)で乗車できる。観覧車はまず砂漠地帯側の眺望に始まり、発展したアシガバート市街を見て一周する。アシガバートの発展をうまく見せるような作りになっているのではないか?そのような話を旅行者の中でしていた。まさに大地震から復興したアシガバートを眺め感じるには、最高のプレゼンテーションの場なのかもしれない。
それにしてもこの奇抜なデザイン。一体どんなコンセプトなのか?と調べると、建物の名はアレム(Älem)、トルクメン語で「宇宙」の意味だった。イスラムの国の宇宙には少し深い意味を感じる。このアレムの白い外殻は、トルクメンの始祖オグズ・ハンの八角星をかたどったもの。この観覧車、すなわち宇宙の中を一周してアシガバートの発展を見る。そういう意味のようだ。色々と納得する。
バグト・キョシギ——世界一インパクトのあるウエディング式場

この見たこともない建物はウエディング式場で、名前は「バグト・キョシギ」。現実感がない。調べていくと、建物はトルコの建設会社Polimeks(ポリメクス)が建てていた。このウエディング施設のみならず、アレム観覧車もアシガバートの多くの塔も、この会社が建てていた。アシガバートの不思議な雰囲気はこの会社が生み出したと言ってもよいかもしれない。まじで紹介しきれないほどの不思議な建物がアシガバートにはある。
この不思議なウエディング施設の内部にも入ったが、中は普通に宴会場、ドレスショップに婚姻登録室が6つ、そしてホテルまで併設されていて、建物以外は普通のウエディング施設。世界中にウエディング施設があるが、この建物のインパクトは世界一かもしれない。

Sport Hotel——招致より先にオリンピック村を建てた国

マリから移動してきてアシガバートを観光しようやくホテルに到着した。宿はアシガバートのSport Hotel。398室、10階建て。オリンピック招致を見据えて作られたと思われる数々のスポーツ施設が立ち並ぶ、オリンピック村の中に立つホテルだ。旧ソ連圏には競技場を「オリンピック」と名付ける文化があるが、それにとどまらず招致の思惑もあるのだろう。招致より先に建物を建てるとは、さすがのトルクメニスタン。ホテルやそのあたりの施設の建設総額は約7500億円。モノレールまで通した。実際に開かれたのは2017年の第5回アジアインドア・マーシャルアーツゲームズ(AIMAG)。
このホテルは大会のVIP客を泊めるために建てられたものなので、かなり豪華。プールにサウナにハマム(蒸し風呂みたいなやつ)。向かいには大型ショッピングモールもある。専用の歩道はなく、道路とは呼べない微妙な道を通って少し歩く必要はあるが。ホテルでは私のような外国人に対して、トルクメニスタンとは思えないインターネットが提供される。客室の至る所にトルクメニスタンらしいモチーフがたくさんあってかわいい。バスタブも完備。さすがのクオリティ。ただし、チェックインの際にはパスポートを預けないといけない。いろいろと事情があるんだろうなぁと。
この日の夕食はショッピングモール3階のレストラン。ショッピングモールは本当に普通の中央アジアの風景だ。



3日目:パジェロで地獄の門へ——過酷なのはクレーターより道
11:00AM Sport Hotelを出発
この日はこのツアーでのメインとなる1日。地獄の門へ向かう日だ。意外とこの日のスタートは遅い。午前中にショッピングモールやバザールへ行く人も多かった。

オプション料金を払いにStantripsの会社訪問
11:00AM にホテルを出発。まずはGetYourGuideで購入したツアーの主催会社であるStantripsのオフィスに寄ってオプション代金(私は個室+空港出国変更でUSD175)を支払った。ツアー客一人一人にしっかりと対応してくれた。本当に綺麗なオフィスでさらに安心。Stantripsという会社は本当に安心して良い。

購入したツアーはこちら → [GetYourGuideリンク]
そういえばこの時にガイドが面白いことを言っていた。「日本人は不思議だ。トルクメニスタンに来てもガスクレーターにしか行かない。アシガバートにもマリにも行かず、クレーターだけ見て帰る」。日本では「地獄の門」という日本語名のインパクトが、この国の入口であり出口にもなっているということだろう。ミーハーな日本人を憂う。マリとアシガバートを含めて回るこのツアーの意味が、ここにある。
地獄の門へ向かう
12:20PM、車列が地獄の門へ向かって出発。三菱パジェロが5台。全部パジェロ。私は1番の車で、ドライバーはルーシェンさん。

先に言っておきたいのは、本当に過酷なのはガスクレーターではなく、そこへ至る道のりだということ。アシガバートから片道なんと4時間半。この4時間半の半分が悪路に悪路。舗装が崩壊していて車は真っ直ぐ走れない。穴を避けて左右の路肩を縫い、自転車ほどの速度で前進する。車酔いも酷い。そして最後のアプローチに至っては、もはや道ではない。ただの砂漠を走る。パジェロが5台連なるのは、砂にハマった時に互いに引き上げるための仕組みなのかもしれない。








地獄の門——地球が漏れている
18:30PM、ガスクレーター・地獄の門に到着。長い道のりだった。これは実際に行った者にしかわからない。

到着して気がつく。地獄への入り口に感じた。日本語で良い名前に翻訳したものだと。50年以上消えることなく燃え続けるこのガスクレーターは、もとはソ連が天然ガスを掘削しようとして地盤が陥没し、そこから噴き出したガスに火がついたまま今日まで消えていない、と言われている。穴の縁にはソ連時代の工事の跡がそのまま残っていた。
ところが実際に目の前に立つと、写真で見てきた火の海より明らかに炎が少ない。その理由は、ガイドの説明によると近隣のガス開発。クレーターの周辺に開発施設が2つでき、地中からの噴出量そのものが減っているという。
7月上旬の砂漠のど真ん中、気温だけでも過酷なのに、穴の縁に立つとガスの匂いが本当にする。そして炎の音。ゴウゴウと燃える音が結構な音量で聞こえてくる。地球が漏れている、という感覚に近い。
ただ、この火は環境には明確に悪い。開発会社はこの噴出をエコロジーとエコノミーに変換している最中で、つまり地獄の門は「消される」方向にある。50年燃え続けた火が、経済合理性で消えていく。冗談抜きで早く見に来た方がいい。地獄の門が、閉まり始めている。







砂漠の無音——クレーターより価値があったもの
その夜は、クレーターのすぐ近くにあるユルト(遊牧民の移動式住居)の宿泊施設に泊まった。これを強く勧めたい。理由は、人がほとんどいない砂漠のど真ん中で夜を過ごせること。



砂漠の真ん中の音を聞いたことがあるだろうか。無音を超えて、耳鳴りがする。聞こえるのは風が空を裂く音だけ。そして光が全くない場所では、本当に何も見えない。「暗い」ではなく「見えない」。その中で夜空にだけ星が見える。信じない人も多いと思うが、私が感じたことを述べておく。

本当に真っ暗で、本当に無音の世界では、目を見開き、耳を澄ませ、星が何かを言っているのではないかと、聞こうとしている自分がいた。イスラムの始まりも、こういう夜だったのではないかと思った。星の導きという言葉を、体験として少し理解した気がする。

聞こえるのは宇宙と風。日本では絶対に味わえない感覚だ。砂漠の魅力に取り憑かれそうだ。ガスクレーターより価値があったのは、この砂漠の無音だったかもしれない。地獄の門を訪れるなら、日帰りではなく必ず宿泊してほしい。これだけでもこのツアーに参加する価値がある。




4日目:ガスクレーターから再度アシガバート観光
7:00AM ガスクレーターからそれぞれ帰路へ
早朝、もう一度クレーターの静けさを聞いてから7:00AMに出発。ここからヒヴァ国境へ抜けて出国するグループと、私のようにアシガバートに残るグループに分かれる。ウズベキスタンの入国から4日間を一緒に旅したみんなとも、入国からずっとサポートしてくれたガイドのアザットさんとも、ここでお別れ。インターネットの繋がらない場所でのInstagramなどのSNS交換は、なかなか新鮮なものだった。
ここからまた4時間半の悪路の帰路が始まる。帰りは行きと違って悪路に慣れたためか、思った以上に長く感じないから不思議なものだ。朝7時に出発したこともあり、11:00AMにはアシガバートに到着。
このツアーの良いところでもあるのだが、4日目は任意で、さらにアシガバート市内観光ツアーをUSD35でお願いすることができる。ガスクレーターからアシガバートに向かい、途中でツアーバスに乗り換え、最後のアシガバート市内観光ツアーへ向かった。



ガイドの質の話
ガスクレーターからアシガバートに戻り、新しいガイドと合流した。この日の市内観光のガイドの質は、4日間のツアー本体のアザットさんとは比べものにならないほど悪かった。
話を遮る、勝手にプランを変える、レートの良くない両替に向かいそうな客を止めない、声の大きい客の要望だけ聞いて旅程を崩す、仕事中に私用電話。ガイドは誰のために雇われているのか。ポジティブな気持ちの客しかいない観光業だからこそ、客の時間と気分を奪うことに最も敏感であるべきで、「AIの方がマシだ」と客に思われたらガイドという仕事は終わりだと思う。
逆に言えば、ツアー本体のアザットさんがいかに優秀だったかということでもある。ガイド一つで旅の質も変わってしまうことを実感した。Stantripsのアザットさんを、とにかく推す。本当に良いガイドだった。
東方バザール(新トルクチカ)——生きたラクダが売られる市場
そんなガイドとまず向かったのはアシガバートの東方バザール。地元では新トルクチカと呼ばれる市場で、トルクメニスタン最大・中央アジア第5位の規模のバザールだ。中東というより中央アジアという感じがして安心した。この新トルクチカはアシガバート郊外のChoganly地区に位置し、2011年に当時の大統領臨席で開業。上空から見るとアハル州のトルクメン絨毯の紋様(ギョル)を模した形をしていて、なんと100人収容のホテルやカフェも併設されている。2013年には電話・高速ネット環境が整備された。確かに大きい。驚いたのは、ラクダや牛などが生きたまま売られていて、市場に精肉場があり、買ったらそのまま市場内で精肉として納品されるようだ。

この日はほかに、世界遺産の遺跡オールド・ニサ、中央アジア最大級のテュルクメンバシュ・ルーフ・モスク、ピープルズ・メモリー・モニュメント・コンプレックス、レーニン像などを巡った。夜、20:45に一斉点灯する白亜の街のライトアップは一見の価値がある。
ショッピングモールのレストランで最後の夕食

夕食は近くのモールのSoltanというレストラン。ここでは珍しくMastercardが使えたのだが、これがまた問題となる。数日の滞在で現金払いが当たり前になってしまっていて、カード払いも同じ実勢レートでの支払いだろうという感覚になっていたのが失敗だった。
VISA/Masterカードのシールが貼られている。なんだ、このレストランはカード使えるじゃん。トルクメニスタンはなかなか現金の入手が難しいが故に、現金を使わない方法、そうだ、カードがあるじゃないかとなぜかカードを使おうという気持ちになってしまった。これは本当に失敗だった。
カードの決済は正規レート。まじでやばかった。1500円くらいだろうと思って食べた食事が9500円だった。全く恐ろしい国だ。トルクメニスタンの恐ろしさをこの時に知る。


5日目:アシガバート空港から出国
最終日の目覚め
最終日もアシガバートの最高のホテル、Sport Hotelに宿泊。インターネットが本当に快適。トルクメニスタンなのに日本にいるような感覚に陥る。飛行機はアシガバートから仁川(韓国)を経由して日本へ帰る日程としていた。飛行機の出発は9:00AMごろだったのでホテルを6:00AMに出る予定とし、タクシーの手配もツアー会社にお願いしていた。これもツアー代金に含まれている。
0:00に就寝。
しかし、なぜか2:00AMに部屋の電話が鳴って起こされる。
フロント「Good Morning!」
私「間違いです」ガチャ。
フロント「Good Morning!」
私「間違いです」ガチャ。
さすがに疲れる。また寝る。
6:00AM起きのはずが6:05AMに起き、この時ばかりは人生の1〜2位を争う緊急ランキングの状況で焦った。6:15AMになんとかホテルをチェックアウトして、業者手配のタクシーで空港へ。6:30AM空港着。

ここで最後の洗礼があった。無事到着した空港で降車時にドライバーが、ここはインドかと思う感じで「金を払え」と言ってきた。100マナト払えと(正規レートで4,500円)。
タクシー代はエージェント持ちのはずだが、我々客はその契約を知らされていない。故に、払わないといけないのではないかと感じてしまう。あのガイドか、と色々と思ったが。これはドライバー以前にエージェントの落ち度で、「タクシー代は当方負担です」と一言、私たちツアー参加者に伝えておくだけで防げる話だ。
私は車のナンバーを控え、ドライバーの顔を覚えておいたので、気が向いたらツアー会社に伝えるつもりだ。残っていた現金5USD払った。そうだったUSDでもOKなんや?という発見もあったが悲しい気持ちになった。あのときWiseのMasterカードは使わなければよかったんだと最後に少し後ろ髪を引かれた。

そして、さらに空港のチェックインカウンターでは、窓側・後方の席を確認し何度も伝えたのに「window side」と言いながら渡されたチケットが通路側のC席だった。(後から気づいたがイスタンブールからのお客さんとの合流もあって満席などの事情があったのかもしれない。)ガイドのいないトルクメニスタンはこういう感じなのかと、やはりガイドが必要だとひしひしと感じた。

アシガバート空港自体は白く輝く立派な空港で、飛行機に搭乗したところ仁川行きの搭乗率は体感50〜70% 少ないなと思っていたところ、イスタンブールからの乗り継ぎ客が流れ込んできて、搭乗率は100%となった。アシガバートでイスタンブール発の飛行機の乗客と合流する。よくできたシステムだ。10:20AMに離陸。
そう。トイレに紙のない飛行機は初めてだった。
まとめ: それでも、行ってほしい


旅の最後に思ったこと。トルクメニスタンもインドも、タイも、フランスも、結局どこへ行っても「どんな人に会うか」が全てで、良い人がいるところに人は集まる。それは白亜の都アシガバートでも、金沢でも、世界中どこでも同じだ。そういう意味でも、今回お世話になったStantripsのアザットさんには本当に感謝している。このツアーは本当に良いツアーだった。知ることができた。もう一度念を押してお勧めしておく。
最初は疑心暗鬼だったが、このツアーへの参加は大正解だった。お世辞でもなんでもなく、人生の大切な思い出となった。
マリで見た日本の地方都市のような農村風景。リッター11円のガソリン。日本人だけ41ドルのビザ。国連が認めた世界唯一の中立国の、真っ白でデジタル感のある首都。SNSが全滅した数日間の静けさ。消えかけている地獄の門の炎と、耳鳴りがするほど無音の砂漠の夜。どれも、この閉鎖的な国にツアーで入らなければ体験できなかったことだ。
最後にもう一度だけ。USDの現金を、多めに。 準備はそれとパスポートとWhatsAppアカウント。あとはツアーが全部やってくれる。
購入したツアーはこちら → [GetYourGuideリンク]
謎の国は、行ってみると案外、人の住む普通の国だった。 閉じ始めている地獄の門と砂漠の静けさを、自分の身体で確かめに行ってほしい。 その体験は一生の宝物になるはずだから。

関連リンク: 本記事に連動したYouTube動画 → [ YouTubeリンク ]
仁川・韓国 ↔︎ アシガバートの航空チケット → [ 航空チケットチェック ]
(情報は2026年7月時点の私の実体験に基づく。料金・制度は変わる可能性があるので、申込時に業者へ確認を)
